ノースリーブだけど今は春です。

 高校入学式前日、夜九時。
 この高校は、山の上にある男子校だ。
 山の上にあるのは通学で体を鍛えてもらうためだったのに、それのせいで遅刻が多発した挙げ句その親御さん集団に猛抗議をくらったから寮を作っちゃったらしい。もんすたぺあれん怖い。
 かくいう僕も寮生だけど。体力のない、というか女装男子で筋肉をつけたくない僕としては、非常にありがたい。しかも人数の関係とかで二人部屋を一人で使わせてもらってるし。すんごい楽。
 それから、中高一貫なんだけど、高校編入も一クラス分くらい受け付けてる。どんな子達なのかは、明日の入学式になるまでわかんない。
 編入生、か。
 僕はノースリーブ短パンの上から毛布をかぶって小豆バーを食べるという全く季節感のない格好で、全開にした窓の桟にもたれ掛かっていた。
 八江くん、編入してこないかなぁ…。
 八江くんってのは、ちょっと遠めの中学にいる、僕の好きな人だ。下の名前は白廉。びゃ、っていうのなんか面白いよね。びゃっ、びゃっ。
 まぁ、編入してくるわけないんだけどさ。あったとしても、ほんのちょっとの確率だ。でも考えずに入られない。ホント女々しくて、いやんなる。
「一途だとか、犬みたいとかって言えば聞こえはいいけどねー。わん」
 小豆バーも食べ終わったし、僕は棒を捨てに窓から離れた。と、窓の外で小さな白い影が動いた気がして、また窓の外に目を戻した。
 僕の部屋は二階だ。だから窓から下を歩いてる人がよく見える。だけど今は暗いから、明るい白しか見えない。
 ううん、白が見えるだけで十分。
 白い部分は、頭部と胴。袖の後ろも白いのがくっついているから、たぶん和服かな。
 ひらひらした長い髪は無くなっていたけど、白髪で和服なんて一人しか思いつかない。
 僕は窓から飛び降りるのをすんでのところで思いとどまって、玄関から飛び出した。

 方向から考えて、多分学校の裏に行ったんだと思う。
 ほとんど勘のような予測に従ってそこに行くと、やっぱり白い人影がいた。まだ遠いからそれが誰かまではわからない。
 というか、ここまで必死になって追いかけてきて人違いだったらかなり滑稽だよね、僕。
 ゆっくり、気づかれないよに静かに近づくと、だんだんとその人の顔がはっきり見えてきた。何か、僕には見えない何かを睨んでるらしい。
 そして、間違えようもなくはっきり見えるくらいにまで近づいてきた。
 最後に見たときより髪が短くなってて、身長が思ってたより小さかったからちょっとわかんなかったけど、けどやっぱり、
(…やっぱり…八江くん!)
 胸がきゅんって高鳴る。マンガとかで読むあの表現って、ぜんぜん大げさなんかじゃなかったんだ。
 もっと近くで見たくて、もう一歩足を踏み出した。
 その途端、僕は激しい目眩におそわれた。違うな。目眩なんてレベルじゃない。脳味噌かなんかが体から離れて一回転したみたい。
 僕は立っていられなくなって、どさっとその場に尻餅をついた。でも目眩はすぐに収まって顔をあげて、そして見えた光景に、僕は見とれた。
 ひらひらと舞散る夜桜と丸いお月様を背景に、赤い紐がよく栄えた白い狩衣を着た、白い髪の八江くんが、赤く光る目を見開いてこちらを凝視していた。
 あおりの位置からみたその景色が余りに美しくて、しばらくバカみたいに口をあけて見入っていた。
 だって、あの赤くて綺麗な目に僕が映っていて、しかも八江君がこちらに近づいてきてくれてるんだから、そりゃうれしくもなr…っていうか八江君、かなり必死の形相でこっちに走って来てない?!
 あっと言う間に僕のそばに来た八江君が、なんと左腕一本で僕の体を持ち上げてしまった。八江君にだっこされたことを喜ぶ暇もなく、八江君が僕、を、ほおり、投げ、て、のわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわあぶぅっ。
「ったぁ…」
 うそ。そんなに痛くない。落下地点が植え込みの上だったからかも。ちょっとチクチクするクッションだ。むしろ僕が落ちてきたから、枝いっぱい折っちゃったかも。枯れたりしないよね。
「そこにいろ」
 声が聞こえて顔をあげると、八江くんがこちらに背を向けて立っていた。手には、どこからか取り出した赤い日本刀を握っている。
 八江くんの肩ごしに、黒くてデカいもやもやが、さっきまで僕がいたところにあるのが見えた。
 ってことは、八江くんが投げ飛ばしてくれなかったら僕はあのもやもやに食べられてたってことか。
 でも、ぜんぜん怖くなかった。平均よりずっと小さい八江くんの背中から、安心させるような空気が伝わってくるから。八江くんがいるから大丈夫、って。
 違うな。それもあるけどそれだけじゃない。これから起こることの期待感と興奮で、怖がる余裕がなかったからってのもあるな。
「ねぇ!ここでじっとしてるから、見ててもいい?」
 一応許可をとっとかなきゃと思って聞くと、呆れた目で見られた。
「……。いいが、動くなよ。それと、後で説教するぞ」
 そう言って、八江くんはあのもやもやに切りかかっていった。
「うん、わかった!」
 八江くんのかっこいいとこれが見られるなら、説教なんてへっちゃらだもん。
 というか、こんなレア映像、今のうちに目に焼き付けておかないと!誰かカメラ持ってきて!

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