ありふれてる大切なこと


「…またケンカか?」

「…ハイ」



空き教室で寝ていたら、若菜ちゃんにまた起こされた。

ブン太とケンカした次の日は、いつもこんな感じで目とか腫らしてちょっとしたトラジェディ。



「だってブン太がー」

「はいはい」



喚く若菜ちゃんの頭をぽんぽんと叩くと、若菜ちゃんは机に伏せてシクシク泣き始めた。

面倒臭い、そうも思う。
でも俺は、やっぱり若菜ちゃんのこんな姿は見たくない。
何とかしてやりたいって、そう思う。



「…ほんとにブン太が好きなんじゃな」



そう言うと、若菜ちゃんは伏せたまま頷いた。



「面倒くさ…、て、…思ってんでしょ…っ」

「いや。ブン太がうらやましいんよ」



素直な気持ちだった。こんなに思われて、あいつは幸せ者じゃろ。

若菜ちゃんはワガママじゃしうるさいし大分面倒なやつじゃけど。
素直で可愛くて、いい子だから。
つらそうにしてたら、救ってやりたい。
ほんと、俺が紳士でよかったのう、ブン太。



「ブン太もお前さんのことが好きじゃから」

「…最近怪しいもん」



顔を上げた若菜ちゃんは目が真っ赤で、せっかく腫れた目を隠そうと厚くした化粧もとれかかってた。



「大丈夫。あいつは若菜ちゃんのこと裏切らんよ。俺が保証する」



そう力を込めて言うと、若菜ちゃんは少し安心したような顔をした。
それを見て俺もホッとして、自然と笑った。

そうは言ったものの、正直あいつはようわからん。若菜ちゃんが好きなことは事実じゃろうし、高松さんは一時の気まぐれで、いいかなと思う程度だろう。
バイトで再会して、昔のこともあってちょっと気になってメール送ったりしとるだけ。

もしこれから先、あいつが動こうとしたら。本気で高松さんに向かって動いたら。
俺はどうしようか。

もちろん止めるつもりじゃけど。



「仁王君って、若菜ちゃん、好きなんだね」



こないだ高松さんに言われたこと。
これに対する答えは、“やっぱそう見えます?”だ。
中学時代の同級生とはいえ、高松さんとはこないだが初対面みたいなもん。その高松さんにもそう見えるなんてのう。

自分でもほんとのところはようわからんけど、もし、ブン太が高松さんに本気になっちまったら。
俺はきっと、若菜ちゃんをほっとくことはできないと思う。

そんなことを考えながら、若菜ちゃんの頭を撫でると、
なんか仁王にもつらそうな顔させちゃってるねごめんねって、泣きながら笑った。

空気は読めない女じゃが、人の痛みはわかってあげられる。若菜ちゃんはいい子じゃ。



「お菓子やろうか?」

「えっ」



ブン太がうつったのか、若菜ちゃんもお菓子好き。

ほらって、鞄に入れっぱなしだったあのときのカントリーマァムを渡した。



「あたしがあげたやつじゃん!てか粉々じゃん!」

「ポケットに入れとったら粉砕された」

「もう食べないんだから捨てればいいのに」



捨てるのもなんだか。
ちょっとでも若菜ちゃんと重ねちまったのがよくなかったな。

いらんのに、捨てるに捨てられんかった。



しばらくして若菜ちゃんも泣き止み、世間話もして、教室を出た。
若菜ちゃんは今日はもう帰るっつって外へ行った。俺は一旦授業へ向かったが、出る気もせず。一緒に帰ればよかったのうなんて考えながら、1階へ向かった。

1階の出口脇のコピー機コーナー。テスト前こそ行列ができるが、今は閑散としとる。
そこに一人、見知った女がいた。



「高松さん」

「あ、仁王君!」



テスト前でもないのにノートをコピーしとった。偉いのうもうテスト対策か、なんてのん気に考えたが。

よくよく見ると、内容的に刑法各論。すぐに思い出した。



「ちょうどよかった。今ね、仁王君のコピーとってるの」

「おー、わざわざすまんの」



危ない危ない。なにそれ?なんて聞くところじゃった。自分が頼んだっちゅうのに。ほんと俺の記憶力どうなっとるんじゃ。
まぁあんときはノリっちゅうか、会話繋げるために言っただけだったんじゃが。

ちゃんと覚えてて、しかも俺のためにわざわざ。うれしかった。



「ちょうど終わったよ、はい」

「ありがとう」

「いえいえ。ちょうど今日までの分ね」

「…あ、そういやさっき授業だったな」

「忘れてたの?どうりで仁王君いないなーって思った!」

「はは、すまんすまん」



受け取って、パッと見ると、きれいな字ばかりじゃった。

俺が遊びだったり眠かったり、ただなんとなくでも授業をサボっとる間、
さっきみたいに若菜ちゃんの相手しとる間、
ちゃんと高松さんはノートをとってたんじゃな。



高松さんが鞄にノートをしまうところで、ふと、あることに気づいた。

高松さん、ノート変えたんか?こないだはキャンパスノートだったが、今日のはちょっと可愛いめなデザインのノート。

他の人から借りたのか?って一瞬思ったが、高松さんの名前が表紙に書いてあるのがチラッと見えた。



「?どうかした?」

「いや。字きれいじゃなーと思って」

「えっ…あ、そー…かな?」

「丁寧じゃし、見やすくてありがたいのう」

「あ、うん。…えへへ」



コピーだからはっきりわからんが、大事そうなところはしっかり色分けされとるし、板書が忙しいあの授業中にきっちり書いたようには見えんかった。
きっと、俺に貸そうと思って。

