腑に落ちない

 皇から人が来るというので、それを待って出発することになった。
 竹中さんが作ってくれた美味しい朝ごはんを食べ、なみが門の周辺を探検するというのに振り回されたりしていると、その使いが来たとの知らせがあった。外で待っているというので、急いで支度をして、外に行く。
 と、竹中さんの隣には、幼い少女がいた。
「こちら、皇の橙の宮様です」
「あぁ、橙の宮。話は聞いていたが、実際にあったのは初めてだな」
「話に聞いてたって、具体的に?」
「いやな、俺の、幼馴染の、姉なのだ」
「…え、姉?白廉、幼馴染って、おいくつ?」
「俺の3つ上だったかな」
「……妹の間違いじゃないの?」
「私は23歳です」
 幼女が口をはさんできた。
「幼女じゃないです」
「ごめんなさい」
 幼女のくせして目力が……いやいや、幼女ではない。
「せ、成人してた…なみちょっとカルチャーショック……」
「ツッコミ三つ。文化(culture)ではなくて橙の宮個人。イセンで成人はだいたい15〜18。それから、お前の性別もそれなりに衝撃だと思うぞ」
「ごていねいにありがとうごさいまーす」
 ほおったらかしにしていた橙の宮と竹中さんに目を移すと、二人とも妙なものを見る目をしていた。俺となみが首をひねっていると、竹中さんが口を開いた。
「性別も衝撃って…えっと、南さんは女性、ですよね?」
「…あーもうそれでいいっすよ。」
 こいつ、面倒くさくなりおった。
「それより、橙の宮さん。行かなくていいの?」
「そうですね。時間も時間ですし、あとは馬車の中で話をしましょう」
 いい加減話をしすぎた感じもあったので、その提案に乗ることにした。

 馬車という字面で、西洋の馬車を思い浮かべることなかれ。この国での馬車は、言うなれば牛車の馬版だ。もちろん、イセンにも牛車はある。風流を重んじる牛車派と効率を重視する馬車派の闘争は、日本のきのこv.s.たけのこの戦いと同じ感覚で行われている。ちなみに俺は徒歩派でカール派だ。
 橙の宮が用意した馬車(橙の宮は牛車派だが、時間がそれほどないので馬車にしたらしい)のなか、橙の宮の話を聞いた。
 それによると、今から俺が祓いに行く霊は、とある廃村の井戸にいるらしい。新月の夜、その霊は井戸から這い出て来、村人の命を奪っていたというのだ。今その村人たちは全員立ち退き被害の報告はほとんどないが、存在の確認はされている。
 「それほど高度な悪霊でもないらしいのですが、急を要しないため後回しになっているのです。今回、緋の宮様と名乗るあなたが能力を持っているかという確認のためですので、この程度で十分です」
「はーいっ!質問!」
 なみが手を高く上げ質問しようとした。そしてその手を天井にぶつけて痛がっている。阿呆。
「何ですか、なみさん?」
「あの、青とか橙とか緋とかって、なんなんですか?」
 今来たか。
「というかお前、この流れで除霊と関係ない質問をするか」
「だって、そっちのほうなみ全くわかんないしー。白廉なんかないの?」
「ないことはないが、行けばわかるだろう。俺だし。橙の宮。なみの故郷のことと絡めて話をするから、私が説明するぞ」
「ではお願いします」
 ちなみに、竹中さんが全く喋っていないのは、馬車の外で個別に馬に乗っているからだ。武官は馬車や牛車に乗るものではないんだと。竹中さんの作る食事が美味しすぎて、竹中さんが武官だということをすっかり忘れていた。
「説明するぞ。あー、古文でやったと思うが。身分の高い人の本名を呼ぶことは、その人の体に触れるのと同じくらい失礼なことだって、覚えているか?」
「あー、あ?あぁ、うん、そんなことも、あった、かなぁ?」
「……。まぁいい。その感覚は、このイセンでも同じだ。その代わりの名を、皇では色を使う。王はまた今度な」
「色って、好きな色?」
「それだとかぶるだろう。目の色だ」
 皇族が除霊を行う際、目が光る。俺はなみの前で霊祓を何度も行っているため、そのことを知っているのだ。
「あ、じゃあ、さっきの緋の宮って、白廉のことだったんだ」
「そうだ」
 俺の目の色は緋色。俺は火色だと思うのだが。
「目の色は魂に影響されるからな。滅多にかぶらず、便利なんだ」
「あ、じゃもうその目の色を見たら、白廉が本物ってわかるんじゃないの?」
「俺今、滅多にって言ったよな」
「まぁ、目が光るということは皇族のものということですし、青の宮様にはお通ししますよ」
「あー、ってことはお兄ちゃんは青色なんだ。緋青兄弟」
「なんだか、赤鬼青鬼みたいですね」
「白廉は鬼っていうか古風な化物って感じだけど、お兄ちゃんはどんなの?」
「さぁ、私は実際にお会いしたことはありませんから。どうなんですか、緋の宮様?」
「……よく似ていると言われるのが嫌で仕方がない」
「仲悪いの?」
「あぁ。だから、あれが俺かどうかを見分けるというのが腑に落ちないのだが、橙の宮、本当なのか?」
「えぇ。今のところ百発百中ですよ?」
「そうか。まあ、どうせ最終判断はシュウにさせるんだろうし、問題はないか」
「え、シュウって誰?」
 兄が俺を退けるために適当に偽物だと言い続けていたら偶然あたっていたということも、なきにしもあらず、だが。
「…行けばわかるか」
「ねーびゃくれーん。シュウってだーれー?」
 とりあえず、目の前の悪霊退治に考えを向けることにした。




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