12ヶ月の恋模様 優しい氷の溶かし方 [8/8] 静かに離れた彼の唇が、「材料買ってきたから鍋やろ」と優しく呟く。 「玲さん体めっちゃ冷たいし、ご飯も食べてないでしょ? 俺がいないと何も食べないから心配だったんだ。さ、コタツも出そっか」 彼はそう言って、すぐ後ろにある長ネギの飛び出したビニール袋を指差した。 「あとね、もう一つ。俺、玲さんのこと『お母さん』だなんて思ってないよ」 ふふ、と私が涙目のまま小さく笑うと、彼はまた優しいキスを唇に落としてくれた。 「奥さんにしたい、とは思ってるけど」 「……何それ、またプロポーズ?」 「またって何だよ、初めてだろぉ」 彼がそう言って唇をとがらせたので、私は「嘘ばっかり」と言って彼の胸に顔を埋めた。 この匂いと体温だけが、私をどこまでも癒してくれる。 目をつぶると、いつもより少し速い彼の鼓動が聞こえた。 「ねぇ、マジだよ。バイト辞めないのはお金貯めてるからだし」 驚いて顔を上げようとしたけれど、それは私を抱き締める彼の強い腕に遮られた。 「何言ってんの。私、虎太郎より七歳も年上だし、来年三十なんだよ?」 「関係ないよ。それとも俺じゃ頼りない?」 震えるほど真剣な彼の声に、私の心臓まで鼓動を速める。 「……そんなことない」 「じゃあ俺が来年卒業したら、結婚してくれる? 玲さんのこと、絶対幸せにするから」 止まったはずの涙が溢れ出して、彼のジャケットと私の心に染み渡る。 残っていた氷はきっとこの涙や優しい雨と一緒に溶けて、ゆるゆると流れ続ける温かな春の川になるのだろう。 ツバメくんはもうどこへも渡らない。 冬を越えるための暖かな巣は、これから二人で作っていこう。 今度こそ顔を上げ、大きく頷くと、彼は耳まで赤く染めながら幸せそうに笑った。 私の大好きな、あのくしゃくしゃの笑顔で。 ― End ― [*prev] | [next#] [bookmark] BACK |