み ず か
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12ヶ月の恋模様


だから世界は今日も泣く [1/9]

 水の中に潜ってまぶたを開くと、周りの何もかもがぼんやりして見える。
眺めて見る水はあんなにも透き通っているのに、泣いているときみたいに世界は歪む。

 けれど僕の過ごす毎日は、水の中じゃないのに歪んで見えることがある。
誰が泣いている訳でもないのに。
だとしたらきっと、世界が泣いているのだろうと思った。

「こらー!どれだけ入ってれば気が済むの!」

 顔を上げた瞬間、美佳子さんの絶叫が耳の奥を貫き、僕は慌ててお湯に肩まで浸かって体を縮めた。

 水、もとい、お湯の中では音は聞こえない。
バスルームの扉を全開にして仁王立ちする彼女の様子からすると、たぶん何度か扉の向こうから声をかけていたのだと思う。
美佳子さんは確かに元気な人だけれど、いきなり怒鳴ることはほとんどないからだ。

 でも、それにしたって普通はバスルームにまで侵入して来ないだろう。
いくら相手が息子だからって、僕は一応この春に高校を卒業する年なのだから。

「またのぼせて倒れたらどうするの?そんなでっかい体で、私がこの間どれだけ苦労したと思ってるの。ベッドまで引きずってくの大変だったんだからね」
「……ごめん。もう上がるから、早く出てって」

 美佳子さんはその言葉に小さく笑って、「飲み物用意しとくから」と扉を閉めた。
僕はほっと一息ついて体を伸ばすと、彼女の足音が離れたのを確認してバスタブから出た。
扉を開けてタオルを取り、一旦首に掛ける。
外気に触れても体はまだ湯船に浸かっているかのように火照っていて、目の前が少しだけふらっと揺らめいた。

 美佳子さんは父さんの奥さんで、僕の母親になった。
二年前のことだ。
母さんは僕が小学校に上がる前に亡くなっていた。
小さい頃のことでよく覚えていないけれど、優しくて穏やかな人だった気がする。

 堅物教師で口数も少ない父さんは、それからずっと男手一つで僕を育ててくれた。
派手な思い出はないけれど、それでも母さんがいなくて寂しいとか辛いとかと思うことはあまりなかった。
きっと父さんが父さんなりに頑張ってくれたからだと思う。

 そんな父さんだったから、僕は再婚の話を持ち出されたときもすんなり受け入れた。
真面目な父さんの選んだ人だから間違いはないと思ったし、何よりやっと自分の幸せのことを考えてくれたことが嬉しかった。

 でも、初めて美佳子さんに会ったとき、僕は正直迷ってしまった。
彼女は想像以上に若く、スタイルもよく、美人だった。
おそるおそる年齢を聞いたら、なんと僕と一回りしか違わなかった。
あんな堅物の父さんがこんな若くて綺麗な人と、と考えたら、何だか生々しい想像が出来て一瞬だけ気分が悪くなった。
けれど美佳子さんは始終ニコニコしていたし、あの父さんが彼女を気遣う場面も見られたので、たぶん大丈夫なのだろうと思った。

 そして高校一年の冬、僕には十二歳年上の母親が出来た。

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