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友人があまり居ない研磨にとって騒音が増す昼休みは特に苦痛なもので、嫌々なったといえども週に2度その場から抜けだすことがでくきる図書委員は案外気に入っていた。
多少うるさい先輩がいるといえど、ほぼいないといっても過言ではないほど数少ない女子の友人だし、何より会うたび飴やらクッキーやらお菓子をくれるなまえは研磨のいい人ランキングの中でかなり上位に食い込んでいる。
一度何故そんなにお菓子を献上してくれるのかと問うたことがあったが、真面目な顔で「猫が懐いたみたいで楽しいから」と言われた。よく分からなかったので「ふぅん」とだけ答えておいたのだが、あれはどういう意味なのだろうか。真相は未だ不明である。
以上の点から見ても分かるように、研磨はなまえとかなり仲がいい。恋愛の脈で比較するなら、完璧に黒尾よりも研磨の方が上回っているといえるほどである。研磨ほどでは無いにしても主将という立場であるがゆえに観察力及び洞察力が他の人より長けている黒尾は、もちろんそのことを承知していた。
悔しい腹立つなどの負の感情を抱くより、それを上手く利用してやろうと思うのが音駒高校男子バレー部キャプテン、黒尾鉄朗である。
 
本来であれば心安らげる空間であるはずの昼休みの図書当番、研磨は非常にそわそわしながらなまえが現れるのを待っていた。かといって彼女の到来を期待しているわけではなく、どちらかといえば「今日はなまえ休みだといいなぁ…」という気持ちから来るものである。無論そんな研磨の願いも空しく、ぺろぺろと飴を舐めながらなまえは図書室にやってきた。ちなみに図書室は飲食禁止であるが、研磨も研磨でよく飲食をしているので咎めることはできない。といより、今はそれどころでは無かった。
 
「あ、あのさなまえ…」
 
座ったのと同時に声をかける研磨に、なまえは不思議そうな顔をした。挨拶するにしても、彼から話しかけることは滅多にないというのにさらに珍しいことに話題を振ろうとしているらしい。首を傾けると、研磨は「あ、あのさ」ともう一度繰り返した。
 
「なーに?そんな難しそうな顔して」
 
研磨は一度だけチラッと本棚が並んでいる方向へ視線を向けると、諦めたようにため息をつき言葉を続ける。
 
「なまえは、クロのこと…どう、思ってる…?」
 
彼の名前が出た瞬間に歪んだなまえの顔が、すべてを物語っていた。案の定「今更それ聞くの?」といつもと違い凄みのある声で聞かれた研磨は、ふるふると頭を振る。
話の内容が自分の嫌いな人に関することだったせいか、なまえはかなりいらついた様子でがりと飴を噛んだ。この時点でもう教室に帰りたいと普段であれば絶対に考えないことを思った研磨だったが、生憎まだミッションが残っている。
 
「じゃあ、なまえの好みのタイプって…どんな人?」
「えー?」
 
話題が変わった途端になまえの声色も明るいものになる。単に女子はこの手の話が好きなだけなのだが、女の子の気持ちが分かるはずもない研磨は「クロ、相当嫌われてるよ…」と本棚の向こうでこちらに聞き耳をたてているであろう黒尾にそっと同情した。
そんな研磨の様子に気づかないなまえは、えっとねーと言いながら指を折る。 
 
「まず優しい人が第一条件でしょー、それからスポーツができて頭も良くて、あっでもそれを鼻にかけてない人でー、あ!あと背が高くてー」
 
夢見すぎなんじゃと思った研磨であったが、言わないでおく。3分ほどつらつらと条件を並べたなまえにはふと我に帰ったように「何でそんなこと聞くの?」と尋ねられたが、「別に…」とだけ答えるとそれ以上何も聞いてくることは無く「それより聞いてよ!今日もあいつマジムカつくんだって!」と言いつつ机を叩く。
近くにいた生徒が非常に迷惑そうな顔をしながらこちらを見ているが、うるさいのはなまえで俺じゃないと思いつつ彼女の話に耳を傾けた。どうせいつもと変わらない話題なのだろうが。
 
