庭には夢が埋まってる パフェもピンクも選べない [9/9]結局、お兄ちゃんが帰ってきたのは日付が変わるほんの少し前だった。 お兄ちゃんは物をすぐ失くすので、家の鍵を持って出掛けることはない。 待ちくたびれた唯花も、仕事で疲れて帰ってきたお母さんも既に寝静まった後で、居間で勉強していた私が戸締りを任されていた。 「いつも悪いな」 そう言って家に上がったお兄ちゃんからは、予想に反さずせっけんの香りがした。 実を言うと、これが初めてのことではない。 唯花が起きていなくてよかった、と変に気を回してしまう。 「勉強してんの?」 「そうだけど」 あんたは今まで何してたんだ、とはさすがに聞けない。 足音をひそめて歩く背中をじっと見つめていると、視線に気付いたのか、お兄ちゃんはふと振り返ってこちらを見た。 「なんだよ」 「……別に」 「ふぅん。お前も早く寝ろよ、英知もまだ起きてたけどさ」 「はぁ?なんで」 思わぬ言葉に声が大きくなってしまい、慌てて口元を押さえた。 それからもう一度、小声で「なんでお兄ちゃんがそんなこと知ってるの」と尋ね直す。 「すぐそこで会ったんだよ。庭にいたっぽくてさ、俺の鼻歌に気付いて顔出した」 「庭?こんな時間に?」 「あぁ」 それだけ言うと、お兄ちゃんはそのまま自分の部屋へ向かい、戻ってくることはなかった。 私もそれから三十分ほど勉強を進めた後、どうにも集中できなくて自分の部屋へと向かった。 お兄ちゃんはもう寝るだけの状態で帰って来たのだろう。 ベッドに潜り込みながら、ぼんやりとさっきの出来事を思い出す。 でも、バイト先にシャワー室があるなんてことはないはずだから。 そこまで考えたところで、急に須藤英知の顔が頭に浮かんだ。 それと同時にカラオケでの出来事が思い出され、胸から喉までの間がぐっと苦しくなる。 気にしないようにしていたつもりだけれど、やっぱりあの言葉を忘れることはできそうにない。 真っ暗な天井を見上げながら、心の中で小さく「ごめん」とつぶやいた。 [*prev] | [next#] [bookmark] BACK |