HQ | ナノ

 


「おっすなまえ!今日は良い天気だな!体調大丈夫か?」
「…おはよう、西谷くん、あの」
「?何だ?」
 
何でいるの?ここ、私の家の前ですけど。
A.M7:30、天気は彼の言うとおり快晴。体調は昨日より幾分かマシ。それでも朝家を出た瞬間目の中に飛び込んできた風景にくらっと来たのは気のせいではあるまい。
いつからいたんだろうか。まさか偶然家の前を通りました、というわけではあるまい。
 
「チャイム鳴らしてくれればよかったのに」
「俺が勝手になまえを迎えに来たんだから、待つのは当然だろ!」
「そんな…ちなみに何分くらい待ったの?」
 
西谷くんは携帯でチラッと現在時刻を確認すると、「1時間くらい!」とさらっと恐ろしいことを言った。さきほどの眩暈がリターンした気がする。
 
「次から迎えに来てくれる時は、携帯にメールでもしてね」
「分かった!これから朝練無い日は毎日メールするな!」
 
それは朝練が無い日は毎日迎えに来るということだろうか。必要の無い日の早起きは勘弁願いたい。
西谷くんのいつものマシンガントークを聞きながら、ぼんやりと思った。
 
前までの私だったら「そんなの悪いからいいよ」って断ってたはずなのに、どうして言わないんだろう。
理由は明確だ。私が、西谷くんを好きだから。彼の行為を嬉しく思うから。
でもこの想いを西谷くんを告げないのは、ううん告げれないのは自分に自信が無いから。
ごめんね西谷くん、弱虫で。

私に合わせた歩幅で歩いているはずの彼の足音が、少しだけ遠いものに聞こえる。
楽しそうに話す西谷くんの横顔をチラッと見ながら心の中でひっそりと謝った。
 
「ていうかなまえ、荷物貸せよ。俺が持つ!」
「え、何で?いいよいいよ」
 
運動部というのは必然的に文化系よりも荷物が多くなる。ましてや帰宅部の私なんかと比較すると、明らかに彼の方が沢山の鞄を持っていた。それでも西谷くんは「いいからいいから!」と言いながら私の鞄を奪い取る。
心なしか西谷くんは嬉しそうだった。重くないんだろうか?
 
「なんかこういうのって、いいよな」
「何が?」
「彼氏っぽくて!」
 
西谷くんがはにかむ。私の心臓が、どくんと大きく一度脈を打った。
何も言わない私に彼は焦ったように「もちろんまだ彼氏じゃないけどな!ほら、昨日体調悪かったなまえが心配っていうか、倒れたら困るっていうか!まぁ倒れたら俺が運ぶけどな!」と付け足す。
私が素直に「ありがとう、西谷くん」とお礼を言うとこれまた嬉しそうに「おう!」と返事を返してくれた。
その笑顔に今度はほわっと胸と頬が熱くなる。 

ああ、やっぱり、私あなたのことが、西谷君のことが、好きなんです。



 
 

 
4限目の終了を告げるチャイムが鳴るのと同時に財布を手に席を立つ。
隣の席の友人が不思議そうに首を傾けた。
 
「あれなまえ、今日は購買なの?」
「うん、たまにはいいかなって思って」
 
ちなみに今日は西谷くんとは別々のお昼だ。何でも委員会があるらしい。朝一緒に登校している時に「寂しいだろうけど我慢してくれ!」と言われた。
最近ずっと一緒に食べてるから、彼がいないとなると確かにちょっと静かな食事になるだろうけど、何だか認めるのも癪なので「寂しくないよ」と言ったら凄くしょんぼりした顔で「そうか…寂しくないのか…」と呟かれてしまったので、「う、うそ!本当は凄く寂しい!」と叫んだら「そ、そうか!?」と西谷くんの顔がぱぁっと輝いた。
本当分かりやすい、と思う。
 