「てかさ、黒尾と研磨くんってどんな関係?ただの先輩後輩にしては仲良い気がするけど」
「…お、幼馴染」
「マジでっ!?」
 
思いのほか食い付きのいいなまえに研磨は一瞬びくっとなったものの、小さく頷く。「そうだったんだー!」ときらきらした目で見つめてくる彼女を見ていると、何だかんだいって実はクロに興味があるんじゃないかと思った研磨だったが、次の言葉に一瞬にしてその考えを打ち消す。
 
「じゃあさ、あいつの弱点とか知らない!?」
 
まさか目の前にいる人物ですなんて口が裂けても言えるはずが無い。仕方無く「クロって結構何でも器用にこなすから…」と答えると、なまえはひくっと頬を引きつらせ「腹立つわぁ」とドスの聞いた声で呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「当てはまるの、長身しかないよクロ…」
 
あの唐突な過去回想の夜から3日と経たないうちに、研磨は再び黒尾に捕まっていた。今回の「THE☆黒尾の恋愛談議」開催所は近くのファーストフード店である。奢ってもらったポテトをもそもそ食べながら、研磨は今日の非常に芳しくないミッション結果を報告した。実はこっそり本棚の奥にて聞いていた黒尾もその言葉を聞いて顔をしかめる。事態は思っていたより深刻だ。
 
「第一条件の優しいは…」
「なまえから見て、クロはそれに分類されると思う…?」
「思わない」
 
我ながら即答できるとは悲しきかな、しかしこれが現実である。無表情で一気に烏龍茶を飲み干す黒尾に、研磨は「でも、」と続けた。
 
「スポーツなら、クロでも…」
 
男女別々とはいえ同じ体育館で行う体育の授業は絶好のアピール場所ではないか、と研磨は思う。バレーでなくとも大抵のスポーツはさらりと人並み以上にできてしまう彼にとって、そこが一番の狙い所なのではと。それでも黒尾はその言葉に対し苦々しい顔で返した。
 
「あいつが体育の授業中に俺を見ると思うか?」
「思わない」
「おま…こんな時だけ即答すんなよ」
 
相変わらずの猫背でポテトに手を伸ばす幼馴染を見ながら、黒尾は大きなため息をつく。そんな彼を見ながら研磨は「やっぱり」と声に出さず密かに心の中で思った。恋が進展しない、というレベルではない。この男の場合スタートラインにすら立てていないのだ。
顔だって悪くないし研磨から見ればまぁまぁ彼女の条件を満たしている黒尾は、あの場面を見られなければ案外すんなりこの恋は成就していたのではないかと思う。後の祭ではあるが。ただでさえ嫌いな奴と教室の席が前後という苦痛を日々味わっているなまえが体育の授業であったり選択科目であったり、とにかく黒尾と離れられる時は極力彼を視界の端にすら入れぬよう努めているであろうことは安易に想像できることだ。
 
時計の時刻が夜の7時を回った頃、研磨はもう帰らせてという意味合いを込めて黒尾の方を見たのだが、生憎彼は眉間に皺をよせて何やら考え込んでいる。「俺を無理やり見せる…」なんていう少し犯罪めいた言葉が聞こえたのは、この際無かったことにしたいと思う。テトリスがやがて今までに無いほどの記録を出し始めた時であった。黒尾は唐突に指を鳴らしたかと思うと、唇の端をゆるりと釣り上げる。
条件反射で眉をひそめた研磨はおそらく間違っていない。この笑みは何か良からぬことを考えついた時に浮かばれるものであるということを、長い付き合いから学んでいたからだ。
 
「俺が一番得意なスポーツは、言わずもがなバレーだ」
「…うん」
「で、もうすぐGW合宿だ」
「…で?」
 
セッターというポジション故か頭の回転が早い研磨は言われずともその先が予測できてしまうのだが、嫌な予感しかしないため「どうか自分の予想が外れていますよう」にと静かに願いながら続きを促す。が、嫌な予感ほど当たるものは無い。黒尾はにやりと笑いながら言った。
 
