夜鷹の星 | ナノ


 


今日は緑間くんには関わらない方がよさそうだ。
登校時間に偶然にも後姿を見かけた時、そう確信した。
それでも彼の背中から出る不機嫌オーラを察知できない人物が、1人。
いわゆる空気を読めない人。
 
 
「おはよーっス緑間っち!今日もいい天気っスね!」
「…朝から煩いのだよ」
 
 
黄瀬君の声に一瞬だけ振り返ったが、すぐにため息をつき歩き始める。
手には大きなウサギのぬいぐるみを持って。
あの身長に加えあのしかめっ面には、そんな可愛らしいものは似合わない。
 
 
「緑間っちは朝からテンションひっくいっスよー!」
 
そう言いながら大きな音を立て緑間君の背中を叩く彼は、ある意味勇者だと思う。
 
「あ、そうそう今日俺おは朝占い一位だったんスよ!緑間っちは何位だったんスか?」
 
その言葉は今日一番のNGワードだろう。
 
「黄瀬…さっきから邪魔なのだよ!!!!」
 
緑間君の怒号に、近くにいた何羽かのスズメが驚いたような鳴き声をあげ飛んでいく。
やっぱり今日は双子座が災難な日なのかもしれない。
 
 
 
 
 
「ねぇねぇ、杏珠の新曲のCM見た?」
 
 
気になる話題に、思わず顔を向けそうになりそうになるのを我慢して耳だけ傾ける。
 
「見た!相変わらずいい曲作るよね!」
「あたしCD買っちゃおうかな」
 
その言葉に、頬がゆるみそうになる。

「そういや今日の朝本屋で杏珠のインタビュー記事が雑誌に載ってたよ」
「新曲のことかな?」
「多分ね、中見てないから分かんないけど」

気になる情報を耳にした途端、チャイムが鳴った。
さきほどまで集まっていた女子は急ぎ足で自分の席へと帰っていく。
ふと自分の携帯を見ると新着メールの存在を知らせる水色のランプが点滅している。
今度は少し頬がゆるんでしまった。
 
教室に入ってきた担任に見つからないよう注意を払いながらメールを確認する。
 
 
―――――――
From:姉さん
sub:またやっちゃった!
―――――――
 
また定期忘れちゃった!
結局電車逃しちゃったし最悪だよぉお(´;ω;`)

‐END‐
―――――――
 
 
完璧に頬がゆるんでしまった。
 
 
―――――――
to:姉さん
sub:Re:またやっちゃった!
――――――― 
 
ちゃんと朝確認しないからですよ 
テーブルの上に置いてありました
 
‐END‐
―――――――
 
 
携帯を閉じ、外を見る。
ああ、今日もいい天気。
 
 
 
 
 
 
固くて少しざらざらしている、もうすっかり手に馴染んだボールを数回床に打ちつける。
イスに縛り付けられた体が解き放たれる、この開放感。
隣では緑間君が何も言わず一心不乱に打っていた。
相変わらず綺麗な孤を描き、リングに触れることなくゴールに入っていく。
 
「テツくん!」
「桃井さん」
 
 
今来たばかりなのであろう、まだジャージに着替えず制服姿の桃井さんは
長い髪を揺らしながら体育館に入ると、嬉しそうに僕の所へやってきた。
用件が分かる僕は、いつもすみませんと軽く一礼する。
 
「いいのいいの!はいこれ、私はもうPCに入れちゃったから、遠慮しないで!」
「ありがとうございます」
 
可愛らしいピンクの袋を渡され、僕はそれにできるだけ慎重に触れた。
 
「できるだけ早くお返しします」
「そんな、いつでもいいよ」
 
じゃあ私着替えてくるね!今日も頑張ろうといいつつ桃井さんは更衣室へ向かっていった。
それを見送り、バスケットボールを床に置く。
僕の手の中のそれは、きらきらと輝いているように見えた。
 
 
 
「なぁテツ、お前姉ちゃんから直接貰えばいいんじゃねぇの?」
 

さきほどのやりとりを聞いていた青峰君が周りに聞こえないように少し小さめな声で話しかけてくる。
彼にはひょんなことから、バレている。 

「恥ずかしがって聞かせてくれないんです」
「ふぅん。まぁいいや、早くそれ置いて来いよ。1on1しようぜ!」
「はい」
 
少し急ぎ足で部室へと向かう。
今日だけは、部活が早く終わればいいのにと思った。
 
水色ランプは幸福の色。02
(人生の一位は水瓶座かもしれない)


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