2年生の教室から購買までの距離はかなりあるので歩くのが多少面倒だが、母に「ごめんねぇ、お母さん寝坊しちゃったー」と寝癖のついた頭で言われてしまっては仕方あるまい。
途中どこかで見たことのある眼鏡をした背の高い男の子とすれ違い、「うわぁ」という顔で一瞬だけ顔をしかめられた。
その上彼の隣にいた男の子に「あ、あれって噂の!」って指差され、眼鏡男子が「指差すな」と彼を諌める。いや、諌めても君の顔も凄いことになってたからね、分かってる?気付いてる?
ほんの一瞬の出来事であったが、非常に失礼な奴らだ。次会ったら睨んでやる。いや、睨むだけじゃ気が済まないからでこピンもしてやる。…勇気があれば、だけど。
 
なんだかんだで購買についた時以外にもがらんとしており、そこにはもうパンが1つしか残っていなかった。
購買のおっさんが何だか申し訳なさそうにこちらを見ている。ちょっと惨めだ。
 
「今日は皆購買の日だったんですかね」
「うーん、今日は元々数が少なかったんだよね」
 
そうなのか。ぽつんと取り残されたパンを見ると、メロンパンであった。嫌いじゃないからまぁいいかな。これを見ると何だか田中を思い出す。
 
500円を出してお釣りをもらい、隣にある自動販売機を見る。パンと一緒だったら牛乳かな、いちごみるく…は、甘いメロンパンには似合わない。
うーん、と悩みながらやはりここはお茶かなと最終的に全く違う結論に至った私はお金を投入し下からお茶を取り出す。
と、その瞬間すぐ後ろで「えーっ!!」と大きな声がして思わず後ろを振り返ってしまった。
 
「売り切れなんですかっ…!」
「ご、ごめんね…」
 
鮮やかなオレンジ頭(ちょっと目に悪い)にうるうるした目をされ、おどおどした購買のおっさんがそこにはいた。
オレンジ君はがくっと頭を下げ項垂れる。なんだろう、この子どっかで…えーっと、うーんと、
 
「部活まで持たない…今日の練習キツイのにぃ〜…」
「あ、バレー部の!」
「え?」

あれだ!西谷くんの話によく出てくる!えーっと、えっと、
 
「ひ、日向…くん、かな」
「あ!西谷さんの彼女!…の、予定の人!」

そう言うと日向くんは私にぺこりとお辞儀をしてきた。
対する私は彼の言葉に苦笑する。予定とは、なるほどそうきたか。
 
「…お昼ご飯、無いの?」
 
先ほどの会話から推測して聞いたがやはりそのようで、日向くんはしょぼんとした顔をしながら力無くコクリと頷いた。
確かに高校生男子、しかも運動部にとってお昼抜きはキツイだろうな。帰宅部の私とは違って。私は一瞬手元にあるメロンパンに目を落とすと、日向くんに差し出した。
 
「え、あの」
「私お弁当もあるから、これあげるよ。あー、これだけじゃ足りないかもだけど、無いよりはマシでしょ?」
「えっ!?そ、そんな!も、申し訳ないです!」
「いいからいいから。部活、頑張ってね」
 
戸惑っている日向くんに無理やりメロンパンを押し付けてお茶だけを手に中庭に向かって歩き出す。なんか今の私かっこよくない?
そんな馬鹿なこと考えていると後ろの方から聞こえた「ありがとうございましたぁああぁ!」という大きな声に、思わず肩をびくっと揺らしてしまった。かっこ悪い。
 
 
この日、なまえは日向翔陽のパンの女神となった。
 
 
 
 

 
「ふぅ…」
 
お茶を飲みながら中庭のベンチに座り、一人空を見上げる。
私の頭の中では今後の西谷くんに対する討論が行われていた。もちろん参加者は私一人だ。
 
選択肢その1、自分の気持ちに気づかない振りをする
いや、これは無理だ。だってこうやって完璧に自覚していまっている。今だって私の頭の中は西谷くんだらけだ。
選択肢その2、このまま様子を見る
状況が変わるとは思えないけど、ほらもし西谷くんの気持ちが変わったり…とか。あ、なんか考えてて悲しくなってきた。やめよう。
選択肢その3、思いきって告白する
い、いやいや無理!もし付き合ったところでこんな劣等感の塊みたいなやつが西谷くんの彼女なんて迷惑すぎる話だ。やはりここは無難に選択肢2だろうか。
 
