考え込む

「ねーびゃくれーん。ごはんまだー?」
「俺に聞くな。いやそれ以前にお前、見知らぬ場所なのだからもう少し緊張感を持て」
「いやぁ、ピリピリしたなみとかなみじゃない気がするじゃん?」
「ああ、まあ、確かにそうだが」
 ここは食事をとる広間。俺の正面に兄、左になみ、なみと俺の間には子狐版シュウがちょこんと座っている。そして俺の右方面にある上座は、未だ空席。今はこの上座に座る父皇の長翠の宮泰澄が来るのを待っているところだ。
 しかし、俺の記憶では上座にもう一人来るはずなのだが、席は一つしか用意されていない。
 この場での情報源は兄しかいない。シュウもいるにはいるが、コイツは人に興味がさほどないから知らないだろう。兄に聞くのは癪だが、仕方がない。
「兄上。鴇の宮殿はどうされました?」
 兄は伏せていた目を上げて俺を見た。こちらを見るな。
「死んだ。二年前に」
「そうですか」
 鴇の宮に優しくされた覚えはないから、別段心は痛まない。ああでも墓には顔を出しておくか。
「白廉白廉。ときって、鳥だったよね?」
 なみがきいてきた。
「ああ。知らないか?鴇色という色があるのだ。薄い紅色だな」
「へー。それってニッポンにもあるやつ?」
「色の表現は基本的に日本と同じと思ってくれ」
「ふーん。電子辞書で見らんないかな。あとで借して」
「別にいいが、色の説明があるだけだと思うぞ」
「ちぇ。あ、で、鴇の宮さんは誰?」
「あー」
 兄をちらりと見た。兄はまだこちらを見て会話を聞いているようだった。
「兄の母だ」
「…ん?ちっちゃい時に亡くなったんじゃないっけ?」
「それは俺の母だ」
「…んん?」
 なみが俺と兄の顔を見比べ、少し考えていった。
「…ん、じゃあ、白廉とがっすんって異母兄弟なの?!」
「…へ」
「そうだ」
 聞きなれない単語に一時停止してしまった俺に変わり、兄が答えた。
「えーうそーこんな似てるのにー」
「そんなに似ているかい?」
「うん似てますよー。ため息とか眉間のしわとか喋り方のくせとかも」
「ほう、そうか」
「いや、いやいやいやいやいやいやお前らちょっとストッ、待ちやがっ、て下さい」
 慌てすぎて言葉の組立がうまくできなかった。
 落ち着け白廉。先ほどの聞きなれない単語の意味は、文脈から読み取るとだな、
「…がっすんって、兄か?」
「うん」
 何をさも当然の名称のように言っているのだ?!
「ど、どうしてそうなった?」
「だって、お兄さんって読んだら『お前の兄になった覚えはない』って言われちゃったんだもん。かといって名前呼んでも失礼なんでしょ?だから煌雅のがで、がっすん」
「…普通に『青の宮』で呼ぶという選択肢は?」
 なみは顎に手を当てて考え、ぽんと手を打った。
「その発想はなかった」
「なかったのか?!?!」
「がっすーん。『がっすん』と『あおみー』と、どっちがいい?」
「…どちらでもいい」
「いいのか?!それでいいのか兄上?!?!」
 馬鹿みたいに焦る俺の隣でなみがのんきにも、じゃあがっすん固定でー、などとほざいている。
 この愚兄、なみにやたらと甘くないか?なみが無礼者過ぎて俺のMPが磨り減っていく。この場合のMPはMagic PointではなくMental Pointだ。
「…随分と賑やかやのう」
 入口の方から声がした。
 見ると、父がこちらに向かって歩いてくるところだった。慌てて居住まいを正した俺たちと兄の間を、父は悠然と通り上座に座った。
 約五年ぶりに父を見た感想は「老けたなぁ」だった。五年前は白髪交じりという程度だった髪がほぼ白になった影響もあるのだろうが、それにしても人は五年でここまで老け込むことができるのだろうか、と考え込んでしまうほどだった。
 父がこちら、正しくはなみを見た。
「そちらが、白廉の友人とな?」
「はい。南って言います」
 なみの元気な返事に、父が目を細めた。
 冷酷な兄に反抗期の俺とかわいげのない息子ばかり相手にしていたら、なみの愛想のいい対応はそれは嬉しいだろうなあ。
「待たせてすまんかったの。白廉と南殿は旅の疲れもあることやし、たんと食べてくれや」
「はい!」
 なみは返事をし、俺は一礼した。
「ほんなら、始めよか」
 父が手を打ち、夕餉が始まった。


- ナノ -