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頑張ってみようと思った。西谷くんが好きになってくれた私を信じて、勇気出して私も言おうと思った。
「私も好き」っていう、文字にしてみればたった4文字の大事な大事な想い。
 

それだけのためにそう決意した夜、今まで買ったはいいものの1度も使ったことのない、いわば宝の持ち腐れともいえる美肌パックを初めてしてみた。
次の日の朝いつもより早起きして、普段は結ぶのが面倒で下ろしている髪を頑張ってポニーテールをしてみた。綺麗に上がらなくて苦労したけど。
念入りに鏡をチェックしていたら何故か母に菩薩の笑みを向けられた。お父さんは複雑そうな顔をして新聞を読むフリをしながら、こちらをチラチラ見ていた。
学校に行く途中何度もトレーニングしてたら途中で顔が緩んでたらしく、どこかで見たことのあるのっぽ眼鏡くんに変なものを見る目付きで通り過ぎて行った。慌てて顔を戻した。
 
 
計画では、昼休みか放課後の予定だった。今日は西谷くんが迎えに来なかったから、バレー部は朝練があるんだなって思ったから。
なのに、校門に入って前方に見えたのは、他の男子よりひとまわり小さいのに他の男子より何倍もパワフルな彼、そう西谷くんだった。
あれ、とは思った。西谷くんは有言実行する人で、前自分で私に言ったことを忘れているとは思えない。何だろう、用事があったのかな?
この時点では特に何も考えず、むしろ普段よりドキドキしながら一度だけ深呼吸して駆け出した。
 
「に、にに西谷くん、お、おはよ!」
 
かなりどもった。でも実を言うと、私から西谷くんに話しかけたのはこれが初めてと言っても過言ではないのだ。緊張するのは仕方ないと思う。
私の中の西谷くんは、またあの太陽みたいな明るい笑顔でおはようって返してくれるんだと思ってた。またあの凄く大きくてよく通る声で、名前を呼んでくれるものだと思ってた。
ところがどっこい、西谷くんは私の予想に反して私の顔を見ると一瞬は笑顔になったものの、すぐにぱっと顔をしかめ、「あー、うー」とか言葉になっていない唸り声を発したかと思うと
 
「うおおぉおおぉおおぉ!!!!」
 
と叫びながら学校に向かって全速力で走って行ってしまった。
一人残された私はぽかん。ついでに周りにいた人もぽかんとしながらこっちを見ていた。その中には昨日話したばかりの菅原さんの姿もあって、一瞬だけ目が合ったけど恥ずかしくなってすぐ逸らしてした。
 

 
 
その日、普段なら休み時間ごとに姿を見せ一方的に喋ってチャイムと同時にダッシュで帰ってゆくまさに嵐の代名詞のような西谷くんの姿は私のクラスには見られなかった。
友達には「今日西谷くん休みなの?」と聞かれ、何人かの男子には「彼氏はどうしたのー?」とニヤニヤしながら言われた。腹立つ。
周りの人の視線に耐えきれなくなった私は、昼休みを告げる鐘の音と共に財布を持って教室を飛び出した。
少し息を切らしながら廊下を歩く。ぐるぐると頭の中が回って、ちょっと吐きそうになった。
 
なんでなんでなんで?どうして、突然会いに来なくなったの?昨日までは普通だったのに。もしかして、
 
ふと浮かんだ言葉を振り切るように目の前にあった自動販売機を叩く。
ぴっという電子音の後にがごんという音がした。どうやら気がつかないうちにお金を投入していたらしい。何それ怖い。
出てきた商品を確認すればいちごみるく牛乳だった。最悪だ、お昼にこれは絶対に合わない。
私が手に入れたものが最後だったらしく、いちごみるく牛乳には赤い文字で「売り切れ」の文字。なんだか自分のことを言われているようで目を反らした。
 
それにしてもどうしよう。教室にいる友達にあげようかなと思っていると、どこかで見たことある背の高い眼鏡くんが自動販売機の前まで来てちっと舌打ちをした。
目線を辿ればいちごみるく牛乳。何きみ、これ飲みたかったの?凄いギャップだ。
ちょっと罪悪感を感じた私はぽんぽんと眼鏡くんの肩を叩く。振り返ったとたん眼鏡くんに顔を顰められ「げっ」と言われた。あれ、こいつ最近よく会うな。まぁいいや。
 
