み ず か
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庭には夢が埋まってる
太陽嫌いのヒマワリ  [2/10]

 
 玄関を開けたことに対して、こんなに後悔したことは今までにない。

「すいません、お湯もらえませんか?」

 須藤英知は、そう言って目を細めながら苦笑した。
呆気に取られた私が視線を落とすと、彼のその大きな手のひらには、間抜けなことに、しっかりとカップ麺が収まっている。
軽いめまいを覚えながら、私は開いた口を塞げずに彼の顔をもう一度見上げた。

 下がった目尻、そんな左目の下にある小さなホクロ。
そして緩く波打つ焦げ茶色の髪が、この夏の終わりを告げる透き通った風に揺れる。
その風のせいか、いや、それとも目の前にいる人物のせいなのか、私の汗ばんだ体を悪寒がすうっと通り抜けた。

 あぁ、確かにこれは須藤英知だ。

「……お湯?」

半ばオウム返しのように、反射的にそう動いた私の唇。
突然すぎて、嫌な顔さえ出来なかった。

 須藤英知は私のそんな様子を見て、「あぁ、」と小さな声をあげてから静かに笑った。
何も知らないその笑顔が、なんだかすごく腹立たしかった。

「その前に『初めまして』か。俺、ちょっと前に隣に越してきた須藤です。よろしく」

 彼は、失礼にも堂々とそう言った。
呆れ返った私は、その行き場のない怒りを拳にぐっと握りしめ、『にっこり』という言葉がこぼれそうなくらいの作り笑顔を彼に向けた。

「どうも初めまして。隣のクラスの遠野清花です。よろしくね、英知くん」
「……え、隣のクラス?まじで?」

 彼は驚きを隠せない様子で、でも嬉しそうに明るい声を出した。
その様子からすると、本当に私が誰なのかわからないようだ。
募るイライラとは別に、どこかがずきんと痛んだ気がした。

 胸の中に吹き出す黒いもやを振り払うように、私はわざとらしく咳払いをしてから答えた。
笑顔はもう作れそうにない。

「そう、二年五組の遠野清花。わかんないかな?」
「サヤカちゃんかぁ……。悪ぃ、わかんねぇや」

 保険のつもりだった「わかんないかな」という言葉は、彼の申し訳なさそうな笑顔に、無惨にもばっさりと切り捨てられた。
少しでも期待していた自分への恥ずかしさと同時に、イライラが更に募っていく。

 私は彼の瞳から目を逸らし、小さく「あっそ」と答えた。
それが精一杯の強がりだったのだ。
そんな私に気付いたのか気付かなかったのか、彼はもう一度「ごめんな」と謝ってから優しく微笑んだ。

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