成仏させる

「橙さん、しつもーん」
「だ、橙って…まいいや。なんですか?」
「除霊するの普通二人組って、パーティーみたく分担とかってあるんですか?」
「ぱ、ぱーてー…。いえ、あったり無かったり、それぞれですよ。私は能力がどうやら守りに特化しているようなのでずっとそちらですが」
「ふむふむ。橙さんはヒーラー、と」
「ひ、ひーはー?」
「じゃあ、一人でやる人は滅多いないのね?」
「ええ。そんな人は、緋の宮様か自殺志願者かのどちらかです」
「ふーん」
「じゃあついでに、私からも質問いいですか?」
「はい。どうぞ竹中さん」
「霊を祓う仕組みをざっくりでいいんで教えてもらえませんか?子供の時分から気になっていたんです」
「わかりました、お答えします。ざっくり言うと、力を殺いで強制成仏、です」
「ざっくりすぎてわかったようなわからないような…」
「某ポケットに入るモンスターをボールに閉じこめるときみたいだよね」
「なんですかそれ?」

 今回の悪霊は猪の形を模していた。もっとも、魂を食らう程度の霊ならば生前と違う姿をとることが出来るのであてにはならないが。
 猪ならば言葉は通じないであろうが、一応交渉を試みるとしよう。
「よう悪霊。自ら成仏する気はないか?」
「グルルルルルル」
 私の問いかけには答えず、ただ唸るのみ。どうやら生前も猪もしくはその他の獣であった可能性が高い。
 出ていった村人を追いかけなかったということは、井戸に落ちた地縛霊だろうか。
「自分から成仏すれば来年には生まれ変わることが出来るが、私が強制するともっと時間がかかる。どうする?」
「グルルルララアアアアァァァゥゥ」
「ち、やはり通じないな」
 悪霊が飛びかかってきたので、そこをどいてやる。私が先ほどまでいたところに霊がいる。
 無差別に魂を食らうのならばそこらの雑草が枯れるはずだが、枯れない。無差別ではない、つまり目的や生前の恨みを覚えているということ。どうやら理性は失せていないらしい。それでも言葉が通じないなら、いよいよ生前もなにかしらの獣であるようだ。
「言ってわからないのならば致し方無いな」
 私は袂に手を入れ、腕から体内に収納していた日本刀を取り出す。
 この、体内に物を収納する業は、私と父、兄にしかできない。又父と兄はせいぜい一二個しか収納できないが、私はこの刀の他にも鎖、数珠玉、数百枚の札など霊祓に必要な物から筆記用具や携帯といった日用品まで入れることが出来る。
 なぜ体内に収納するかというと、三つの理由がある。一つは便利だからというのは説明不要だろう。四次元に飛ばすらしいポケットを見たときには親近感を覚えたものだ。二つは、能力のバランスを保つためだ。常に能力を使っているこの状態は以外に楽なのだ。そして三つ目が、体内に入れることでその物に私の能力を染み込ませるためだ。この三つ目が重要なのだ。そうすることで、たとえばこの刀ならば物を切らず霊体を切る特殊な刀になる。
 霊が再び飛びかかってきた、その横っ腹を切りつける。するとそこから真っ赤な血…ではなく黒い霊力が溢れ出、消える。もし赤が見えたとしたら、それは私の緋色だ。
 そうして、私に霊力を失わされ一回り小さくなった霊がこちらを睨む。後はもうこの繰り返しだ。
 この戦っている間というのが非常に高揚する。
 おそらく、私は元来体を動かすことが好きなのだろうな。先日体育でバスケをやっていたときもクラスメートに「目が体育じゃなくて狩りしてる目だ」と言われた。その様なつもりはなかったのだが。ちなみに、低身長男子のくせしてバスケなど出来るのかという質問には、授業後バスケ部顧問の体育教師からことあるごとにバスケ部へ勧誘されたと言う事実を持って返答とさせていただく。チビなめんな。
 そうこうしているうちにチワワくらいにまでなってしまった霊。これ以上は魂本体を傷つけてしまうので攻撃は出来ない。気丈にも、まだ唸り声をあげている。ここまで来るともう可愛いの部類に入るぞ、うり坊。
「もう一度聞く。成仏する気はないか?」
 言葉が通じないことはわかっている。しかし以前、なみの友人らしいが理性の失せた霊を祓ったとき、言葉が通じないにも関わらず自ら成仏していったことがある。おそらく、なみの心配が届いたのだろう。私が望むは、それと同様に自ら成仏していってくれることだ。
「ガルルルルウゥゥゥ」
 しかし、唸り声を止める気配はない。
「…仕方がないか」
 ああ、本当にいやだ。先ほどまで高揚していた気分が急速に萎んでいく。
 なみの方を見やると、それに気づいたなみが何か作業を止めてこちらに集中したようだ。私の中の能力が完全に静まる。これで、押さえることに神経を向ける必要はなくなった。
 そんなことをしているうちに霊が爪で引っかこうと向かってくる。
 今度は避けも迎撃もせず、ただ指先に意識を集中させる。するとそこから刀と同じく能力を染み込ませた緋色の鎖が飛び出してゆく。それでもって霊の動きを固め、もがき出ようとする霊の頭をこちらに向けて目をあわせる。
 私の緋色に光る目から、霊の目を通して体内へ、魂の元へ、能力が注ぎ込まれていく感覚。魂を壊さぬように、潰さぬようにと、優しく抱き上げて霊体から取り出す。そしてその取り出した魂を天へ召し上げる。
 この成仏させるときが、俺は嫌いだ。
 魂に触れたときに能力を通して、悪霊の感情と記憶が伝わってくる。
 苦しい。悲しい。辛い。憎い。妬ましい。寂しい。恨めしい。怖い。恐い、怖い恐い怖い。
 今は加害者であるこの悪霊もかつては被害者であり、理不尽に憤りながら死んだのだろう。
 時折、私は間違っているのではないかと思うときがある。このような姿に成らしめた者がのうのうと生き延びていることの方がおかしいのではないか、と。けれど悪と見なされる霊を野放しにしておけるはずもない。
「…来世では、幸せにな」
 だから俺は、いつもこう願わずにはいられないのだ。



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