真偽判別能力

 出発してしばらく、リトはテンションの高いアディに付き合っていたが、それが収まったのを見計らってこちらに話しかけてきた。
「なんでしょうか?」
「あんたさ、嘘がわかるって言ってたけど、どんな感じでわかるの?頭でも痛くなるの?」
「頭痛が痛いの?」
「その発言に痛くなりそうですよアディ」
 まあ、いつか聞かれるだろうとは思ってたことですが、今ここできましたか。さて、どう説明しましょう…。
 私は少し考え、車内を見回して椅子を指し示した。
「これは何色に見えますか?」
「赤っぽい」
「赤っていうか赤茶っていうか赤銅っていうかくすんだ臙脂っていうか」
 アディはアディで雑破だけど、リトもそんな細かく考えなくていいのに。
「感覚としては、それに近いと思います。私にとって嘘が嘘とわかるのは、それくらい当然すぎることなんですよ」
「…頭痛が痛い」
 リトが眉間にシワを寄せている。やはり伝わりませんでしたか…。
「あー…あーえっと、なんとなぁく、わかったかも」
 以外にもアディが声をあげた。
「んっとー、僕小さい時、積乱雲はわかったけど入道雲って知らなかったんだよ。なんか海入道を連想するばっかりで」
 海入道は知っていたんですね。まあ嘘ではないようです。
「だからつまり、入道雲って聞いて海入道を連想するのが嘘わからない一般ピーポーで、入道雲て海入道を連想しつつも、ああ積乱雲のことだよねって思い浮かべるのがケーラってことじゃないかなーと思ったりしたんだけど、どうかな?」
「…ある言葉から得る情報量が人よりも多いってこと?」
「そうそうリトそんな感じ」
 ああ、なるほど。
「近いですね。違いといえば、学習では身につかないということくらいてす」
 いいですねぇ。その説明方法は今後参考にするとしましょう。
 アディが、あってたーとリトにしなだれかかった。しかしそこに車の揺れも加わった結果、非力なリトはその重に耐えきれずにそのまま倒れこみ、アディがおでこを車の壁にぶつけた。ちなみにリトは無傷。リトにさすってもらってアディは涙目になっている。背が高いのも考えものですね。
 リトがおでこをさすってあげながら、またこちらに質問した。
「じゃあさ、さっきの耳栓は何だったの?嘘が聞こえてキツイからじゃないかなと思ったんだけど」
「いえ、その通りですよ」
 えあれそういう意味だったの?とアディは首をかしげている。
「でも別に嘘が聞こえたって頭痛とか実害はないんでしょ?耳栓するほどキツいようには思えないんだけど」
 へぇ、この質問は始めてですね…。確かに、これは実際にこの能力を持ち使い込んでいないとわかりずらいでしょう。
「私の仕事は、情報収集や交渉などです 。それらをする場合この真偽判別能力はとても役に立ちます。嘘をいち早く見つけ切り崩すことが重要ですからね」
 これはご理解いただけますか、と確認すると、二人とも頷いてくれた。アディは、僕には無理だーと苦笑している。
 そうですね、この仕事をするにはアディは優しすぎで、リトはものぐさです。
「しかし日常生活を送る場合には見過ごさなければならない嘘というものが存在します。なんだかわかりますよね?」
「あれか。話を合わせるとかか」
「お愛想とか?」
 それだとお会計になっちゃいますよアディ…。
「そう、愛想の類です。それは見過ごさなければ人付き合いもまともにできないでしょう。しかし、私にとっては嘘は突き詰め切り崩すものなんです。他人に向けたものであれ、嘘を見過ごすことはそれ自体が既にストレスなのですよ」
 「あーーーー納得はいかないけど理解はできた」
 いいえ、それで十分です。
 私は浅く座っていた座席に深く座り直した。とそこに長い腕が伸びてきて、私の頭の上に乗った。そしてそのままゆっくりと動いている。
「…なにしてるんですかアディ」
「気にしないで」
 いや気になるんですが…。
 それでもアディが私の頭を撫でるのをやめそうにないので、そのままじっと、袖から漏れ出る血の匂いに顔が歪むを堪えていた。

「ケーラー着いたっぽいよー」
「…はっ」
 いつの間にか居眠りをしていたらしい。
「すみません、招待する側なのに寝てしまって…」
「いいよいいよ」
「いいよいいよ」
 許してくれたのはありがたいが、どうも様子がおかしい。特にアディ。こちらを見ないように努めているようだが、耐えきれずチラチラとこちらを見、私が怪訝な顔をすると、長い前髪で顔を隠してしまう。
 なんなんでしょう。もしかして、先ほどの私の話に同情している?あなたの殺人衝動の方がずっと大変でしょうに。それとも…嫌ですよ男同士なんて。私はグラマスな女性が好きなんです。
 問い詰めればわかるだろうが、その暇もなく車が玄関口に着いたらしい。他の可能性も考えつつ、車から降りた。そして後から降りてくる客人に手を貸そうとしたが、リトには文化の違い故に無視をされ、アディには先ほどからの流れで逃げられた。空の手が虚しい。
「リトリトーアジトって感じじゃなかったー」
「そだね。お屋敷っていうかもはやお城だね」
 既に二人は屋敷を見ている。その声を背中で聞きながら私は御者に礼と指示を済ませた。
「すごいねぇ、カッコいいー」
「当然だろ?」
 そんな二人に、私にとっては聞き慣れた声がかかった。
「あロイル!おじゃましまーす」
「まーす」
 それらに軽く答えて、私の主人はこちらを向いた。そして労いの一つでも戴けるのかと思いきや、私の顔を見た途端吹き出した。
「っはははは!ケーラおまっっ、なんだその、くっ、髪っっははは!」
 髪?
 指摘され自分の後頭部を触ってみると、普段はきっちりと一つにくくっている髪が、可愛く二つに結ばれていた。
 これのことだったのか!
「アディ!!」
「きゃーーロイル早く中に入れて入れて」
「おう!」
 リトはアディに抱えられ、ロイル様に続いて邸の中に走って行ってしまった。
 …あの二人に足で敵う訳がないから、結び直してからゆっくり追いかけよう。




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