なんて一人で百面相していると、後ろから「あれ、みょうじさん?」という声が聞こえ振り返る。
 
「あ、えっと…」
 
上級生らしい男子高校生二人。どこかで会ったことあるだろうか。
困った顔をしていたのだろう、二人のうち背が高くない方が「あ、そっか分かんないよね」と慌てたように笑った。
 
「俺、西谷の先輩で菅原孝支っていうんだ。君はみょうじさんだよね?」
 
ああ、なるほどと言う前に菅原さんの隣の大きい方(あれヒゲがある)が「こ、この子が西谷の…!」なんてそわそわされたのでまたかと思う。
よくよく大きい人の方を見ると、以前どごーん!なんていう凄いスパイクを打っていた人だった。部活と今じゃ大分雰囲気が違うのか、気付かなかった。
私の視線に気づいたのか、菅原さんが大きい人に向かって「ほら旭も自己紹介しないと」と背中を叩く。
 
「あ、東峰旭、です」
「ど、どうも…みょうじなまえです」
 
体に似合わず囁くような小さな声で言われたので思わずこちらも囁くような声で返してしまった。
そんな私たちを菅原さんは爽やかにははっと笑う。
 
「旭緊張すんなよ!」
「だ、だって西谷の彼女だろ?」
「ちっ違います!」
 
先ほどまでさんざん悩んでいた対象の名前が出てきたことに対し驚き、予想以上に強く否定をしてしまった。
そんな私にびっくりしたのか東峰さんはびくっと肩を震わせ「ご、ごめん…!」と謝ってきた。
我に返り「あ、いえ、こちらこそすみません…」と慌てて謝罪を返す。何やってるんだ私。
 
菅原さんはさきほどとは違いちょっと苦みを含んだ笑いを浮かべると、「隣いいかな?」と私の隣のベンチを指差す。
な、なんだろう。普段帰宅部の私にとって3年生の先輩はあまり縁のあるものではないし、ましてや男子の先輩なんて中学校でも高校においても話をする機会が滅多になかった。
少し緊張しながらも頷くと、菅原さんは「ありがとう」と笑いながら私の隣に座る。東峰さんは私と菅原さんを交互に見た後、「お、俺もいいかな?」と菅原さんの隣に座る。
 
凄く変な組み合わせなんじゃないか。広くもないベンチに高校生3人って。しかも面識がほとんどない。
 
「あ、あの私に何か用ですか?」
 
少しの沈黙も耐えられなかった私は、少し早口になりながらも問う。
菅原さんは「あー」と少し言いにくそうな苦い顔をしながらも口を開いた。
 
「俺さ、みょうじさんにずっと謝りたくって」
「え?」
 
私はその日、初めて西谷くんが私を好きになってアタックの仕方に至るまでの過程を聞いた。

「だから、あの時俺がちゃんと西谷にこう、アピールの仕方を教えていれば…」
 
非常に申し訳なさそうな顔をして「ごめん、苦労してるよね」と謝る菅原さん。最初何を言われるのかとドキドキしていた私はそんなことかとため息をついてしまう。
そんな私を勘違いしたのか、菅原さんにもう一度暗い声で「ごめんね…」と謝られ慌てて首を振る。
 
「菅原さんは全然悪くないです、そんな謝らないでください」
「でも…」
 
なんて言おうか迷っていると、菅原さんが話し始めてから一度も口を開かなかった東峰さんが「みょうじさんは、」と突然声を発した。
やけに真剣な声色だったので、思わず背筋を伸ばし少し緊張しながら返事をする。
 
