Passionflower 5






 共有する、という表現をするのかどうかはよく判らなかった。
 けれど和泉くんはミッションの後帰らず残るようになり、様々なものを調達してくるようになった。
 そう、例えば狭い彼の身体を慣らすための道具だとか。
「……人間の身体ってのは、意外と頑丈なモンだな」
「あ、……ヤ、いずみッ! 止め、ッ」
「こんな細い身体、無理すればすぐにぶっ壊れると思ってた」
 なあ?、と和泉くんはこちらに声をかけてくる。
 泣きそうな顔で訴えてくる西くんの言葉を聞く気はないようだった。
「多少裂けたり怪我をしても、元に戻せるよ」
 顔を上げて答えると、和泉くんは『鬼畜』と呟いて笑った。
 それに対しては無言のまま、また西くんの前に跪き彼の性器を口に含む。
 教えられた通りに舌を動かし、それを口に含むと簡単に反応を示した。
 首を横に振って嫌がる彼を後ろから拘束しているのは和泉くんだ。
 どんなに暴れても、これほど体格差のある相手だから西くんには逃れようがない。
 カチッ、と音がして彼の中からバイブの音が聞こえ始めた。
 元々緊張していた内腿がビクッと跳ねて、もがく様に暴れている。
「嫌だッ!……止め、……とめて、嫌、ッぁ……」
 悲鳴のような声が上がっても和泉くんは眉ひとつ動かさない。
 リモコンのような機械に触れながら、様子を観察しているだけだった。
「西くん、……泣かないで」 
 彼の、零れそうになっていた涙に舌を伸ばす。
 目元に溜まって今にも溢れそうになっていた涙が、ぽろぽろと落ちていった。
 縋るように向けられる視線に、首を傾げる。
 とめて、と囁くように唇が動いた。
 それで、彼の下肢に視線を落とす。
「……和泉くん」
「ん」
「中に、入りたいんだけど、とめて抜いてもいいかなこれ」
 問いかけると、和泉くんは呆れたような顔をした。
 長い黒髪の頭をがしがしと掻きながら、「こいつが言ってんの確実にそういう意味じゃないと思うけどな」とぼやく。
 それでもスイッチを切って、中に埋め込んだバイブを引き抜いてくれた。
「西くん、……痛いけど我慢して」
「ひ、……やぁッ……ぃ、ああぁっ!!」
 まだ解し途中の中はジェルで濡らしてあるとはいえ狭かった。
 性器を押しこんでいくと、引き千切りそうな力で締め付けてくる。
 上手く進めず、何度も腰を打ちつけた。
「……それお前も相当痛いんじゃないのか」
「そうだね」
「ドМ?」
「……さあ?」
 別にルールなど設けていないのに、この部屋で和泉くんが先に入れる事はなかった。
 彼は始めから道具や指で西くんの身体を弄って、泣かせることを目的としているような気がした。
 けれど一歩この部屋を出れば、和泉くんはほとんど毎日のように彼を抱いているのを、知っている。
 毎日というと大げさかも知れないが、先程の「意外と丈夫」というのはその扱いを西くんが許容できた事に対する感心だろう。
 週に数回、一カ月で二桁程の回数、彼は和泉くんの部屋へ連れて行かれる。
 そこで抱かれ、泣かされて、どんどん行為に慣らされていった。
 口では否定しながらも身体だけは懐柔されていく。
 それが西くんの中では嫌で嫌で仕方のない事らしく、ミッションの後はいつも暗い顔をしていた。
 和泉くんはいつもわざと廊下に通じる扉の前に立って退路を塞ぐ。
 追い詰めるようなその行動に、西くんは怯えた表情を浮かべていた。
 そして黒い玉の中から自分が出ていくと、俯いて目を閉じる。
 毎回、そうしてこの行為は始まっていた。
 和泉くんが混ざるようになってから、もう数カ月が経つ。
 決まったように始まり、こうして犯す行為は変わらないのに、西くんの精神がこれに慣れる事はなかった。
 ずっと、彼は否定しつづけている。
 拒絶する、と態度で示されているようだった。
 それがたまに自分の中に苛立ちを生み、胸を焦がされるように感じる。
 これは何だ、と疑問符が浮かんだ。
 始めはただ彼の表情が見たいだけだった。
 話しかけて欲しいだけだった。
 次は身体に触れてみたいと思った。
 それから、今度は受け入れて欲しいと願う。
 欲というのは、どれほどまで深くなっていくんだろう。
 西くんという身体を喰らい尽して、骨になってしまうまで、自分は止まらないのだろうか。
「んッ、ぁ、も……ッあ、ぁあッ!」
 突き入れる速度を上げて、中に白濁を注ぎ込む。
 ぎゅうっと中が締まって、西くんの性器からもとろりと液体が零れ落ちた。
 涙を零しながらこちらを見る、彼の頬に手を伸ばす。
「泣かないで」
 その雫はいくら拭っても零れてきた。
 身体中の水分が、これで流れていってしまうんじゃないかと思う。
 それを前に言ったら、和泉くんには笑われてしまった。
「さて、じゃあ交代だな」
 腰を引いて再び西くんの下肢に屈みこみ、性器を舐めはじめると和泉くんが言った。
 ビクン、と西くんの身体が怯えて震える。
 小刻みに震える身体は無意識のようで、西くんは視線を凍らせてフローリングの床を見つめていた。
「俺の抱き方は至って普通だろう?……ここでは、な」
 彼の耳元で、和泉くんは笑いながら言った。
 言葉だけで西くんは頬を薄赤く染め、俯いてしまう。
 それを見上げながら西くんの下肢に手を伸ばした。
 恐怖で萎えてしまったのか、先程の熱が全く感じられない性器をもう一度丁寧に愛撫し始める。
 和泉くんの性器は大きく、狭い西くんの中に入れるのは些か大変そうではあった。
 慣らすまでには相当時間がかかったのだろうと思う。
 でも今では入口をいっぱいまで広げ、西くんの中は全てを受け入れていた。
 性器の根元を舐め、その下まで舌を伸ばすと、ひくひくと入口が動くのが見えた。
 和泉くんは笑ってその場所に指を這わせる。
「始めは途中で何度も切れたが、……今は随分上手くなったな」
「あ、ぁ、ッ……ヤ、無理ッ」
「何だ? 入れるなんて言ってないだろ。それとも期待してんのか」
 喉の奥で笑いながら、和泉くんは這わせていた指先を彼の中に押し込んだ。
 もう限界まで広がっていた入口が、悲鳴を上げているように見える。
「い、たッ……痛いッ! い、ずみッ!」
「ちゃんと銜え込んでんじゃねーか。まだ切れてない」
 和泉くんは彼の悲鳴など聞く耳もないようで、こちらに視線を向けてくる。
 顔を上げると、ニッと笑って西くんの膝を掴みさらに開かせた。
「奥も舐めてやれよ。裂けるって泣いてる」
 ようやく反応してきた性器を離して、奥に舌を伸ばした。
 和泉くんの指が広げた隙間へ舌をねじ込んでいく。
 唾液が伝ってその中を濡らしていった。
 西くんは嫌だと泣き叫んでいたが、入口は柔らかく指と舌を受け入れてくれた。
 ヒクヒクと開いては閉じるその動きに誘われる。
 和泉くんが軽々と彼の身体を持ち上げて、上下に揺らしていた。
 舐めていたそこからはジェルが泡立つように溢れ出てきて、濡れた音を響かせている。
 ガクガクと揺さぶられる西くんの身体は、まるで人形のようだった。
 力無くされるがままで、涙だけがぱらぱらと雫になって落ちている。
「西くん……」
 呼びかけても反応は薄い。
 そんな様子になってからは、和泉くんもよく苦笑していた。









