Passionflower 6

【玉男視点で、玉西です。盲目的な愛と、若干の和泉西フラグ?】











 俯いている頬に触れると、暗い瞳がこちらを見上げた。
 名前を呼ぼうとする唇を逆に塞がれる。
 触れた唇は酷く冷たかった。
「前、みたいに……」
 細く頼りない背を撫でながら震える身体をそっと抱き締める。
「あいつが来る前みたいなのが、いい」
 どうせ死なないし、と囁く唇が皮肉げに歪んでいた。
 渇いたような笑い方をして、いつもとは逆に身体を重ねられる。
 覆いかぶさってくる彼を受け止めながら、違和感に目を細めた。
 裸の肌が触れ合うのは珍しい事だった。
 西くんは、人肌をあまり好んでいなかったように思っていた。
「血だらけになってもいいし、痛くていいから」
 うたう様に言う言葉にはまるで現実味がない。
 そんな西くんの精神状態が少し気にかかった。
「……何も考えられなくなるくらい、酷く抱いてくれ」
「西、くん……」
 縋るように抱きついてくる身体を、抱き締める。
「してくれよ、……ガンツ」
 彼の声音には力が無かった。
 あの日から彼はずっとこのままだった。
 それが痛々しく、初めて『可哀想』という言葉を実感と共に覚えた。
「西くんが、……そうしたければ」
 その通りに。
 君の意志には逆らわない。
 望むものを、いずれ、全て目の前に揃えてあげようと思う。
「ガンツ、……!」
 細い手首を掴んでフローリングの床に縫い止める。
 部屋に満ちた荒い呼吸は、すぐに悲鳴に変わった。
 










 記憶を消して解放した後も、メンバーはメモリーに残っている。
 その細い糸を手繰る様にして彼の生活を覗く事ができた。
 戦いに身を置いていた時の強い瞳がすっかり弱まっていて、普通の人々に溶け込むように生活している。
 注意深く観察しどこかに綻びが無いかと見つめ続けた。
 彼はとても変わった、特別な人間だ。
 メンバーとして集める事が出来たのが幸運だったという程の生粋の戦闘員だった。
 生身でも手元に武器があれば遜色なく星人と渡り合えるであろう、希有な存在だ。
 その彼が、記憶がなくなったとはいえ元の生活に戻って、普通に暮らせるのか疑問だった。
 その予想は、すぐに的中した。
 解放されて一週間もしないうちに、彼は退屈そうに空を見つめることが多くなった。
 手のひらを見つめたり、手首を見つめたり、無意識に太股の上に触れたりしている。
 そこにいつもの武器など、ありはしないのに。
 ああこれならば大丈夫だと安心した。
 彼の部屋のパソコンに外部から少しだけ細工をして、『黒い球の部屋』のHPをそっと忍び込ませる。
 あとは、彼から近づいてくるのを待つだけだ。
 和泉くんなら必ずこの部屋へ辿りつく。
 それだけの行動力と、能力がある。
 こちらからは、求めに応じる形でしか手を出せない。
 だから、向こうから寄ってくるまで待つしかなかった。
 
 西くんの状態は日に日に悪くなる一方だった。
 毎回血まみれになって気を失うまで行為をねだってくる。
 身体の傷は最後に元通りに直す事ができるが、精神状態は依然不安定なままでどんどん疲弊していくようだった。
『ガンツ、……ガンツ! もっと、……もっと酷くしてくれ』
 快感のせいではない涙で頬を濡らしながら、身体を離そうとしない。
 それは言わば自傷行為のようなもので、言われるがままに行為を続けながらも哀れに思う気持ちが強くなるばかりだった。
 死にたいかと一度、問いかけた事がある。
 すると彼は自嘲気味に唇の端を歪めて、まさか、と答えた。
 俺は死ねない、と答える彼の瞳を見てまた魅入られているのに気づく。
 自分がどこまでも彼を愛しているのだと、自覚した。

 ならば、彼の為に全てのものを揃えようと考える。
 彼には一度、メモリーの中で眠っていてもらう。
 このまま苦しみ続けるよりは、計画が終わった後に戻ってくるよう仕向けるのが良いと思っていた。
 和泉くんの方は、彼が動き始めるのを待つしかない。
 その間に、戦いよりも人間の生死に意識を左右される人間を集める。
 戦闘能力と、正義感と、柔軟な思考や順応性、そういったものを東京一帯の数多の人間の中から探し始める。
 加藤勝、玄野計、彼らを見つけられたのは本当に幸運だった。
 ……これでコマは揃った。
 
 そうして、次のミッションの時彼は死んだ。
『早く…してくれ、ガンツ』 
 寒い、死にたくない、と言う彼をそのまま放置した。
 助けろ、と叫んだ時もこちらに声をかけているのを知っていた。
 けれど何も手を貸さず、事態を見守るだけにした。
 泣きながら逃げる姿も血を流しながら苦しむ姿も、見慣れたものだった。
 けれど、本当にその命が消えるのを見るのは初めてだった。
 彼に縋れるものなどありしはない。
 家族も、今のメンバーも、誰一人彼の味方はいなかった。
 点数の為に獲物を仕留めようという強いメンバーもいない。
 今日の、この日の為に揃えた者達だった。
 