「な、なんでしょうか」
「お、俺がこんなこと聞くのもあれなんだけど…みょうじさんは西谷のことどう思ってるの?」
 
どくり、心臓が止まった。なんて核心的なことを聞くんだろう。
隣で菅原さんが「旭!」と東峰さんの頭を叩いていた。東峰さんは「ご、ごめん」と元々下がり気味の眉毛を更にハの字にして謝ってきた。
 
「いえ、いいんです」
 
言ってしまいたい。西谷くんが好きだって、本当は私も好きなんだって、言ってしまいたい。
何も言わない私を見た菅原さんは「言わなくていいよ、ごめんね困らせて」と苦笑した。すぐその後に「でも」と続ける菅原さんの目を、思わず見た。
 
「西谷は本当にみょうじさんのことが好きだよ」
 
どうして、どうしてそんなこと言うの。どうしてそんな真剣な目でそんなこと言うの。
だって、そんなこと、
 
「…分かってます」
「え?」
「西谷くんが私のこと、本当に好きでいてくれるの、分かってるんです。でも…」
「でも…?」
 
東峰さんが静かに先を促す。
それに乗っかるように、今まで誰にも言えなかったことをぽつりと呟いた。
 
「私可愛くないし全然地味だし…私が、西谷くんに釣り合わないんです」
 
言葉にしてしまうと嫌に現実味を帯びる。分かっていたはずの事実が、とても重い。
自分で言ったはずの言葉に自分が傷ついた。まるで、ナイフで切り裂かれたかのように。
溢れそうになる涙を見られまいと下をむく。
 
「西谷は、」
 
東峰さんがぽつりと、一人ごとを言うくらいの音量で呟く。
 
「みょうじさんのこと可愛くて、凄く優しい人だって言ってた。みょうじさんが気付いていないだけで、君はきっと凄く魅力があるんだと思うよ。なんたって、」
 
 
――烏野の守護神が、惚れたんだからね。

 
東峰さんの言葉に菅原さんがそうそう、と頷く。
 
私、自信持っていいのかな?こんなに地味の世界選手権に出れそうな平凡な子でも、何の取り柄もない世界代表でも、
 
西谷くんを好きなって、いいのかな?
 
 
「わ、私…が、頑張ってみます…!」
 
 
私の言葉を聞いた瞬間、菅原さんと東峰さんが笑った。
 
 
 
 
 
なまえがちょうどバレー部の三年生2人と恋の相談をしている、まさにその時。2年1組でも恋愛雑談が為されていた。
 
「今日のさー、鞄持ってやった瞬間のなまえの笑顔!超可愛いんだぜ、あれは必見だ!あ、龍には絶対見せてやんないけどな!」
「いやどっちだよ」
 
委員会が早く終わった西谷はダッシュでなまえの教室へ向かったがそこに彼女はおらず、廊下ですれ違った部活仲間の田中と共に昼食を取ることになった。主に西谷のノロケ大会と化していたが。
その西谷の話をほとんど流すように聞いていた田中だったが、ふと何か思いついたようにメロンパンから口を離す。

「ノヤさぁ、攻めすぎじゃね?」
「?どういうことだよ」
 
話を中断されたことに多少の苛立ちを感じながらも田中に聞き返す。だからさぁ、と田中は続けた。
 
「押して駄目なら引いてみろって言うだろ。それならみょうじにも効果あんじゃね?」
「なに!?りゅ、龍!それ詳しく聞かせろ!」
「いいかノヤさん、よく聞けよ!」
 
 
得意げに語る田中であったが本人に恋愛経験は驚くほど僅かであり、その知識のほとんどは昨日母親が見ていた韓流ドラマから得たものであった。 
 

そうして色に染まってゆく
(なまえに近づかないとか、俺…できっかな)
(なまえとラブラブになりたくねぇのか!)
(な、なりてぇ!)
(なら我慢だノヤ!)
(そ、それいつまですればいいんだ?)
(…(いつまでだ?)こ、効果があるまで?)
(……やってみる!!)

 
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