み ず か
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12ヶ月の恋模様


だから世界は今日も泣く [2/9]

「教習所、明日からだっけ」

 ソファーで文庫本を片手にミルクティーを飲んでいると、キッチンから美佳子さんが大きめの声で言った。
僕が彼女に目を遣って「そうだよ」と答えると、ちょうど洗い物を終えたらしい彼女は水道を止め、タオルで手を拭きながら近付いてきた。

「土曜日だからなぁ、もしかしたら混んでるかも」
「そうなの?」
「ほら、この時期って進路の決まった高校生が結構来るのよ。大学行く前に、就職する前に免許取っておこうってね」

 美佳子さんは立ったまま僕を見下ろして、軽く首を傾げた。
右耳の下で一つにまとめられた黒くて長い髪が、彼女の細い肩を滑るように垂れる。

「みんな考えることは同じなんだね」

 僕はそれだけ言うと、また手元の文庫本に目を落とした。
美佳子さんはしばらく黙ってその場に立っていたけれど、こちらに会話する気がないことを察してくれたようで、「お風呂入ってくるね」と言ってすたすたと去っていった。
そんな彼女の後姿にちらりと目を遣って、僕はぱたりと本を閉じた。

 高校生ともなれば、カップルなんて学校にゴロゴロいる。
誰もが相手を「好き」な気持ちをその体いっぱいに湛えていて、とろけそうな瞳で相手を見つめる。
僕の恋に幸せな結果が出たことはないけれど、たぶんそれがお互いを想っている証なのだろうと思う。

 じゃあ、父さんと美佳子さんはどうか。
二人はとても仲良く見えるけれど、そういう意味でお互いを「好き」でいるのかといったら、どうもしっくりこない感じがした。



 自動車学校は想像以上に混雑していた。
入校の手続きやら安全確認のための視力検査やらがなんとか終わったと思ったら、今度は「説明会があります」と人波でひしめき合った教室に案内された。

 美佳子さんの言った通り、二、三人でまとまった高校生らしきグループがいくつもあって、受験期で変に空気の張り詰めた高校の教室とは全く逆の騒がしい空間だった。
まだ冬の抜けきらない二月初めとは思えないほど、まとわりつくような熱気がこもっている。
僕はとりあえず空いている前列の席に座って、マイク無しでも聞こえそうなくらい大きな声で話す教官の説明を聞いていた。

 説明が終わると、僕は早足で教室から出た。
こもった熱気のせいで途中から気分が悪くなったので、外の空気を一刻も早く吸いたかったのだ。
人と人の間をすり抜けるようにして教習所の外へ出ると、その場で大きく深呼吸をした。
外気はまだまだ冷たくて、熱くなった頬に突き刺さるように通り過ぎた。
でもそれが心地良い。

 しばらくその場で深呼吸していると、出入り口の扉が開く音と「うわっ」という声が同時に背後から聞こえた。
思わず振り返ろうとしたが、何かが足元にコツンとぶつかったような感覚があって下を向いた。

 足元には、リンゴが転がっていた。
それも五、六個。そしてそのリンゴを追いかけて、僕の足の間から手が伸びてくる。

「うわっ」
「あ、ごめんなさい!」

 ぎょっとした僕は右足を避けた瞬間にバランスを崩し、そのまま後ろに倒れそうになった。
けれど実際に倒れはしなかった。
僕の体は何かにぶつかって押さえられ、代わりにその何かが声をあげて倒れたのだ。
僕は今度こそ振り返った。

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