「これあげます。私間違って買ったやつだし」
「は?」
 
何か言いたそうな眼鏡くんに無理やりいちごみるく牛乳を押し付けると、私はおぼつかない足取りでどこか一人になれる場所を探した。
 
 
 
 
結局辿りついたのは昨日菅原さんと東峰さんと出会った中庭のベンチだ。ただし今日は一人。
ふぅっと小さくため息をつくと一応周りに誰もいないことを確認し、膝を抱える。
 
何で避けられてるんだろう。もしかして、もしかして西谷くんは、
 
さっきまで考えてた可能性がもう一度頭の中をよぎる。
もしかして西谷くんは私のこと、嫌いになっちゃったのかな。あんまりにも私が返事しないから、飽きちゃった?
そこまで考えて、いやそれはないなとすぐさま打ち消した。西谷くんはそんな人じゃないもん。でも、じゃあ何で?
 
予鈴が鳴るまで、私の思考は堂々巡りで答えをみつけることも前に進むことさえできなかった。
 


 
 
「なんで避けられるのかなー…」
「先輩が怖い顔してるからじゃないですか」
「影山くん、いたの?」
 
やけに重たく長く感じた午後の授業を終え、癒しの場とも呼べるうさぎ小屋に来ていた。
ちなみに午後の授業の休み時間もやはりというべきか、西谷くんは現れなかった。
ふと手元を見てみるといつもは自分の方に多くキャベツを食べにくるうさぎの大半が、今日は影山くんの手からキャベツを高速で貪っていた。
なんだ、お前らまで私を避けるのか。いつも掃除してやってるの誰だと思ってるんだ五郎よ。
 
私の暗い雰囲気からどんなことを感じたのかは知らないが、「怖い顔かー」とほとんど何も考えず反復気味に彼の言葉を復唱すると影山くんはちょっと焦ったようで、
「俺なんてしょっちゅう避けられてますから」とよく分からないフォローを入れられた。
しかしまぁ彼に気になる女の子がいたことが意外すぎる。現状は望みなさそうだが。

 
「そうなんだー、影山くんも苦労してるんだね。そういうの興味ないと思ってたけど偏見だったみたい、ごめんね。きっといつか影山くんの想いは相手に届くから大丈夫だよ」
「……何の話すか?」
 
 
ぽんぽんと影山くんの肩を軽く叩きながら慰めると、影山くんは頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
 





 
 
重い。空気が重い。もっと言えば、ある特定の人物の周りの空気が非常に重い。 
部活が始まる10分前にも関わらず、西谷は体育館にうつ伏せに寝転がっていた。
部活で失敗しても落ち込まず次へ生かそうとするいつもポジティブ(すぎる)西谷がこんな風になる原因は1つしか考えられない。
隣にいる旭と大地も同じことを思ったのか、俺たちはお互いに顔を見合わせた。ちなみに大地にはこっそり昨日のことを言ってあった。
その周りでは日向が心配そうに西谷の周りをうろうろしている。
 
「西谷さんどうしたんですかっお腹痛いんですか!?」
「痛いのは腹じゃねぇ…心臓だ…」
「えっ!?それ大変じゃないですか!びょ、病院、救急車…!」
「なまえ…会いたい話したいなまえなまえなまえ…うぉおおぉお」
 
