Passionflower 7









 身体がだるく、頭の中は鉛を詰め込まれた様に重かった。
 ガンツがいない時はいつもこうだ。
 行為の後身体だけでも元に戻れば自由に動く事ができるのに。
「……」
 間近に、和泉の胸があった。
 こいつはいつもこうして気を失った俺の身体を抱き締めて眠る。
 この癖は昔からだった。どれだけ酷い行為の後でも、俺の知らない、意識の無い間にこうして抱き締めている。
 毎回目覚める度に不思議だと思っていた。
 俺の事なんて、どうでもいいクセに。
 そんな大事そうに抱き締めて眠るなんて、卑怯だ。嘘つきめ。
 俺は溢れてきそうな感情を押し留めて、和泉の腕から抜け出した。
 ごろり、とシーツ上に転がった和泉は熟睡していてまだ目覚めそうにない。
「……嘘つき」
 呟いて、シーツの上に手を伸ばした。
 ぎし、とベッドが軽く軋む。
 意識の無い和泉の上に覆い被さるようにして、その顔を覗き込んだ。
「和泉じゃないくせに」
 この和泉は、『和泉』じゃない。
 それだけは昨夜嫌というほど思い知った。
 こいつは過去の自分の行動を興味本位で覗いてみて、混同しただけだ。
 あいつならこんな抱き方はしない。
 丁寧に、壊れ物を扱うみたいな、優しくて快感だけの行為なんて知らない。
 和泉の手はいつだって俺の手首を跡が付く程握り締めたし、痛いと悲鳴を上げても許さなかった。
 そして何より、俺の身体に触れるのは自分の欲を満たす為で……俺のモノを口に含んだりは絶対にしない。
 あいつにとって、俺はただの性欲処理の人形で、女の代りになる穴も同然だった。
 後はからかって遊ぶ、それだけの玩具だ。
 たまたま具合が良くて手軽だったから側に置いた、少しだけ気に入りの道具に過ぎない。
「……、」
 俺は唇を噛みながらシーツを握り締めた。
 何でそんな『和泉』を自分が求めているのか判らない。
 いなくなった時には裏切られたと思う気持ちの方が強く、解放された嬉しさはほとんど感じなかった。
 置いて行かれたと思い暫くは茫然としていた。
 ガンツはそれを、恋しく想う気持ちだと言った。
 そんなはずはない。俺は、こんな奴大嫌いなんだ。
 傍若無人で偉そうで、自分勝手なのに一人で何でも出来て、自分から群れる必要のない強い存在だった。
 その強さに色んな人間が引き寄せられ、いつの間にか和泉は集団の中心に存在している。
 和泉というのは、そういう男だった。
 遠くからその存在を感じる度に、自分がより小さな生き物になった気がした。
 コンプレックスなんて、言ってみるだけ馬鹿みたいな話だった。
 敵うはずもないし、比べるレベルにも達していない。
 それが悔しくて、情けなくて、ずっと否定し続けていた。
 ……こんな奴に惹かれているなんて思いたくもなかった。
「は、……」
 思わず笑いが漏れた。
 荒い呼吸と、掠れた笑い声が響く。
 今こいつの首を絞めて、殺してしまったらどうなるだろうか。
 失った時はあんなに苦しくて、たとえ自分を覚えていなくとも逢ってみたいと思っていたはずなのに。
 逢えば、違いを探してしまう。
 全てをねじ伏せて奪い尽すような、あの強さに焦がれた。
 呼吸が止まるほどの激しさで求められて、焼き尽くされたいと願ってしまった。
「なん、で……」
 俺は和泉の首に手をかけた。
 首を掴んだ手に力を込めるが、それ以上震える手のひらには意志が籠らなかった。
 もう『和泉』は戻ってこない。
 記憶の消去と共に消えてしまった。
 そう思った瞬間、ぐ、と喉の奥が焼ける様に熱くなる。
 俺は慌ててベッドを降り、洗面所へ駆けて行った。
 台に倒れ込むように手をついて、嘔吐する。
 胃液だけが喉を焼いて、内臓を引き絞られるような感じがした。
 そういえば、死んでいたから気付かなかったが、随分食事をしていない。
 吐くものが何もないから、余計に気持ち悪いんだ。
 頭の中と視界が、一気にぐらりと揺れた。
「……、あ」
 流れる水で口と顔を洗っていて、気づいたらそこに膝が崩れていた。
 ぺたり、と冷たい床の上に腰を下ろす。
 視界が半分暗くなって、痺れたように身体の動きが鈍くなる。
 ただの立ち眩みなのは判っていた。
 でもそのまま目を閉じてしまいたくて、俺は俯く。
 死にたいか、と前にガンツは俺に問いかけた。
 そうだ、今ならそれに応えることができる。
 
 『和泉』に必要とされない、自分は、……。

「……オイ」
「!!」
 急に腕を引かれて、弾かれたように顔を上げた。
 不機嫌そうな顔の和泉がそこにいる。
「あ、……」
「お前、いつもそうなのか」
「……いつも、?」
 和泉は俺の身体を片手で引き寄せながら、流れ続けていた水を止めた。
「吐いたりとか」
「……」
 俺は笑いを堪えられなかった。
 肩を揺らして笑う俺の様子を、和泉は目を細めて見つめている。
「まさか、……心配してるとか?」
「……いけないのか」
「別に。……らしくないと思って」
 俺は和泉の手を振り払って、バスルームに向った。
「今日、テストなんだ」
「……」
「どうしても行かなきゃならない。まあこの状態じゃあ、保健室受験だな。好都合だけど」
「……西」
 呼びかける低い声に、無意識に身体が強張った。
 動きを止めた俺の背中に問いが向けられる。
「お前が、俺に求めるモノってのは、……何なんだ」
 は、と喉の奥から笑いがこみ上げた。
 肩越しに振り返って、馬鹿みたいに真剣な顔をしている和泉を見上げる。
 俺は唇の端を歪めるようにして笑った。
「絶対的な支配者」
「……」
「俺の身体にリングをつけて、精神ごと拘束する、……そういう、相手」
 バスルームの扉に手をかけて引くと、その戸を大きな手が掴んだ。
「……嫌だったんじゃないのか?」
「嫌だったさそりゃあ」
「……ああ?」
 俺の答えに訝しげな顔をする和泉に、俺は嘲るような笑みを向けた。
「言葉で弄られるのも、道具を使われるのも、お前の命令は全部、全部! 嫌で仕方なかったのに!」
 途中から、自分の声が悲鳴のように掠れていくのが判った。
「お前が変えたんだ。……お前の支配無しにはいられないように仕向けたクセに。そうさせておいてお前は俺の前から、」
 ……消えた。
 最後は言葉にならなかった。
 和泉は俺がいつまでも反抗する頑固な奴だと思っていたのかもしれない。
 でもそんなのは、ただの虚勢だった。
 認めたくないと思っていたものが、勝手に溢れだしていた。
 こいつはどうせ、『和泉』じゃない。だったら、言ったところでどうでもいい事だろう?
「……判っただろ。お前じゃあ、駄目なんだ」
 呟く様にそれだけ言って、俺は扉を閉めた。
 シャワーを流し始めてもガラス戸の向こうに和泉の影は見えていて、そこに立ち尽くしているのが判った。
 俺はもう、和泉に語りかける言葉を持たなかった。











「鞄、どうした」
「部屋に転送されてる」
「スーツもか?」
「ん。戻ってる暇ないし、そのまま学校行くけど」
 一瞬だけ和泉は眉を顰めた。
「テストが終われば半日で家に帰れる」
 半日の間に星人が襲ってきたらアウトだけどな。まあ、まず無いだろう?
「……」
 和泉は無言のまま、時計を見上げた。
「半日、って昼……12時には終わるってことか」
「……学校出るのは1時くらいかな」
「そうか。……判った」
「何が」
 和泉は少しだけ頭を横に傾けて、唇の端を上げた。
「迎えに行ってやる」
「は!?」
「……どうも腑に落ちない」
 今度はこちらが眉を寄せる番だった。
 不審そうに見上げる俺に、和泉は先程の問答などなかったかのように笑みかけてくる。
「前の俺の方がいい男だったって言われたようで……どうも腹が立つ」
「……ああ!?」
 何言ってんだこいつ。
 呆れた顔で見つめる俺を覗き込んできて、和泉は目を細めた。
「だから、テストはまあ行かせてやるが。帰りにまたお前を拉致する」
「!」
「……俺の方がいいって、言わせてやるよ」
 こいつ馬鹿か? 実はこういう馬鹿だったのか?
 キャラ変わったとか、そういう問題じゃなくないか。
「……物凄ェ自信家だな」
 思いっきり呆れて呟いたはずか、和泉は全く動じない。
「知らなかったのか?」
「……いや、知ってたけど」
 勿論、知っていた。
 どれだけ自信家で、人の話を聞かないで自分の思考だけで生きている男か、……知っていたはずが、こうくるとは思っていなかった。
 つくづく人の意表を突く相手だ。
「じゃあ、1時にお前の学校の正門」
「……門の前まで来るのかよ」
「逃げられないようにするにはそうするしかないだろ」
 そういう方面での思考回路は前の和泉とシンクロしてんだな。
 呆れてものが言えなくなった。

「後でな」

 玄関を出ると、和泉はそれだけ言って俺を送り出した。
 それも初めてのことだ。
 和泉が俺を見送る事は無かったし、次に逢う事を予定しているような言葉を交わして別れたこともなかった。
 初めてのはずなのに、重苦しかった空気が胸の中から消えていた。
「……何だこれ」
 俺は首を傾げながら、学校へと向かった。








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個人的にあまりにも西君の制服姿が好きだからって、再生された時の服を制服設定に勝手に変えた私です。

だから、西くん厨なんだって、ば。(今更)

2011/06/29

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