芝居掛かる

 都の方から鐘の音が響いてきた。馬車の外で馬が走っていく音がする。確かあの鐘の合図で門が閉められるから、俺たちがつくまで門を開けておいてもらうよう竹中さんが頼みに行ったのだろう。
 今日の任務は、夜までに皇居(俺の実家)に入ることだ。そのためには都にはいることが大前提。
 ギリギリセーフといったところで、断霊門をくぐることができた。ただいま。
 都は人が多いから、車を降りて歩くことになった。俺は白髪が目立つからと、傘をかぶせられた。
 俺に傘よりも、なみに首輪をつけた方がいいと思うのだが。さっきからあっちをきょろきょろこっちをきょろきょろと忙しい。俺に全く意識が働いていないから、さっきからちょっと能力が苦しい。
「わっふー!」
 そんなこと初めからわかっているだろうが。
「しかし、記憶よりもにぎやかな気はするな。祭りの季節でもなかったはずだが?」
「ええ。祭りではありませんが、今日は枚座の公演初日ですよ!」
「そういえば、つくよがそんなことを言っていた気が」
 姉である橙の宮よりも門番の竹中さんの方が反応が早いって。もしかしてファンとか?
「え、つくね?」
 なみ、どう聞き間違えたらそうなるのだ。
「芸名は枚宮月夜。俺の幼なじみだ。仕事は役者だが、モデルのようなこともやっている」
「皇居にいく途中に公会堂がありますから、会えるかもしれませんよ」
「ホントですか?!」
 竹中さんがすごくうれしそう。やはりファンなのか。
 しばらく歩いていくと、公会堂が見えてきた。運よく、見送りを終えた役者たちがまだ外に出ている。
「つくよ!」
 橙の宮が呼びかけると、艶やかな格好をした一人の役者が振り返り、橙の宮に笑顔を返した。その後ろで竹中さんが悶絶している。これはファンと表現していいのだろうか。
「…え、緋の宮?!」
 竹中さんにちょっと引いていると、名前が呼ばれた。目を戻すと、先ほどの役者がこちらを見て目を見開いている。
「ようつくよ。久しぶり」
「久しぶりどころじゃなくて!もう、五年間どこに行っちゃったかと思った」
「ねぇ、ちょっと」
 役者が橙の宮に呼ばれたところで、なみに耳横の髪を引っ張られた。
「痛い」
「この人が、さっき言ってた月夜さん?」
「そうだ。で、痛い」
「じゃあ、月夜は彼が本物の緋の宮様だと言うのね」
「うん。さすがに幼なじみの顔は間違えないよ。でも、ずっと偽緋色多かったからね。疑っても仕方がないよ」
 どうやら兄弟の話が俺のことになっているらしいので、なみにチョップして手をはなさせ、話しに加わる。
「そんなに多かったのか?偽者」
「うん。そりゃもう、連日のように。子供で白髪なら緋の宮になるとか思ってんのかね。まあ最近は青の宮様が怖くて少な目だけどね」
「…やはり兄なのか…」
「で、そちらのかわいいお嬢さんはだぁれ?」
「ふぁっ!」
 いきなり話しかけられて、なみが変な声をあげた。
「えと、白廉のお友達の、沢本南、なみです!」
「そう、私は月夜。緋の宮の幼なじみで職業は役者だよ。よろしくね」
「はいっ!」
 緊張しているのか、ガッチガチだ。
「で、月夜。今公演している演目はなんだ?」
 きくと、月夜はいきなり役者モードに切り替わり、芝居掛かった口調で言い出した。
「さあてさてさて、このたび我ら枚座がお送りいたします演目は、この世の終わりを導きました一人の少女の一生涯。世間の流れと周囲の思慮に振り回されもみしだかれ、しかしそれでもなびかずに我が身を犠牲に初心を貫いた、彼女の悲しき物語を、近頃人気の脚本家、浅海井次衛門が描きました、堂々たる新作。その名も『赤紫終焉伝』!!というわけで、はいこれ広告」
 そういって渡されたビラには、出演者の名前と役名が、絵と共に上手くレイアウトされていた。デジタルも使えないのに、よくやるものだ。
「お、月夜おまえ主役なのか」
「ありがたいことにね。これが初主演だよ」
「へぇ。なら見なければな。暇ができればいいのだか」
「抜け出しちゃえばいいよ」
「こらつくよ!そんなこt」
「あ、もう戻んなきゃ。じゃーねー!」
「ちょ、ちょっと!」
 ああ、あれは絶対、姉のお小言から逃げたな。
 ちなみに、俺たちの後ろで竹中さんがいつの間にやらサインをもらってほくほくしている。
 皇居へ歩きだそうとしたところで、なみが斜め上を見て固まっているのに気がついた。よし猫だまし。
「ぴゃっ!った」
 こけた。阿呆。
 起きるのに手を貸してやりながら、どこを見ていたのか聞いた。
「明るい明日を見すえていたのさ」
 そんなキリッとした顔で言われても。
「ってゆーのは嘘でー。本当は、月夜さん美人だなーって考えてたの」
「確かにな。月夜は女形でも全く違和感がないからな」
「女顔ですからねえ」
「……ん?」
 月夜の魅力について長々と話し始めた(妄想六割以上)竹中さんについては無視をする。
「て、ちょっと待って。女顔って、逆に言うと、月夜さんってもしかして、男性…?」
「そうだ。あれは日本で言う歌舞伎みたいなものだからな。女人禁制だ」
「本名は漢字表記のみが変わって、皓洋です」
 なみが完全に固まった。
「………っえええええええええええ?!?!」
「おまえが言えた話でもないだろうが」
 俺の周囲に女装男子が二人もいるということ自体が驚愕だ。


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