本当の事を言えば毎日は
校舎から学生寮までの短い道のりを幼馴染みと連れ立って歩くと、少しだけ周りの下校中の女子たちがざわめく。
幼馴染みの東堂尽八は中身は兎も角容姿は恐ろしいほど整っていて同級生からの人気も高い。
彼と一緒に居ると、自分も注目されてしまうのが少しだけ気に入らないけれど一緒に帰らないと尽八はとても五月蝿いので仕方無く黙って歩いてやるのだ。
慌ただしく過ぎていく高校生活も終わりに近づき吐く息の白さと指先の冷たさに冬を感じ、隣の尽八の横顔を盗み見ると鼻を赤くして鼻水を啜っていた。
私の右手と彼の左手は約2センチ程の距離で触れそうで触れることは無い。自分にはそんな勇気は無い。
「寒いな。」
「うん。風邪引かないように気つけなよ。」
「うむ、ナマエは馬鹿だから風邪を引く心配は無いだろうが気を付けろよ。」
「喧嘩売ってんの?このアホ八。」
「アホではないな!!」
尽八はカラカラと笑うと私の頭を撫でた。
止めてよ、と小さく抵抗しても髪の毛を乱す手は止まらないので諦める。
手、冷たいね。なんて言って彼の左手を握ってしまおうか。それが出来たのは小学生までだ。
小さな頃から一緒に生活して、傍に居るのが当たり前であったのに歳を重ねるごとに尽八は私の知らない世界へと進んでいった。
きっとずっと昔から尽八のことが好きだった。一番最初に気づいたのは尽八に初めて彼女が出来た時だった。
可愛らしい女の子だった。私とは似ても似つかない上品に笑う子でお似合いだった。
尽八なら彼女を紹介された時、私は私の知らない部分に気付かされた。
本当はその場で泣き出したかったけれど堪えて笑顔で良かったね。と笑った。家に帰ると部屋に篭って大泣きした。
どうして、どうして、ねぇだって私の方がずっと好きだったんだよ?あの子が尽八の名前の漢字も知らない時からずっと好きだったのに、
そんな彼女とも少ししたあと別れたけれどそれから尽八は恋人を作らなくなった。
「尽八さぁ、彼女作らないの?」
「ああ!この俺が一人の女子の物になってしまっては世の女子たちが悲しむだろう?」
「あーはいはい。」
はいはい、またはぐらかすのね。
指先は悴んで感覚を無くし、心なしか歩く距離をとても長く感じた。
「昔はよく手繋いで家に帰ったね。尽八のお母さん帰るの遅くなるとめちゃくちゃ怖かったよね。」
「あれは鬼だからな。」
「告げ口してやる。」
灰色の空を見上げると空からは今にも雪が降ってきそうで、冬が明けた春を思うと少しだけ切なくなった。
「早く帰ろうか。」
尽八は頷くと私よりも先を歩いていく。寮は、ゴールは直ぐ其処なのに取り残されて二度と追い付けなくなってしまいそうで思わず俯いてしまう。
駄目だ。駄目だ。どうしてこんなに感傷的になっているのだろう。と顔を上げると一足先に寮に向かったはずの尽八が立っていた。
彼は左手を差しのべると、昔みたいに手繋いでくれないか?と言った。
彼の手を握ると豆だらけでゴツゴツしていて大きくて、記憶の中の彼の手とは大きく違って痛けれど今も昔も温かさだけは変わらず私の手を温めてくれた。
温かいね。と笑うと尽八は困ったように笑うように眉を下げて、本当の事を言えばこの手をずっと離したくはないのだ。とクサイ台詞を吐くと馬鹿みたいに顔を赤くして此方の方が恥ずかしくなってしまった。
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