 ……彼は、死んだ。殺してしまった。
 和泉くんの言っていたのはこの事かと思う。
『そのうち殺しちまったりしてな』
 苦笑する彼の言葉を実感したのが、その時だった。
 和泉くんは彼を殺せずにこれ以上傷つけないため、離れて行った。
 自分はこれ以上彼が傷付くのを見たく無くて、殺してしまった。
 同じ思考のようで、矛盾していて、ねじくれたメビウスの輪のようだ。

 それから暫くは、記憶を失った和泉くんを見つめて過ごす。
 西くんがメモリーの中で眠っている間、自分が虚無感に囚われていると自覚していた。
 人間の生死に揺さぶられないようにとコントロールされているはずの自分が、こんな状態に陥るとは思っていなかった。
 滑稽だ、と思う。
 まるで人間みたいじゃないか。
 自分は、そんなものの為に生れたわけではないのに。
 そんな体験をする為にいるのではなく、役割が決められているはずなのに。
 己を嘲るという気持ちを、初めて感じた。
 西くんのあの唇を歪めるような笑い方が、今更理解できるようになる。
 この閉鎖された部屋の中で、外にある精神と通じる事の出来る、自分の世界の全ては、彼だった。
 世界を失って初めて、元の暗闇はこんなにも暗いのかと気が付いた。
 
 和泉くんの求めを受けて漸く小さな指令の球を彼の机に忍び込ませる事ができて、刻一刻と待ち望んだ日が近づくのを感じていた。
 和泉くんの戻ってきた後も、何度目かの全滅の危機を乗り越えて、彼らはよく生き残った。
 そして、……殆どのメンバーが膨大な点数を加算されて戻ってきた。
 タイムアウトの時間を無くし、工作をした甲斐はあった。
 案の定、彼らは強い武器よりも人の生死を優先した。
 ……彼は、戻ってきた。
 
 まだ和泉くんとの会話は成り立っていなかったが、そのうち戻るだろうと思っていた。
 オニ星人との戦いの間、彼の衣服から鍵を拾い上げ別の場所に置いておいた。
 忘れたなら、もう一度同じ様に出会えば良い。
 これで全てのものは揃った。後は西くんがそれを望めば計画は終了だった。

 バラバラと帰っていくメンバーの、最後に西くんが残った。
 そして再び、黒い玉の前に座り込む。
「ガンツ、仕組んだのはお前か」
 じ、と見つめてくる彼の瞳には、もうあの暗い色は無かった。
 それに少しだけ安堵する。
「……黙ってないで、開けろよ」
 きみがそれを望むなら。
 全てのラックを開き、拘束を外して外へ出た。
 西くんは以前と同じようにこちらを見上げ、くしゃりと泣きそうに顔を歪める。
「……西くんが、いない間」
 呟くように口を開くと、彼は首を傾げてこちらを見つめた。
「和泉くんがいなくなった後の、西くんの気持ちを少し理解した」
「……!」
「少しだけ、理解できた」
 違う、と動く唇が言葉を発する事はなかった。
 嗚咽する小さな身体を久しぶりに抱き締めて、漸く光が戻ったように感じる。
 涙を舌で掬い取りながら床へ押し倒し、少しづつ服を剥いでいった。
 久しぶりのような気がしているのは自分だけで、彼には昨日の事のようなはずだ。
 けれど、普通に抱くのにはやはりブランクがあったから、そっと丁寧に扱った。
 血まみれの行為を受け入れていた時、彼は自家中毒を起こしていてすぐに嘔吐していた。
 痛みや苦しみがないように扱おうと手を尽くすと、彼はそんな気遣いは要らないと跳ね退けた。
 その瞬間、廊下の方に気配を感じた。
 意識だけでその相手を探って、腰を打ちつける速度を早める。
 西くんに声を上げさせると、向こうの気配が動揺した。
 さて、前の和泉くんは数回そこで様子を見ていたが、今回はどうするか。
 記憶に引っ掛かれば、すぐに行動に移すだろうか?

 西くんを解放して、全ての行為の跡を消し去る。
 ガンツスーツと鞄は、彼の部屋へと転送しておいた。
 彼はこのまま帰るだけだ。
 ……何処へ? 彼の、元へ。

 扉の外に和泉くんが立っているのを知っていた。
 以前と同じように洗面所で吐いた後、ふらりとこちらに戻ってきた西くんには、何も言わずにいる。
「ガンツ、……俺は」
『全て』
「……」
『西くんの望むように』
 彼は沈黙したまま俯いて、部屋を出ていった。
 戸が開く音と向こうから話し声が聞こえてくる。
 パタン、とそこが閉じられた。

 あとはただ、彼らの望む通りになれば良いと、願った。







-------


玉の愛は献身的な感じ。
……だと思うんです。

2011/06/28

[ 6/7 ]

[*prev] [next#]
[目次に戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -