09 - 話を聞かない彼女
昼休みが終わったあと、うちのクラスの女子バレーボールの試合があるってことで第一体育館までやってきた。多少冷房が動いてるとはいえ、7月に体育館で試合とかキツすぎるじゃろ。
「よー仁王、遅かったじゃん」
先生もわりと近くにいるっちゅうのに壁を背にしゃがみながら棒アイスにかぶりつくブン太。すごい。いくら俺でもここまでの素行不良はできん。
ここからだと縦方向にしか試合は見えんが、ぱっと見うちのクラスがこっち側のコートじゃし、俺もここで見ようとしゃがみ込んだ。
「試合は?」
「今挨拶してたけど……あ、始まるな」
ブン太の言う通りうちのクラスと相手のチーム(たぶん2年)、それぞれが配置についたようで、さぁまもなく始まるぞという間合いじゃったが。
「…ん?」
「どした?」
うっかり声をあげた俺をブン太は不思議そうに見た。棒にへばりつくアイスを舐めながら。
コート上にあいつがおらんかった。さっきは「私も試合出るよ!」なんて張り切っとったのに…、コート横の応援集団を端から順に見てみると、その中に土屋がいた。
なんじゃ、出るって言っとったくせに補欠かい。まぁサーブも練習したとはいえ、3本に1本入るくらいじゃし、レシーブ成功率も6割で、トスやスパイクなんてもってのほか………、あいつなんでバレーボールにしたんじゃアホか。
「なぁ、あっち行かね?」
「あっち?」
「第二体育館。うちの女子勝ちそうだしさ、今から男子バレーのA組対F組の試合だってよ」
ブン太はいつの間にかいじっていたスマホを俺に見せた。それはLINE画面で、ジャッカルからの連絡だった。
俺やブン太、ジャッカル、そして今から試合をするA組の真田や柳生、F組の柳も全員バレーボール。別にバレーボールが特別好きってわけでもないが、みんな負けず嫌いじゃき、テニスとは違う土俵でも自分が一番になってやると、その対決を楽しみにしとる。
「先行っとって」
「おー」
ブン太は先に第一体育館を出ていき、俺も立ち上がった…が。やっぱり声はかけたほうがいいじゃろな。
こっそり土屋の真後ろへ忍び寄った。ブン太の言っていた通り、うちのクラスと相手の力の差は歴然で、得点もこっちばかり。このままストレートで終わるんじゃろと思った。
「わっ、びっくりした!」
ようやく俺に気づいたのか、というより周りの女子が「あ、仁王くん」と声を発したもんだからそこで振り向いてやっと気づいたと言うべきか。
「試合出るって言っとったじゃろ」
「おかしいな。私の勘違いかも」
「なんじゃそら」
騙された恨みを込めて膝カックンをすると、「応援してるんだから邪魔しないで!」と崩れかけながら怒られた。
「ちょっと第二体育館行ってくるぜよ」
「え!うちの応援は?」
「余裕じゃしもうすぐ終わるじゃろ。あっち、男子バレーのA組対F組の試合があってのう」
「A……ああ、なるほどね?」
そこでなぜか土屋はニヤニヤと顔を緩ませ始めた。腹立つ顔じゃな。
その腹立つ顔のまま土屋は、俺の服を引っ張り応援の集団から一歩外れると、耳打ちしようとしてきた。当然耳まで届かないが急かされるので仕方なく屈む。この体育館内は騒がしいし、そのまま話しても周りに聞こえんと思うけど。一体どんな内密な話なのか。
「笹山さん見に行くんでしょ?」
「…は?」
「A組女子はもう負けちゃったから応援しにきてるよ、きっと」
土屋はウンウン頷きながらさっき以上にニンマリと笑っていた。
そこで小一時間前のことを思い出す。そういえば俺は、笹山さんがかわいいと言ってたんだった。
まぁたしかにかわいいとは思うがほとんど話したこともないし、ただ見るためだけにわざわざ赴くほどでもない。
「土屋さんそろそろだよー、サーブ」
否定しようと思った瞬間、土屋が出番だと呼ばれた。どうやらサーブの部分だけの出場らしい。おそらく野口辺りが兼監督やっとるんだろうが、賢明な判断じゃな。試合に影響なく土屋を出せる。
「じゃ、私も出番なので、仁王くんも笹山さんの応援頑張って!」
「いや、お前さんのサーブ見てから行く。教えたの俺じゃし」
「私のはいいよ。笹山さん見れる時間なくなっちゃうし」
「だから、別に笹山のことは…」
また準備を急かされた土屋は、俺をぐいぐいと端に押しやり、元いた場所へと戻っていった。
全っ然人の話聞かんし、ふと思いついてかわいいって言っただけじゃし、そもそもサーブの朝練付き合ってやった俺に肝心な本番を見せんとか……。フツフツと自分の中の怒りゲージが上がっていくのを感じた。が。
「……アホらしいぜよ。一人で苛立って」
ひとり言は騒がしい体育館に打ち消され、俺は第二体育館へ向かおうとコートに背を向けた。
後ろから、「土屋さん頑張ってー」という女子たちの声が聞こえる。「ありがとー」となんだか余裕がありそうな土屋の声も聞こえた。
あのバレーボールの朝練のことを思い返した。まぁ正直、お互い寝坊し過ぎてほとんど練習しとらんのが事実じゃけど。
『じゃあさ、1本成功するごとにアイス1個おごってよ』
10分ほどしか練習しとらんのに疲れただの暑いだの言って、海風館前の自販機で缶ジュースを飲んでいたところ、なんの脈絡もなくそんなふざけた提案をされた。
『じゃあってなんじゃ。飲むわけないじゃろそんな要求』
『ジュースならいい?』
『嫌じゃ。むしろ付き合ってやっとる俺に礼を渡しんしゃい』
『あーそっか。じゃあ私が1本決めたらジュース1本あげるよ。2本以上はノーカンで』
『随分と都合がいいのう。なら2Lのやつおごってもらうか』
『えぇー……ていうか、試合被って仁王くん私の試合見にこれないこともある?』
『さぁ、どうじゃろ。まぁ他のテニス部のやつらの試合も見に行きたいしのう。見れん可能性はあるっちゃある』
ふーんと呟いたその顔は、なんだか残念そうに見えた気もした。ただそんな気がしただけで、すぐに、ああこいつはもし俺に見られてなかったらサーブが成功しても失敗したと言い張るつもりなんだなと、思い直した。思い直したが。
『ありがとね、仁王くん』
土屋がぽーんと空き缶入れに投げた缶は大きく外れ、続けて投げた俺の缶は見事一発で小さな入口に吸い込まれていった。その後も何度やっても土屋は入らなくて、結局予鈴を迎えることになった。
数少ない練習風景。そのあとの1時間目は決まって、二人並んで仲良く眠りこけていたらしい。ブン太談。
  
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