白い和風男子

 実は、八江くんがこんな風に戦う姿を見るのは二度目なんだ。
 最初に見たのは、小学生の時。きっかけはよく覚えてないから、偶然なんだったと思う。
 そのとき八江くんは転校してきたばっかりってこともあって、どこか浮き世離れした子だった。そんな八江くんが当時長かったひらひらの白髪を翻してもやもやに立ち向かう姿は、本当にきれいでかっこよくて、この世のものとは思えないって感じだった。
 それでその後僕は、自分でも気づかないうちに八江くんに恋をしたんだ。
 それを中学入ってから自覚して、でっかくなってって、女装したりとかして、で今に至る、ってわけ。
 今こうして昔のことを思い出してる間にも、八江くんはあのもやもやを少しずつ小さく切っていた。
 っていうか、ああやって戦ってるときの八江くん、すっごい楽しそうなんだよね。あーもう、ホントかっこいい。かっこよすぎてもだもだする。
 冷静に見たらアブナイ人にも見えるんだけど、完全にフィルターのかかった僕にはかっこいいとしか見えていなかった。
「改めて聞く」
 八江くんの声にハッとすると、八江くんは僕の前に戻ってきていた。さっきのは僕じゃなくてあのもやもやに言ったらしい。
 ってか、もやもやちっちゃ!もう幼稚園児くらいの大きさだ。
「自ら成仏する気はないか、悪霊」
 あ、あのもやもやは悪霊だったんだ。よくよくもやもやを見てみると、人の形をしていた。
 ん?あれ、誰かに似て…。
「おまえがそのつもりはなくとも、結局は私がj」
「待って八江くん!」
 草むらから野生の南が飛び出してきた!って、ふざけてる場合じゃないんだよ!
「まって、退治しないで!」
「はぁ?」
 八江くんが眉根を寄せている。そりゃそうだ。でも、譲れない。
「あれ、昔の友達で、死んじゃった子なんだけどね、えっとね」
 死んだのは、僕のせいなんだ。

 僕、自分で言うのもあれなんだけど結構人気あって…いいや、ちゃんと言お。モテます。男に。女装男子だから。好きでもない人にモテてもねぇ。
 それで、僕はモテるからこそ逆に孤立してた。親しげに声をかけてくれる人はかなりいるけど、僕が仲良いと思ってたのは綾瀬って子くらいだった。
 それを妬んだ誰かさんが綾瀬をいじめて、綾瀬は強がって僕に隠してて、エスカレートしてって、綾瀬死んじゃったの。
 あの悪霊は、その綾瀬とよく似ていた。
「だからお願い。消さないで」
「消すのではなくて成仏なのだがなぁ…」
 八江くんを困らせてしまった。
 ずいぶんと感情的に話してたから、上のよりも支離滅裂な自信がある。八江くんはちゃんと理解してくれたのかな。
「…それでお前は、お前の自己満足的な同情心や罪悪感で貴奴を苦しめるのか?」
「………へっ?」
 じこ、まんぞく?
 貴奴って、綾瀬のこと?
「っなんで?!じゃあ綾瀬は消えちゃった方が良いっていうの?」
 八江くんは大好きだけど、綾瀬は消えちゃえばいいなんていう八江くんは嫌い。
 わかんないよ。僕でもわかるように説明して。
「では聞くが、」
 八江くんが赤い鎖で綾瀬の悪霊が動かないようにして戻ってきた。
「死してなお辛く憎い現世の記憶を持ちさまようか、すべてを無に返し一から来世を歩むか。どちらが綾瀬とやらにとって幸せか?」
 あ………。
「生き返ることもできないのに、このまま現世に漂う意味は果たしてあるか?」
「は、話したりとか…」
「無理だな。第一、貴奴は既に理性が無くなり、私でもまともな会話ができないのだ。お前たち一般人にできるわけが無かろう」
「そか…」
 前世とか来世とかよくわかんないけど、安楽死って考えたらその方が良いかもしれないって思えてきた。
「それから、生きている奴等のことも考えろ。貴奴の憎しみによってお前を含む皆が危険に晒されることになる。損得勘定はしたくないが、成仏してもらった方が明らかに会得が大きい」
 どうせ成仏してもらわなければ輪廻システムが云々などと言っても理解できないだろうしな、と呟いて八江くんは俯いた。
 何かを耐えるみたいに下唇を噛んでいるその表情を見て、なんか悪いことしたみたいな気分になった。
「なんか、…ごめん」
「かまわない。私も同じことで悩んだ時期があったからな。今のはそのとき考えた結果だ」
 そっか。そりゃそっか。だったら野暮な質問だったな。
「うん、ごめんね。続き進めちゃって」
「もう終わったぞ」
「え、はやっ!」
 綾瀬の悪霊がいたはずのところを見ると、ただ赤い鎖が落ちているだけだった。
 そういや、周りとか八江くんのふいんきがさっきとぜんぜんちがう。
「うー。見たかったなー。大詰めクライマックスでしょ?」
「そんな大それたものではない。それに、これが一番望ましい形だ。」
「八江くんが成仏させるのが?」
「は?あいや、違う。見ていなかったのか?」
 八江くんはそう言って、心から嬉しそうに微笑んだ。
「あいつ、自分から成仏していったんだ」
 その笑顔に、思わず僕の心臓がはねた。
「な、何で自分から成仏したのかなぁ?」
 それがばれないように早口で言ったら、裏返ってさらに怪しくなっちゃった。
 でも八江くんは気づかなかったみたい。
「さあな。自分の死に納得したのではないか?それか理性を失っていながらもお前の心配を感じたか、な」
「そう…だったらいいな」
 もしそうなら、素直に嬉しい。
 そうして綾瀬への心配がなくなると同時に、押され気味だった八江くんへの恋心パラメーターが通常営業に戻った。つまり、振り切れた。
「あの、八江くん」
 振り切れた勢いで話しかけてしまった。やばい、話すことなんにも考えてない!
「んあ?ああ、もう少し待っていろ。夜も遅いから送る。片づけをさせろ」
 八江くんから無意識のフォローがきた。
 送ってくれるんだ!紳士!和風紳士!
「うん、わかった待ってる」
「すまないな」
 八江くんはなんでもないことのようにそう言って、右手に持っていた赤い日本刀を、刃がむき出しのまんまで左の袖…えっと、たもと?に差し込んだ。
 ……ん?


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