夜鷹の星 | ナノ


 



その日から、青峰は姉関連のことでたまに黒子をからかうようになった。
やりすぎると不機嫌な顔になるものの、姉のことを話す黒子の顔は心なしかいつもより楽しそうで
そのたび青峰は面白いなと思うのであった。
 
事件は自宅訪問から一週間くらい後のことである。
 
「テツお前さぁ、姉ちゃんが結婚するってなったらどーすんの」 
 
真面目に聞いたわけでもなくそんなに深い意図は無かった。
いつものからかう程度の質問だ。
それでもそれを聞かれた瞬間黒子はすべての動きをピタッと止めた。
呼吸すらも聞こえないほど硬直した彼に、まずいことを聞いたと今更ながら後悔した青峰は
 
「お、おーいテツ、大丈夫か?」
 
と顔を覗き込んだがそこには目を僅かに開いて固まっている黒子がいるだけで動きはない。
あと5分程度で部活が始まる。
聞かなきゃよかったと慌てるが、時間というものは戻せない。
 
結局部活が始まってからも黒子はもぬけの殻状態で得意のパスを連続失敗し怒られ、
最終的には一言も言葉を発さない黒子を見たあの赤司までも心配するというところまで至った。
 
 
 
青峰が黒子の答えを聞いたのは次の日になってだった。
 
部活に行く時間になり体育館に向かう途中で、誰かに後ろを引っ張られ振り返ると
そこにいるのはやけに真面目な顔をした黒子。
 
「おうテツ」
「青峰くん、僕は結論を出しました」
「は?」
 
昨日のことなどすっかり忘れていた青峰は一瞬疑問符を浮かべるが、すぐにああと思いだし渋い顔をする。
 
「あの、あれは俺が悪か…」
 
謝ろうとしたが、黒子はふるふると首を振ると口を開く。
 
「姉と結婚したいという人と僕と姉と3人で1年くらい暮らしてみて、任せられると判断したら了解します」
 
…いやおかしくね?
何でお前が了解すんの?
つか1年って長くね?
色々突っ込みどころ満載であったが、それら全ては黒子の次の言葉で粉砕された。
 
 
 
「もし駄目だと判断したその時は、僕が姉と結婚します」
 
 
 
「…はぁ!?」
 
 
 
一瞬、冗談かと思った。
が、相棒は冗談が苦手で。つまり、それは、本気ということで。
 
いやいやおかしくね!?なんでそうなんの!?
お前ら兄弟だろ!結婚とか無理だから!
てか話飛躍しすぎだろ!普通説得するくらいだろぉおおぉ!
 
今度こそ突っ込みたかった青峰だったが、いかんせん考えが纏まらない。
しかし青峰の表情から彼の言いたいことが分かったのか、黒子は頷く。
 
 
「大丈夫です、幸せにしますから」
 
 
ちげーよ!!!!!
青峰はかつてないほど全力で叫んだ。
 
 
 
 
 
 
「ちょっと青峰くん、聞いてる?」
 
気付けば時は現在。どうやら昔を遡っている間に放心してしまったらしい。

 
「あー聞いてる聞いてる」
「嘘でしょ!もう!」
 
頬をぷくーっと膨らませる杏珠を見て、青峰はふと疑問に思う。
昔、自分の相棒に対して抱いた疑問と同じものである。
経験上聞かない方がいいかと思われたが、
好奇心とは厄介なもので気づけば口から言葉が発せられていた。
 
「なぁ、あのさ」
「ん?」
「もしテツが結婚するとしたらどーすんだよ」
「え」
 
さきほどまでのマシンガントークは一気に終止符を打たれ、かつての黒子と同じように目を大きく開く。
うーんと唸りながらアイスティーに入っている氷をストローでかき混ぜるという作業をしばらく行った後、
杏珠は口を開いた。
 
「てっちゃんが選んだ人なら間違いないんじゃないかな」
「え」
 
今度は青峰の方が目を丸くする番だった。
何か可笑しいこと言っただろうか不安な表情を見せる杏珠。
そんなことはない、普通である。
しかしこの兄弟に置いては普通の答えが返ってくるのが異常だった。
 
てっきり黒子のような結論が出されるものだと思っていたのである。 
予想外のベクトルの長さの違いに青峰は戸惑った。
が、 
 
「あ、でも結婚してから1年くらいは私も一緒に新居に住むかな!」
 
付け足された言葉に僅かに安堵する。
それでもやはり相棒のような極論には達しなかったようだ。
 
「テツと結婚する奴はめんどくせーだろーな」
「てっちゃんと結婚する人は、見る目がある人だよ」
 
「お祝いの歌何にしようかな〜」と嬉しそうにチーズケーキを頬張る彼女を見ながら青峰は心の中で呟く。
 
ま、お前と結婚する奴の方が大変だろうけどな。
 
 
なんたってあの弟の厳しい目を潜り抜けねばならないのである。
それはどんな国家試験よりも司法試験よりも、難しいことのように思えた。
 
 
 
 
 
「じゃあ青峰くんまたね!今日は助けてくれてありがとう!」
「おー」
「またお話しようね!」
「…おー」
 
 
社長に呼び出されたという杏珠に青峰が解放されたのはかれこれ一時間たってからのことであった。
長くどうでもいい話を聞かされヘトヘトになった青峰は、
本来の目的をようやく実行するためコンビニへと向かう。
 
 
彼女の言う「また」が訪れないことを祈りながら。
 
 

エースでも勝てない女。04
(明日相棒に会ったらデートしたと言ってみよう)
 
 
 
 top