浮上する

 強制的に霊を成仏させた夜の明け方。気分は最悪だ。
「おはよ。白廉ったら昨日バタンキューで寝ちゃって。服しわくちゃだよ?」
「…ん?ああ、着替えずに寝てしまったのか」
 見ると、なみの言うとおり狩衣がよれて折り目も無くなっている。
「起こせばよかったのに。俺を起こす手間などあってないようなものだろう」
 俺は警戒心が強いらしく、近くに人の気配があるだけで目が覚めるという癖がある。
「そうだけどさぁ。やっぱ仕事開けは疲れてんだから、寝なきゃだよ」
「…まあな」
 なみの気遣いはありがたいのだが、実を言うと起こして欲しかった。狩衣がよれることを気にしているわけではない。悪夢を見ていたのだ。
 夢で、俺は昨日祓った霊の記憶に基づき追体験をしていた。
 霊の生前の姿は、やはり猪だった。
 母猪だ。
 捕らえられた我が子を追い、この村までやってきたようだ。
 懸命に我が子の臭いを辿り、やっとのことで村に辿り着いたその目の前で、子供は殺された。
 その後は母親も夢中だったのか断片的な記憶しかないが、どうやら無我夢中で暴れ回ったらしい。それに慌てた村人共は子を井戸に投げ捨て、我を失った状態の母親も子を追って自ら井戸に入り、死んだ。そして死してなお村人、ひいては人間を憎み、先のような悪霊になったというわけだ。
 竹中さんの作った朝食(保存食なのに何故旨い)を食べながら聞いた。
「私が国を出たときにはたしか、私的に未発達の動物を狩ってはいけないことになっていたはずだが」
「えぇ、今もそうですが、それがどうかしましたか?」
 俺は先ほどの母猪の話をした。
「母猪が来て慌てたのだから、おそらく成熟した猪の気性の荒さと力の強さにはかなわぬ、軟弱者共だったのだろうな」
「えっと、普通怒った猪にはかなわないものなんですけどね。わかりました。私の方で上司に報告しておきます」
「頼んだ。私も父に言っておく」
「はい。それで、さっきの話どうしてわかったんですか?」
「成仏させるに読みとった」
「へー、すごいですねぇ。皇の方ってそんなことまで出来るんですか」
「いえ、出来ませんよ」
 橙の宮だ。
「私も数回成仏させたことはありますが、たまに強い感情が流れ込んで来ることがあるくらいで、記憶までは読みとれません」
「ということは、やっぱり緋の宮様だけですか」
「もしくはただのはったりか、ね」
 橙の宮は俺が皇の能力者とわかった今でも、やはり俺が緋色かは疑っているらしい。
「ふまい、ひゃうえんああふぇもほ」
「上手い百円が当てもの?何を言っているんだなみ?」
 もぐもぐ、ごっくん。
「つまり、白廉が化け物、ってことだよぬ?」
「おいこら。口に物を入れたままででも言いたかったことがそれか?」
「むうぅ。じゃ、化け物ってのがイヤなら次からチートっていうよ」
「それもそれで恥ずかしいからやめろ」
 美味しい朝食となみの阿呆な言動で、少し気分が浮上した。


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