やはり原因はこれか。
俺達がどうしたものかと悩んでいるうちに、ネットの準備をし終えた田中が西谷の背中をバシンと叩いた。
 
「まだ作戦一日目だろ!?辛抱だぜノヤっさん!」
「朝話しかけてくれたのに俺は…ああ、話したかったポニテ可愛かった」
 
会話の中に違和感を感じた俺は、それをきっかけに朝見たあの奇妙な光景を思い出した。

「西谷何であの時走って逃げたの?」
 
それを聞いた西谷はすごすごとうつ伏せから正座体制になり「作戦です!」と答えた。
俺達全員が首を傾げると、隣に居た田中が何故か胸を張る。
 
「押して駄目なら引いてみろ作戦っスよ!ちなみに考案者はこの俺です!」
「え、どういうこと?」
 
嫌な予感が脳から脊髄にかけて走り変な汗が出る。隣を見ると大地は顔を顰め、旭は眉をいつも以上に八の字にしていた。考えていることは同じのようだ。
 
「今日の朝からずっとなまえに出会わないようにしてるんです。でも俺、辛くて辛くてどうにかなりそうでっ…!!」
 
再びうつ伏せ状態になり変な声をあげながらごろごろする西谷。
田中は「我慢だ我慢!」と西谷を叩き、日向はそもそも話が分かっていないようで首を傾げていた。
 
「これは…みょうじさん困ってるんじゃないかな」
 
旭がポツリと呟いた。俺の隣で旭が「そうだろうな」とやけに神妙な面持ちで返す。
バレー以外ではあまり揃わない俺達の心が、この瞬間だけはパズルのピースのようにかちりと一致した。
 
――田中ァお前、なんて余計なことを………
 
もちろん田中に悪意があってやっているわけではないのは分かる。むしろ良かれと思い西谷にアドバイスしたのだろう。
だがタイミングがタイミングであり、西谷も西谷でその実行の仕方が極端であるように思える。
 
「あんまりやりすぎると逆に駄目なんじゃないか」
 
ナイスだ大地。俺が今まさに言おうと思ったことを彼は口にしたのだ。
ところが俺達の意に反し西谷は真面目な顔できっぱりと言い返してきた。
 
「駄目です!効果があるまで、徹底的にやらないと!」
「……」
 
こうなった西谷は誰も止められないのは、僅か1年間の付き合いでも身にしみて分かっている。
隣では東峰が「あー…」と呟き、大地はどこか遠くのものを見るような目付きで西谷を見ていた。
 
ちなみに一連の流れをみつつ今日の昼休みなまえの様子を偶然にも知っている月島は初めて少しだけなまえに同情し、同じく放課後になまえに会っているはずの影山は日向同様話についていけていなかった。
この違いはいかに自分の持っている情報を駆使し現在の状況を正しく把握できるかの能力の有無、いわゆる頭の出来である。
 
 
 



 
「と、いうわけなんだよね…」
 
 
いきなり西谷くんに無視され始めました事件から一日後の昼休み。菅原さんに呼び出され中庭に行くと、そこにはバレー部3年生が揃って神妙な顔をしてベンチに座っていた。ちょっとシュールだ。
ちなみに西谷くんは今日も話をしてくれなかった。教室にも来なかった。もはや私のライフは0だ。
そこに菅原さんの口から聞いた驚きの真実。これは、なんというか、うん、嫌われたわけではないようでよかったけど、うん、
 
「田中殴っていいですか」
「気持ちは分かるけど!やめてあげて!」
 
なんだそういうことか。押して駄目なら引く作戦、なんだそういう…
安心したせいで今まで張りつめていたものが緩み、頬になんだか暖かいものが流れる。
東峰さんがわたわたしながらハンカチを渡してくれた。私より女子力高いな。
 
「す、すみませんお借りします…」
「いいよいいよ。その、それで、ほら。西谷ってやろうと決意したらやる男だから…」
「ですよね…」
 
それは私にも分かっていた。なんせあんな大胆な告白をする人だ。
 
 
私は、西谷くんに釣り合わないとずっと思っていた。
でも昨日菅原さんと東峰さんに後押ししてもらって、このままの自分でもいいんじゃないかと思った。
このまま、何も変わらず、そのままの私でいいんじゃないかって。
 
でも、きっと違うんだ。私、このまま西谷くんと付き合ってもどこかでその思いが消えないままだと思う。
そしてそのままズルズル引きずって、いつか彼に迷惑かけちゃうんじゃないかな。
元に今だって、「私がうじうじしてるせいで嫌われたんじゃないか」とか思っちゃってるんだもん。
 
 
私は、変わらなきゃいけない。
これからの西谷くんのために、私のために、私は変わらなきゃいけないんだ。
 
 
 
「あの、私、やってみます」
 
 
 
私がそう言った時の3年生の首を傾げた様子が、ちょっと面白くて笑えてしまった。
 
 



 



Aim at hero
(え…何それ、本当にやるの?)
(はい。それ以外西谷くんと喋れる方法が思いつかないです)
(いや、まぁ…でも…本気?)
(本気です。本気と書いてマジと読みます)
(いいじゃん旭、面白そうだし。ね、大地)
(……凄い大胆だな)

 
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