冬の朝の出立

 数日後、二人を迎えに行った。
 私がハーチェス邸などと大きなお屋敷のような表現をしたからかリトはそれなりにおしゃれをしていた(とは言ってもシンプルで楽そうではある)が、アディは驚くほどいつも通りだった。黒の上下とサングラスに黒のコート。あとでリトに聞いた話では、前夜にアディのクローゼットをひっくり返してみたが出てくる服出てくる服すべて黒だったそうだ。喪服か!…とも思ったが、アディは優しいのに殺人鬼だから本当にそう思って黒い服を着ているのかもしれない。ともかく、私の主人達は服のことなど気にしないだろうから、何も言わないでおいた。
「移動は馬車になります。しかしこの家の前に置くわけにもいかなかったので、少し歩いてもらいますよ」
「おけい」
「馬車?馬車?!ばしゃ!!」
「落ち着けアディ落ち着け。ばしゃばしゃって、なんか水遊びしてるみたいになってるよ」
「この寒い時期に水遊びしたら死んじゃいますよー」
 そう、寒さは既に冬本番。三日前に初雪を観測し、今朝も降ってはいなかったが地面には積もっていた。この家にきた時ドアの横に小さな雪うさぎがいたのは、おそらくアディが作ったものと思われる。あの図体にして、可愛い物好きで手先が器用だから。逆にリトが作っているところが想像できない。見た目は似合うだろうが。

 二人を引き連れ、裏通りを抜けて大通りに出る。こちらに来る時には朝が早いこともありほとんど誰もいなかった。しかしこの時間になるとさすがに多くの人が歩いており、私の気分は落ちていった。
 なぜなら、私は嘘がわかるから。
「ええ〜?あんたの方が可愛いじゃ〜ん!」
 嘘。
「オイてめぇのせいで俺の服が汚れちまったじゃねえか」
 嘘。
「それわかるわ〜。本当ひどいわよねぇ」
 嘘。
「今日彼女とデートだからぁ」
 嘘。
「ん?いやいやなんでもないよ」
 嘘。
 嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそうそうそああああああああもう限界だ!
 二人に了解をとって、耳に常時持ち歩いている耳栓を詰めた。完全に嘘を遮断できるわけではないが、無いよりはずっとましだ。
 私が人通りの多い道を通る時は、結局いつもこうなる。人が多いということは話し声が多いということ。話し声が多いということは、それだけ嘘も多くなるということ。
 人と穏便に話す為には相手に合わせる愛想はとても重要だ。もし愛想がなければ話す度に喧嘩が起こるだろう。それは理解している。しているのだが、私にとってはそれも全て嘘。この真偽判別能力はとても便利ではあるのだが、いらない時にも嘘がわかってしまうのは少し辛い。
 以前リトに試用させてもらった「雑音消去」という機械を、現在同じ悩みを持つ父と開発中だ。
 耳栓の向こうから漏れ聞こえる嘘にフラフラしながら、やっとのことで馬車の元に辿り着いた。
「ばしゃー!」
「うまー」
 それぞれ興奮している2人を馬車の中に押し込んでカーテンをすべてきっちり閉めた。
「えーなんでー?お外見たいー」
「ダメです」
「ぶえー。ケーラのケチー」
 駄々をこねるアディに、彼は本当にロイル様と同い年なのかと考えてしまう。
「アディ」
「うん?」
 そんな子供のようなアディをもっと子供なはずのリトが宥めにかかるようだ。
「あのさ、ハーチェス邸といえば聞こえはいいけど、つまりそれって怪盗ハーチェスのアジトってことでしょ?」
「そだね」
 それだと大分イメージが変わってしまうが…。
「そんなアジトがさ、誰でもようこそアジトはええとこ一度はおいで状態だったらさ、ちょっとイヤじゃない?」
「ちょっとヤだね」
 かなり嫌ですね。
「つまりさ、どこにあるかは誰にも言えないんだよ。だから我慢しよ」
「うん」
 イメージを大きく変えられてしまったような気はするが、間違ってはいないしアディがもっとワクワクし出したからこれでいいことにしよう。




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