 
「みょうじに短期間マネージャーをやってもらう」
 
 
本人の意思とは関係なく最早決定事項のように言い放つ黒尾に、ああやっぱりなと思いつつ研磨は渋い顔をするしかなかった。こうなってしまった時の幼馴染を止める術を自分は知らない。研磨は尊い犠牲に対し、ひっそり謝罪をしておいた。彼女に届くことは無いけれど。
 
 
 

 
 
 
 
激しい運動で流れた汗を綺麗さっぽり風呂で流し、タオルで髪を拭きながらソファーに腰かけようとした夜久は自身の携帯のライトが赤く点滅しているのに気づいた。赤は我が音駒高校バレー部のジャージをイメージしたものである。それが表すのは、部員からのメールが来ているということだ。
部活の連絡であれば直接会って話すことが多い中、こうしてメールが来るのはちょっと珍しいなと思いながら携帯を開く。メールの送信者は我らがキャプテン黒尾であり、同時送信で副主将である海にも送られていた。
 
メールの内容は簡潔に言えば、GWの合宿にだけ特別にマネージャーを雇いたいというものであった。メールに書いてあるように合宿はいつもより辛い練習が続いたり試合の連続で疲れるものだが一、二年とマネージャー無しでやってきたため多少今更感があるのを否めない夜久は目を瞬かせた。。
とはいったものの、何度か「マネージャーがいればなぁ」と思ったことがあるのも確かである。夜久は「別にいいけど、当てがあるの?」と尤もな質問を送り返した。メールの送信が一分と経たないうちに今度はぶるぶると震えだす携帯を見て、「え、何で電話?」と思った夜久であったがとりあえず通話ボタンを押し耳に当てる。
 
『面倒だからこっちにした』
 
なんとも彼らしい言葉であるが、電話していいか尋ねるなど少しはこちらのことも考慮してほしいものだ。まぁそれをしないのが黒尾鉄朗という男なんだよなと思いつつ「で、誰かいい人いるの?」とメールと同じ質問を投げかける。
てっきりあんまり考えていないのではと思っていた夜久は、電話の向こうから発せられた女の子の名前に思わず「えっ」と返してしまった。
 
『何か問題あるか?』
「いや、彼女自体には無いけど…黒尾、みょうじさんと仲悪くなかった?」
 
黒尾と彼女の仲の悪さはもう学年が周知済みである。黒尾は彼女との会話を何処か楽しんでる節があるが、彼女の方は本気で悪態をついているのだろうと夜久は踏んでいた。『俺は別に嫌いじゃない』と言う黒尾に、お前が嫌いじゃなくても向こうは違うだろと突っ込んだがまさか本人にそう言うわけにもいかず「はぁ…」と曖昧に返事を返す。 

「いやまぁ、みょうじさんがいいならいいけど…」
『そこでだ夜久』
「んー」
『明日あいつに頼みに行く時、俺の隣に居てくれないか』
「は?何で?」 
『何でも』
「はぁ…」
 
本日二度目のため息に似た了承であった。知り合ってから早3年目に突入するが、彼の考えることはたまに分からない。

 
 
 
通話終了ボタンを押した黒尾は、誰に見られることもなく一人ニヤリと笑った。もし誰かが今の彼を見たら、迷わず警察に「あいつ、なんか犯罪起こしそうです!予備軍です!」と通報するであろうくらいには凶悪な笑みである。
自分一人で彼女に頼みに行けば、十中八九、いやほぼ100%断られるのは目に見えていた。かといって研磨を連れて行っても彼女は素直に頷こうとはしないだろう。ならばどうするか。至極簡単な話である。彼女が知らないような第三者を自分の隣に置いておけばいいのだ。彼女は性格上あまり話したことがない人に対し多少良い顔をするきらいがあるということを、黒尾は知っていた。1年ちょっと観察し続けた賜物である。
人当たりがよく女子慣れしている良い同期の部員といえば、一人しか思い浮かばない。更に彼は好都合なことに同じ3年5組であった。クラス内の人物にまさかおざなりな態度をとることはしないだろう。
 
徹底的に彼女を頷かせる方法を突きつめて行く当たり、黒尾は策士としては優秀であるが人間としては底辺であった。
 
 


 


 
 
 
 
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