み ず か
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庭には夢が埋まってる
パフェもピンクも選べない  [3/9]

「前から話してみたいと思ってたんだよね」

 絢は立ち上がりながらテーブルの上の伝票を拾い、バスケット風のバッグを肩に掛けた。
特に変わったデザインではないが、そのバッグには大きな桃色の花のコサージュが付いていて、きりりと細いヒールを絢がカツカツと鳴らす度、ワンピースの裾と一緒に揺れていた。

「別に、フツーだったよ」

 私は何の変哲もない自分のショルダーバッグを肩に掛けた。
花はもちろん付いていないし、形も色もありきたりの物だ。
絢のバッグとの違いは、その種類と、コサージュが付いているかいないかだけ。
たったそれだけなのに、その二つの間には月とスッポンくらいの差があるような気がした。

 部屋のドアを開けると、いきなり大きな笑い声が聞こえて驚いた。
絢は両耳を手で押さえ、「マイクで騒がないで欲しいよね」と桜色の頬を膨らませる。
私はその言葉に大きく二回頷くと、彼女が出た部屋のドアをそのまま閉めた。

「須藤くんって、いつも笑顔なとこがいいよね」

 うん、と頷きかけたが、私ははっとして首を横に振った。

「残念ながら、その意見には賛同しかねますね」

 平坦な口調で言い捨てると、さっさと歩みを進めた。
その後を絢が慌てて追いかけてくる。

 彼女は中指一本分くらいの高さのサンダルを履いていたけれど、スニーカーの私に遅れを取ることもなく器用に進む。
点滅している青信号を渡るときは、その足で私より速く走ることもあった。
絢は『女』のプロだ、と私は勝手に思っている。

「悪いやつじゃないって、自分で言ってたくせに」

 もう止めて欲しかった。
ここで彼を認めてしまったら、完全に負けを認めることになる。
でも以前ほど嫌ってはいないのだ。
それは本当のことだけれど。

「だからって別に好きになった訳じゃないの」
「まぁた、ほんっとに素直じゃないんだから。可愛くないよ?」
「余計なお世話」

 私はいらっとしながら腕を組んだ。

 どうせ可愛くないのだ。
そんなことはわかりきっている。
それでも心のどこかで、「そんなことないよ」という特別な誰かの言葉を待っているのは、あつかましい願いなのだろうか。
自分の中の『女』の部分が、ちりちりと焦げていくような感じがした。

 私はぴたりと足を止め、それに驚いて同じく足を止めた絢を指差した。

「私は絢と違いますから。それに、笑顔笑顔って言うけどさ、ただへらへらしてるだけじゃん」
「そうかなぁ。だってみんなそう言ってるよ?須藤くんはいい人だって」

 首を少し傾けながら、絢は眉を寄せた。

 だったら「みんな」が私を可愛いと言ったら、本当に私は可愛いのだろうか。
いや、「みんな」実際はそんな風に思っていなかったりするのだ。
「私なんか可愛くないよ」と周りには言っていながら、本当は自分が一番可愛いと思っている絢のように。

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