ちょっと恥ずかしそうにでもうれしそうに笑った高松さんを見て、ドキドキした。俺もうれしくて。



「高松さん今日バイトか?」

「う、ううんバイトも何もない!」



少し力んで答えた高松さんは、めちゃくちゃ可愛く見えた。



「じゃあコピーのお礼させてもらっていいかの」



うれしそうに笑ったから。俺とどこか行くことがうれしいんだとわかったから。
俺もまた、うれしかった。



「わー、きれい!」



そのあと高松さんと来たのはデートスポットで有名な某港。

日も沈んできたしすぐ飲みに行ってもよかったが、せっかく今の季節、夜景のきれいな場所へ連れてった。

こういうときは暗黙の了解で、元カノ元カレと来たことがあってもカミングアウトせず、とりあえず素直に感動しておく。
…なんて、嫌われたくないから変に計算しとる。ちゅうかそもそも俺ここ来たことあったっけ。



「仁王君、彼女とかとこういうとこよく来てたの?」



おい、しょっぱな踏み込んできたぞこいつ。来たかどうかも覚えとらんのじゃけど。俺の記憶力なめんな。

どう返す。とりあえずうんって言うか?でも元カノと同じとこ連れてきて〜って嫌われたり引かれたりせんかな。若菜ちゃんタイプだと落ち込みそう。否定しても嘘くさいし…。



「あ、別に変な意味で聞いたんじゃないから!いろいろ素敵な場所知ってそうだから、また連れてってほしいなって!」



また、か。

どうやら高松さんは、俺が思ってたよりずっと大人の人らしい。



「おう。いつでも」

「うん!」

「高松さんといろんなとこデートしたいのう」



俺はこういう台詞はさらっと言えるんじゃな。
高松さんは照れながら喜んでた。



「あそこ、ちょっと座ろうか」



港が見渡せる広場みたいな場所で、ちょっと階段状になっとるところに座った。



「寒い?」

「ううん、大丈夫」

「手冷たくないか?」

「うん、平気だよ」

「……」

「?」



高松さんが鈍いのか。それとも俺がヘタレで直球で言えんのか。
どうもな。軽いノリで、冗談でも通じそうなことはさらっと言えるのに。

心拍数が上がってきた。寒くて、いや今はちょっと暑くて、隣に高松さんがいて、もっとくっつきたい。



「あ、仁王君もしかして寒いの?」

「え、まぁ」

「じゃああそこに自販機あるからあったかいの買ってくる!」



寒いからっちゅうか、どうやって手を握るか、その後どうやって身体寄せるかやらしいことばっか考えとっただけじゃが。割りと鈍めらしい。

俺が止める暇もなく走って買いに行った高松さんは、すぐに戻ってきた。
手にはコーヒーと、コーンポタージュ。はいっと、迷わずコーヒーを俺に渡した。よしよし、俺は缶コーンポタージュはあんま飲まんからの。コーン引っかかって果てしなくイラつくからな。

あったかい。冷たい手がジーンとする。

しばらく手を温めてたところ、隣の高松さんは、ゴクゴクコーンポタージュを飲んどった。とてもいい飲みっプリで…どうもな、こないだのイメージが。今高松さんはコーンポタージュ飲んでるんじゃが、酒でも持っとるように見える。



「あ、飲みたい?」

「え?」

「コーンポタージュ、飲む?」



ジッと見てたのは、まさか酒に見えたからなんてことは言えず。
やっぱこの子、ちょっと鈍いのか、なんて思った。

別に飲みたくなかった缶コーンポタージュ。渡されて、そっと口をつけた。
なんじゃろ、すごくうまく感じた。



「うまいのう」

「冬はこれだよね。あったまる」

「うん」

「あーあ、コーンが引っかかって…」

「高松さん」

「んー?」

「手繋ぎたい」



言うと同時に、飲み口に引っかかっとるコーンに悪戦苦闘中の、高松さんの手を掴んだ。
ついでに、少し身体が重なるぐらい、寄った。自然と腕も絡み合った。

すぐにでも抱きしめられる。



「…仁王君もあったかいね」

「高松さんにくっついとるからのう、体温上がった」



ああ、また軽い。こんな軽さいらんのに。もっとマジな感じ出したいのに。
でも高松さんはうれしそうに笑った。



ベタな展開じゃけど。よくあるワンシーンじゃけど。

ほんとにベタでよくあることなのに。ドキドキして。さっきまで暗黙の了解やら次の展開やらなんやらフル回転だった脳が、なんか休業宣言出しちゃってよ。

今のこの時間、高松さんとくっついてる時間、幸せじゃなぁって、それだけでいっぱい。

そう思ったら、余計に幸せを感じた。
この気持ち、大事にしたいと思った。


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