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性別が女であるということは、良い面と悪い面の両方を持つ。
オシャレとか化粧を楽しめるのはやはり女性の方だし、今の時代女性しか乗れない車両だってある。
何かと優先されることが多いのは女性だ。
その反面、女性にしか伴わない苦痛というものもある。もちろん個人差はあるのだが。
 
「いったぁ…」
 
私はたった今、その問題に直面していた。
月に一回、必ずと言っていいほど奴は私を襲う。言わずもがな、生理痛である。
大抵は少しイライラするくらいで済むのだが、今回は様子が違った。かなりの腹痛だ。
仕方なしに学校を休み、薬を飲んでベッドに横たわる。
ズキンズキンと腹を抉るような痛みに、思わず唸った。
ふと隣に置いてある時計を見ると9時を指しており、普通だったら今ごろ数学の授業を受けている時間なんだなぁと思うと少し不思議な気分になる。
 
しばらく休んでなかったからなぁ、皆心配してくれてるかな。特に西谷くんとか。
空席の私の席を見て焦りながら私の友達に聞く彼が想像できて、ほんのちょっと笑ってしまった。
一度西谷くんのことを思い起こすと、この前のことを連想してしまう。
かっこよかった。けど、やっぱりあれを見ると私と彼は釣り合わないということを嫌でも理解してしまう。
 
「…寝てしまおう」
 
誰に言うわけでもなく呟く。この胸の痛みは生理痛のせいなんだ。
 
 
 
 

 
 
何だか視線を感じてぱちっと目を覚ます。
目の前に、見知った顔があった。
これは夢かと思いもう一度目を閉じる。なんつー夢だ。
「起きたか!」と聞こえたのも幻聴だ。そうに違いない。相違ない。
 
そんなわけない。
「うおぉああぁあ!?」と言いながらがばっと起きる。
 
「ななななな、何で西谷くん、な、なん!」
「落ちつけなまえ!」
 
落ち着いてられるかぁあぁあ!!何で西谷くんが私の家にいるわけ!?しかも私の部屋に!い、いつから!?えええ!?
聞きたいことが多すぎて逆に何も言えなくなってしまった。
ベッドの横で正座している西谷くん。制服を着ているところを見ると、学校はもう終わったのか。ていうか何で正座?
 
「体調大丈夫か?」
「う、うん。あの、西谷くん、何で…」
 
こんこん。
私の言葉がすべて終わらないうちに、がちゃりとドアが音を立てて開き、母が顔を出す。
手にはオレンジジュースとお菓子を持って、何故かふふふとほほ笑んでいた。
 
「あらなまえ、起きたの?」
「お、お母さん。あの…何で西谷くんが」
「なまえのお見舞いだっていうから、入ってもらっちゃった!うふふ」
 
うふふじゃねぇよ、確実楽しんでるだろ!顔が笑ってるんだよ!
西谷くんも西谷くんで「お母さんありがとうございます!」なんて言ってるし。
お腹の痛みも忘れて目の前の光景に茫然とする。
その間に母は「ごゆっくりぃ〜」なんてるんるん気分で出て行った。

「西谷くん、学校は…」
「終わった!ついでに部活も終わった!」 
「そう、なんだ」
「なまえ、何処が悪いんだ?風邪か?」
「あ、う、いや…」
 
生理痛、です。
聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さな声で言ったのだが、西谷くんにはちゃんと聞こえたようで、
「じょ、女子は大変だな!」と少し赤くなりながら言った。なんか恥ずかしい。
「もう治ったみたい」と苦し紛れに笑うと、よかったな!と言いつつ西谷くんも笑った。
 
「あ、あとこれ今日のプリント!お前んとこの担任から預かってきた!」
「あ、ありがとう」
 
どうやって家知ったの?と聞けば私の担任に半ば強引に聞き出したらしい。
西谷くんならやりそうだ、と苦笑してしまった。
 
というか、ちょっと待って。今の私、どんな格好してる?
さっきまで寝てたから髪もボサボサ。ついでに言うとパジャマだし。
結論、今更ながら、酷い。
それに気付いた途端に一気に恥ずかしくなって、ばっと布団を被る。
西谷くんが「どうした!」と聞いてきたが、顔を合わせられるわけがなかった。
 
