規格外

 廃村についた。
「うわぁ…なんか出そう」
「出そう、じゃなくて本当に出るんですけどね」
 薄暗い時間帯であることも相俟って、なおさら不気味に感じられる。
 かろうじて雨露を凌げそうな家を探し、皆が腰を落ち着け旅の疲れを癒そうとする中、俺は一人準備に取りかかった。
 準備とは、具体的に言うと着替えだ。
 俺は、除霊を行うときは白い狩衣と決めている。と言っても、かっちりとしたものではなく動きやすいよう和洋折衷にカスタマイズしいている。これはなみの提案の下確立された格好だった。
 いつも着ている黒いTシャツと同じく黒い細身のズボンの上から、白地に緋色の紐の狩衣と指貫をつけ、その指貫の裾を黒いブーツの中に入れて履く。もちろん、手首の能力暴走を押さえるための文様を隠すために填めている、黒い指出し手袋も装着済みだ。
 この狩衣は、幼いときより修行の際着ていたものだ。だからこれを着ると、大丈夫だという気になる。安心毛布のようなものだ。能力・体力共に申し分無い俺にとって、除霊は心理戦だ。精神を落ち着かせるために、母の使っていた香を炊き込めたり等もしている。
 イセンを出て日本にいる間、幸か不幸か…いや間違いなく不幸だが、俺は5cm弱しか伸びていない。だから素人にもできる程度の縫直しでずっと着て来れたのだ。俺にとって、最も着慣れた格好だ。
「この家、窓から井戸が見えるね!」
 丁度着替え終わった頃、なみがひょっこりと顔を出した。
「井戸?あぁ、件の悪霊が出る?」
「そうそう」
「じゃあ、お前はそこから見ておけばいいな」
「りょーかいっ」
 なみの意識が俺に向かえば向かうほど、俺は除霊を行い易くなる。そのためには、なみが危険な場所にいてはいけないのだ。
 次に俺は外に出て、井戸の周囲を見ていた橙の宮に声をかけた。
「悪霊は新月の夜だったな。今日の月はなんだ?」
「今晩がその新月です」
「随分と急なんだな…」
「なにかご不都合でも?」
 橙の宮が俺を見る。少し手も不審な点があれば兄に報告するのだろう。
「いや、むしろ直ぐで有難い。準備などほぼ無いからな。暇だ」
「そうですか。まぁ、祓い頑張ってくださいね」
「はは。祓いを、というよりも能力を上手く操ることを、だがな」

 深夜、松明もつけずに、俺は外から井戸の見える窓越しに、なみと談笑していた。
「やっぱり白廉はそのファッションセンスをどうにかすべきだよ」
「なんだ、この格好をまだアレンジするのか?」
「それじゃないよ。普段着の洋服が黒づくめなことだよ」
「色とか、白か黒か赤かの三択だろう?」
「そーこーだーよー」
「…もうじき悪霊が現れるっていうのに、呑気ですねぇあなたがたは…」
「「だって俺(白廉)だし」」
 竹中さんの呆れた声。だいたい、並の皇でも倒せる霊を俺が倒せないわけがない。ちなみに、竹中さんの今回の任務は、なみの護衛と監視だ。
 ふと、空気が変わったの気にづいた。
「なみー。来たらしいぞー」
「まーじでー。ばんがってねー」
「え、本番なのにそんなのんびr」
「白廉だし」
 井戸のそばにいた橙の宮が、近づく俺に気づいた。
「どうかしましたか?」
「ん?来るぞ?」
「え?」
 どうやら認識できていなかったらしい。そういや、橙の宮は弱体化する皇族の中でも一際弱い能力者だったはずだ。橙の宮は母方のみが皇族という関係もあるのだろうな。
「少し離れて、いや、なみ達と同じところにいておけ」
「しかし、祓うときには通常二人組で…」
「それは能力が弱いからだろう?」
「……」
 緋く目を光らせれば、井戸から黒いものが出てくるのが見えた。
 流石に橙の宮にもわかったのか、表情に焦りが滲んでいる。
「私は緋色。規格外だ。そんな枠にははまらない」
 獣を模した霊と目が合う。

 さて、やるか。




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