「ガンツ。一番だ」
 そう彼が言った時、部屋の中のメンバーがざわついた。
 西くんの方を窺うと、表情を凍らせてこちらを見ている。
「……抜ける」
 本当にそれでいいのか、と待つ時間を置いた。
 和泉くんは黒い玉の前にしゃがんで、こちらを覗き込んでくる。
「いいんだ。……もう選んだ。変える気はない」
 なら仕方ない。
 求めを受けたらその通りに動くしかない。
 和泉くんの記憶をデリートし、彼のマンションへと帰した。
「オイ! どうすんだよこれから和泉がいなくて!」
 部屋のメンバーは大混乱していた。
 確かに今まで一番戦闘能力が高く、皆を引っ張っていたのは和泉くんだった。
 彼が抜けた穴は大きい。
 それをどう思っているのか、蒼白な顔色をした西くんはフローリングの床を見つめていた。

 騒ぐだけ騒いだ他のメンバーが全て出て行った後、西くんは自分でこちらに歩いて来た。
 もう入口を塞ぐ人間はいない。
「ガンツ」
 彼に話しかけられるのは半年ぶりくらいのような気がした。
 呼びかけてくるその声が、硬い。
「……記憶ってのはどの程度消えるんだ」
『この部屋に関連する事全て』
 表面に表示された文字を見て、西くんは小さく息を吐いた。
 フローリングに胡坐をかいて座り、こちらを見つめてくる。
 この風景には見覚えがあった。そうだ、始め彼はずっとこうしていた。
 無言で、答えることのない黒い玉の前に座っていた。
「……俺の事も全て忘れたって事なんだろうな」
 それには答えなかった。
 西くんは小さく肩を震わせて笑った。
 笑いながらこめかみを押さえて、それから俯いた。
「『解放してやる』って、言ったんだ」
 掠れた声で、彼はこちらに語りかけてきた。
「昨日、和泉が。俺に向って、そう言った」
 別に返答など期待している様子ではなかった。
 ただ、自分の中の言葉を整理したくて口にしているようだ。
「解放って、……こういうことかよ」
 馬ッ鹿じゃねーの、と彼は声を荒げた。
 そしてそのまま天井を仰いで、深くため息をつく。
「……。ガンツ、俺はあいつが嫌いだったんだ」
 大嫌いだったんだよ、と重ねて言う彼にかける言葉が見つからない。
 和泉くんの存在に怯えて、恐怖して、支配されて、そして拒絶していた彼の心情を、和泉くんは理解せず離れていった。
 彼は最近、ここで行為の後気を失っている西くんの身体に触れながら『そのうち殺しちまったりしてな』と苦笑していた。
 怪我は戻せるから大丈夫だと言っても、その視線が暗い光を帯びたままなのも知っていた。
 けれど、いくら外の人間を衛星視野から追いかけて行動を把握することが出来ても、その心情まで覗くことはできない。
 和泉くんの行動は、予測がつかなかった。

「……」
 座ったまま俯く西くんに、触れる事ができなかった。
 大嫌いだった、という言葉が過去形だったことに、彼は自分で気がついているだろうか。
 もう少しだけ見つめておこうと思う。
 彼が落ち着くまで、触れるのは躊躇われた。

 心に深く傷を負った、それだけは元に戻すことができないと、知っていたから。








2011/05/22

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