「わ、私今酷い格好だから!」
「?何処がだ?」
「寝起きだし!頭ぼさぼさだし!」
 
分かれよ!分かってくれ!
ところが西谷くんはこてっと首を傾けると、私の頭を撫でながら言った。
 
「俺はどんななまえでも、すげー好きだぞ?」
「っ…!」 
 
そ、そういうことじゃ無いんだけど!
触られてる頭が凄く熱い。鼻がつんとして、僅かに涙が出てきた。
それを見た西谷くんが焦って「どうした!?やっぱまだ痛いのか!?」と私の顔を覗き込む。
私は顔を見られたく無くて、俯きながら首を振った。
 
 
違う、違うんだよ。 
本当は、凄く痛いの。胸が、凄くずきずきするの。
この感情がなんという名前を持つのか知らない程、私はお鈍ちゃんじゃない。
 
私、西谷くんに、恋しちゃったんだ。
 
 
一人気付いたその事実に押しつぶされそうになった。 
 
 

 
 
 

「お母さん料理うまいっすね!めっちゃうまいっす!」
「あらやだぁ、ありがとう西谷くん!遠慮せずにいっぱい食べてね」
 
気まずい。非常に気まずい。
今日のご飯は私の好きなシチューだ。なのに、さっきから味がまったく感じられない。
原因は明確だ。この空気のせいである。
私の向かい側ではお父さんがこれまた非常に複雑そうな顔をしてもそもそ口を動かしていた。
それに気付くことなく会話を続けるのは母と西谷くんであった。いや、母は気付いているのだろうが。
そこの二人の周りだけ花が浮いている。
 
夕飯一緒にどうかしら、という母の提案のせいでこういう状況になっているわけだが。
正直、母は楽しんでいるとしか思えなかった。
さきほどから何か言いたそうにしている父。そりゃそうだ、仕事から帰ってきたら見知らぬ男の子がいるんだから。
 
「に、西谷くんと言ったかな」
「ハイ!」
 
ついに口を開いたお父さん。
私はお父さんが、そして西谷くんが何を言うのか不安で堪らずちらちらと二人を見た。
 
「君は、その…なまえと、どういう関係なんだい?」
 
やっぱりそう来たか!そりゃ気になるよね!
西谷くんが何か言う前に私は「友達、友達だよ!」と叫んだ。
父は西谷くんに向けて「そうなのかい?」と聞く。おい、余計な詮索すんなぁ!
西谷くんは持っていたスプーンを置き、真剣な顔でこちらを見た。
え、ちょっとやめようね。変なこと言うのやめようね。
 
「そうです!」
 
よ、よかった。無難な返事に、ほっと息をつく。
が、つかの間、
 
 
「でもそのうち彼氏になる予定です!だからその時はなまえを俺にください、お父さん!」
 
 
ブフォッ
 
私と父は勢いよくむせる。
ごほごほと苦しい咳をしている父の隣で、母は「あらあらまぁまぁ」と実に楽しそうに笑っていた。
 
 
 
 

 
 
「今日はお見舞いありがとう」 

玄関先でお礼を言う。外はもうすでに真っ暗だった。
途中まで送ると申し出たのだが、「無理すんじゃねぇ!」と怒られてしまった。
 
「気にすんな!なまえがいないと休み時間とかつまんねぇし」
 
だから明日はよくなってるといいな!とニカッと笑う西谷くん。
その言葉が嬉しくて、でも素直には喜べずただ頷いた。
 
「今日は早めに寝ろよ」
「うん」
「約束だかんな!」
 
そう言いつつ小指を出してくる西谷くん。意図が分からず首を傾けると、「指きりげんまんだ!」とさも当然のように言われた。
子供か!と突っ込みつつ西谷くんらしいなぁと思いながら自分の小指を絡ませる。
 
「ゆーびきーりげーんまん、」 
 
 
 
 
離れた指が、僅かに熱を帯びた。
 
 
 
 
昧プラトニック
(うふふ、西谷くんっていい子ねぇ)
(…お母さん、楽しんでたでしょ)
(あらぁ、そんなことないわよ?)
(……父さんは認めないぞ)
(また西谷くん家に呼びなさいな)
(お母さん!!)
(…と、父さんは認めないぞっ)


 
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