10 - 忙しない彼女



「……ねぇ仁王くん」

「ん?」

「ん?じゃなくてさ、邪魔なんだけどそこ。集中できないっていうか」


まぁ気持ちはわからんでもないと思った。俺が憮然と座っているのはこいつのサーブポイントの真後ろで、ほんの数メートルしか離れとらんから。そりゃ気が散るってもんじゃ。


「ここが一番見やすいんじゃ。穴場。土屋のサーブもよーく見えるし。どんなおもろい顔してサーブ打つのか」

「いやいやいや、ただの邪魔じゃん!私のサーブももう十分見たでしょ?8回連続成功してるよ?」

「まだじゃ。こうなったらこのままお前さんのサーブで試合決めんしゃい」

「ていうか、笹山さん見に行かなくていいの?」

「わかっとらんのう。誰が好き好んで別の男子応援中の女子を見たいんじゃ」

「…なるほど。あーそろそろ手痛い」


そう嘆くヤワな土屋は早くサーブを打てと審判から急かされ、渋々サーブを始めた。アンダーサーブじゃき、手首付近が真っ赤。でもなんやかんやボールはふわーっと向こう陣地には入り、繋がらず、また土屋のサーブ。

そう、俺は結局こっちに残った。おかげさまで真田&柳生vs柳戦が見れず惜しいが。


「なんか次がラストな気がする」

「わざとミスるんか」

「…や、そういうわけじゃないけど。気力の問題というか」

「仕方ないのう。じゃ、このサーブが成功したアカツキには」

「アカツキには?」

「俺と」


そう持ちかけると土屋は、何のご褒美だと一瞬期待に目を輝かせたが。


「バカおっしゃい!」


手首ほどじゃないが少し顔を赤らめそう怒鳴られ、あと少しでボールも当てられるところだった。
そしてほんとにもう限界だったのか、集中が途切れたのか。直後の土屋のラストサーブはセンターポジションにいた野口にヒットし平謝り。


「最後の失敗は絶対仁王くんのせいだからね」

「つまり成功ってことにしたいんじゃな、お前さんは」

「あのまま普通にやってたらまた成功してたもん」

「ふーん。そんなに俺とキスしたいんか」

「!!」


けっこう本気のパンチを背中に10発ぐらい受けながら、試合に勝利後、二人で海風館前に向かった。約束があったから。
その約束とは、例のジュースのやつ。


「ほら、どれでも好きなやつ選んでよ」

「じゃ、これ」


ピッと選んだのはファンタグレープ。500mlのペットボトル。良心的じゃろ。ちょっとは遠慮して缶にしてよとブツブツ言っとるが聞こえない。

受け取ると、今度は土屋も自分の分を選び出した。俺も一瞬迷った、ファンタオレンジだった。二人色違いのファンタを持ち、近くのベンチに座る。


「ねぇ、なんでA組見に行かなかったの?」


同時にキャップを開け、プシューっといい音が響いた。

ここから見えるグラウンドでは、どこかのクラスがサッカーの試合をやっている。砂埃が舞って、日差しも暑そうで、やっぱりバレーボールにしといてよかったと思った。爽快にファンタを飲んでる今、あんな炎天下は嫌だと尚さら思う。部活中は炎天下じゃけど。


「だから、応援中の女子なんか見てもしょうがないじゃろ」

「それだけ?」

「だけ」


ほんとにそれだけ、なわけはない。でも、笹山さんより他のテニス部のやつらの試合より土屋のほうを見たかったなんて、そんな紛れもない事実を言ったところで、バカおっしゃいと怒られるだけじゃし。

“他のテニス部のやつらの試合を見たい”ってのと、“土屋の試合を見たい”、どっちも友達の試合を見たいって、同じようなことを言っとるのに。やっぱり性別が違うと言葉一つの意味さえ変わってくる。
まぁ俺が意識しすぎなのかもしれんけど。土屋は何も考えてなさそう。


「ファンタオレンジくれ」

「え?」

「グレープ飽きたぜよ」


グレープとオレンジとで迷った理由は、おいしさと飽きやすさの天秤。グレープはオレンジよりうまいが飽きやすい。オレンジは最後までぐびぐびと飲める。というわけでグレープに飽きたから、土屋のオレンジを寄越せと。


「私のこれ飲むの?」

「?それ以外ないじゃろ」

「…どうぞ」


少し苦笑いを浮かべつつ、恐る恐るという感じでオレンジを渡してきた土屋。…え、まさか、間接キスとか考えとる?いやいやいや、何を女子みたいなこと…。
自分でせがんだものの、飲みづらくなってしまった。

土屋をちらっと見ると俯き加減で、足をぶらんぶらんさせてて、恥じらっとるんかなんなのか。今まで何度も弁当の奪い合いぐらいならしてたのに、何を急に女子ヅラしとるんだと。


「やっぱりいいぜよ」

「え?」

「返す」


突き返すと、「あ…、そう」と呟くような声が返ってきて。気まずい空気にしたのはそっちなのに、飲まんかったら飲まんかったでちょっとしょんぼりするとか。ワガママな女じゃなと思った。

受け取って抱え込まれたペットボトルを見ると、土屋の赤紫になった手首が見えた。手首だけじゃなくて、両腕部分も。
あのサーブのあと、野口の忖度とやらで土屋もそのまま試合に出続けた。何回かレシーブしたものの、あっちこっち飛ばしとったが。


「冷やしたほうがいいぜよ」


そこに、俺のファンタグレープを押し当てた。びっくりしたのか落としそうになったオレンジを慌ててキャッチした土屋は、少し驚いたように俺を見たが、笑った。笑って、キャッチしたオレンジも自分で押し当てた。


「冷たくて気持ちいいー」

「やわ過ぎじゃき」

「普段こんな部分使わないもん。仁王くんだって案外」


左手首を掴まれ強引にパワーリストも外され内出血がないか確認されるが、当然そんなもんはない。「え、なんで?」と不思議がっとるけど、そもそも使っとる部位がこいつはおかしいんだと思う。レシーブなんか毎回、べチッと痛そうな音鳴っとったし。

掴まれた手は思いのほかひんやりした。さっきまで冷たいペットボトルを握ってたからか。「よーく見たらちょっとここ赤くなってない?」って俺の手首を擦ってしつこいが、それはお前さんの指圧です。

間接キスは意識するくせに、このボディタッチは意識しないらしい。普通はまずこっちじゃろ。現に俺はこっちのが意識しとるし。
やめろとペットボトルの底でほっぺたを突っつくと、「わー冷たい」とうれしそうに笑った。そのせいか、ほっぺたについた水滴はキラキラ光って見えた。


「そろそろ仁王くん試合?」

「ああ」

「よし、行こう!」


同時に立ち上がり体育館へと走り出す。
お互い第一第二どっちでやるか知らず間違えて遅れそうじゃけど。土屋といると、気は楽だが何だか忙しない気もする。


「そういやさっき、サーブの成功率はすごかったのう」

「でしょ?私本番強いタイプだし」

「むちゃくちゃ下手くそだったのにな」

「ふふん。あと…」

「?」

「コーチが後ろで見守ってくれてて、頼もしかった!」


体育館につく直前、振り返って笑いながらそう言われた。不意打ち過ぎて、ああ、ほんと忙しない。

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