馬が合う

 兄につれられてついたところは裏庭だった。ここはいつでも人気がなく、今日も例外ではないようだ。
 しかし、その庭の青く光る一角を目に止めた途端、俺は抱えていたなみを放り投げ、そちらに走っていった。地に打ちつけられたなみが、蛙のつぶれるような声を出したが、そんなことには構っていられない。
 青く光るものは、鎖だった。青、つまり兄の能力のこもった鎖だ。兄は両親とも皇の直系だったためか、能力の習得が早くて強く、俺が生まれる前はよくそれを称えられていたらしい。確かに俺がいなければこの鎖を解けるものなどいないだろう。しかし俺は緋色。兄の青など俺の四分の一にも満たない。
 力を込めて引っ張ると鎖は簡単に切れ、青色は消えていった。目の端で、兄が頭を押さえてうずくまるのがわかった。鎖に込めた能力が強制的に体に返ってきたその衝撃で、頭痛でも起こしたのだろう。ざまあ。
 青い光が完全に消えて鎖が地に落ちてゆき、中に閉じ込められているものが徐々に見えてきた。
 それは、尾が複数本ある大きな白い狐だった。
「シュウ!」
 この狐の名前はシュウ。母が死んだ頃からずっと一緒にいた、俺の親友だ。
 シュウの目は眠ったように閉じられたままだった。体調によって本数が変わる尾は、シュウの寝るときの癖で体の下にしまわれ、確認できない。不安になってあごの下に手をあてがうと、ちゃんと暖かかった。ほっと息をつく。
「シュウ、起きろ。私だ」
 一人称に少し迷ったが、シュウが慣れている方がいいだろうと思い、「私」を選択した。
 そのまましばらく呼んでいると、シュウのまぶたがぴくりと動き、薄く開いた。
〈……びゃく?〉
「ああ、そうだ。ただいま、シュウ」
 今度は目が完全に開いた。
〈びゃく!〉
 飛びつかれ、前足で地面に押さえつけられた。顔中を暖かい舌で舐め回される。
〈びゃく、びゃく、おかえり、びゃく、おかえり、さみしかった、びゃく、おかえり、びゃく、さみしかった、びゃ、さみ、さまっ、さみしっ〉
「わかった。わかったから落ち着けシュウ」
〈びゃくーーー!!〉
 頭上でなみがしゃがんだのが分かり、見上げると俺をじっと見ていた。
 だからお前パンツ見えるってば。
「…なんだ」
「…じゅ〇かん?」
「黙れ」
 何を言い出すかと思えば!
「でさ、白廉。このもふもふの子はだあれ?」
〈ね、びゃく。このもこもこの子はだあれ?〉
「…うん。お前ら、馬が合うと思うぞ」
 簡単に紹介をすると、まずシュウがなみに近づいた。シュウは俺の警戒心がうつったのか、人見知りだ。仲良くなれるだろうか。なみが人見知りゼロだから大丈夫かもしれないが。ああでも、言葉は除霊能力のないものには聞こえないな。
 シュウの足が俺の上からどいたので、やっとのことで這い出ることができた。遠くに、兄が頭を抑えてどこかに行くのが見えた。まだ頭痛があるのか。ざまぁ。
 舌を出して親指を下に向けてからシュウとなみの方を見やると、
「もふー!」
〈もこー!〉
 完全に打ち解けていた。
「珍しいな、シュウ。お前が誰かと仲良くなるなんて」
〈うん。なみちゃんなら大丈夫かなって〉
「へー。まぁ、気持ちは分からないでもないがな」
「え?白廉誰とお話してるの?シュウくん?」
「ああ」
「なみもできる?」
「…」
 そんな期待のこもった目で見られたら、できないと言いづらいだろうが。
 なみの目を見て、ほんの少しだけ能力を分けてやる。これで使えるか使えないか程度の能力がなみに宿ったことになる。本当は危険だからしたくないのだがな。
「ほら、もう出来るんじゃないか?」
〈なみちゃんなみちゃん、シュウの言葉、わかる?〉
「…わかる!!」
 また互いにもふもこし始めた。
 しばらく二人がじゃれているのを眺めていると、廊下から呼ばれる声がした。食事だそうだ。
「ほら、飯だ。いくぞ」
「うん。シュウくんは、ここでバイバイ?」
〈ううん〉
 シュウが尾を振ると、普通の子狐サイズになった。
「…か」
 なみの目が輝いた。
「かわいいいいいいいい!!!!!!」
 なみが抱きかかえようと腕を伸ばすと、その腕を伝って肩に登り、なみの頭の上にちょこんと座った。
 二人とも幸せそうで結構なことだが、もこもこの上にもふもふというこの光景を見ることができる俺が一番得しているかもしれないな。



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