み ず か
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庭には夢が埋まってる
太陽嫌いのヒマワリ  [3/10]

 
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 ぎっしりと詰まった大きな本棚の隣にあるテレビには、先週末に録画した恋愛物の映画が流れている。
微妙な空気に耐えかねた私がつけたのだ。

 居間に通された彼は、畳の上のテーブルの前にあぐらを掻き、周りをきょろきょろと見渡していた。
目の覚めるようなモスグリーンのTシャツに、黒いジャージのズボン。
相変わらず派手だなと思いながら、私は扇風機からの風で揺られる彼の髪を見つめた。
いつも綺麗にセットされているその焦げ茶色の髪は、今日は艶やかに濡れ、無造作に波打っている。

 その光景を彼のすぐ後ろで見下ろしながら、私はにっくきその背中に熱湯ごとカップ麺を浴びせたい気持ちに駆られた。
これまでに何度も見ているはずの私の名前を、「わかんねぇや」の一言で済ませてしまったことが許せなかったのだ。
最低な初対面の挨拶がふと脳裏に浮かんだが、それは私の小さな自尊心によってブツリと音を立てて掻き消された。

 ライバルどころか、存在すら認められていなかったのか。
私は胸焼けのするような思いで眉を寄せた。



 須藤英知は、入学してから高二の今に至るまでずっと首席を守り続けている、いわゆる『優等生』だ。
 私たちの高校では、学年毎に試験結果の上位二十名が順位表に掲載され、職員室前に張り出されることになっている。
勉強しか取り柄も自信もない私は、そのプライドを守るために入学当初から必死で勉強していたが、どうしても彼を抜くことが出来ずにいた。
不動の二位に苛立ちを隠せない私は、いつしか彼を超えるために勉強するようになった。

 どうしても追いつかない彼の背中に憤りを感じているのは本当だったが、実を言うと、憤りの理由はそれだけではない。

 彼は決して『がり勉』という訳ではなく、むしろそんなに賢そうには見えないタイプで、成績に執着しているようには見えなかった。
少なくとも私の目にはそう映っていたし、先生や同級生が同じようなことを漏らしているのを聞いたこともある。
そのことが余計に「真面目で大人しい」と形容され、実際の性格とは異なるそのレッテルに左右されている私の心をひどく揺らした。

 焦げ茶色に染められた髪、時折その隙間から覗くピアス。
そして着崩しているのに、どこか着こなしているように見える制服。
その他大勢の生徒と同じブレザーも、彼が着ているとおしゃれなアイテムの一つにさえ感じられてしまう。
彼はどこの学校にもいるような、どちらかといえば軽そうな男子の一人だった。

 そして世間一般の女子というものは、周りから少し逸脱した男に惹かれるらしい。
だから例外なく、彼はかなり女子からの人気が高かった。
そろどころか、男子からも人気があるようだ。
そこまで顔がいいという訳ではないが、親しみやすいその性格と頻繁に見せる笑顔がそれを後押ししているのだと、絢子たちが語っていたのを覚えている。

 それに比べ、私は伸びっぱなしの黒髪に、厚いレンズの眼鏡。
しかも決してスタイルが良い方でもない。
外見もぱっとせず、成績以外では決して目立ちもしない。
もちろんもてた試しもなく、第三者に築かれたイメージ通りに過ごしている私にとって、不本意ながら彼は憧れの対象であり、それ故に憎らしい相手でもあった。



「はい、お湯入れてきたよ」

 苛々の募る気持ちを抑えながら笑顔を作り、彼の背中に声をかけた。
すると彼は「おっ」と言いながら少し驚いた様子で振り向き、それから私に向けて笑顔を見せる。

「ありがと」
「……うん」

 私が恐る恐るカップ麺を差し出すと、彼は無邪気に歯を見せながらそれを受け取った。
少し垂れたその瞳は更に下がり、その下の小さなホクロが揺れる。

 彼のその表情を見て、私には良心の痛む音が聞こえたような気がした。
さっきまでカップ麺をひっくり返してやろうかと企んでいたことが急に後ろめたくなる。

 彼は私の自分勝手な憤りになどこれっぽっちも気付いていないようだった。
そうでなければ、そんな風に笑えるはずがない。
いや、もし気付いていて無邪気に笑っているのなら、それはそれで苛立ちの種になる。
彼の器はそんなに大きくあって欲しくない。

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