夜鷹の星 | ナノ


 



「へぇ、じゃあてっちゃんとは部活で知り合ったんだ!」
「まぁな。最初は幽霊かと思ったぜマジで」
 
こうなることだけは断固回避したかったのに。
目の前で繰り広げられる和やかな風景とは反対に、黒子の心は荒んでいた。
どのくらい荒んでいるかというと、今すぐ青峰の耳を引っ張って
家から追い出して太平洋に沈めたいくらいに荒んでいた。
だが、そんなことができるわけもなく。
初めて黒子の友達に会った嬉しさのせいか始終笑顔な姉の姿と、
顔出しはあまりしていないといえど芸能人と話すのがそんなに楽しいのか
普段の笑顔より爽やかさが10割増しの青峰がそこにはいた。
 
 
「あの、僕ケーキ食べる準備してきます」
「うんおねがーい!あ、あとお姉ちゃん美味しい紅茶も飲みたいなぁ」
「…分かりました」
 
 
ただケーキの用意だけならさほど時間もかからないものの、お湯を沸かし淹れるという長い工程がある紅茶は
1分2分程度でこの場に戻ってくるのは不可能。
つまり、少なくとも10分程度は自分は台所に縛られるわけで。
つまり、少なくとも10分は青峰と杏珠を2人っきりにするわけで。
断る明確な理由を脳内に描くことができなかった黒子は渋々台所へと移動した。
できるだけ早く帰って来ることを心に誓いながら。
 
 
 
テツが何故か俺をひと睨みしながら台所へ向かった。何か俺したか?
そこから視線を戻すと、さきほどの楽しそうな表情とは一変した深刻な顔をした夏川杏珠がいた。
 
「な、なん…」
「ねぇ青峰くん、質問があるの」
「え」
「真面目に答えてね、本当のこと教えてね、嘘つかないでね」
「お、おう」
 
打って変わった表情と声色に少々ビビりながらも頷く。
 
「てっちゃんってね、学校のことあんまり話してくれないんだけど、彼女とかいるの?彼女じゃなくても好きな女の子は?あ、もしかしててっちゃんのことを好きな子とかいる?あといじめられてたりとかはしない?学校で元気にやってる?あとあと、」 
 
そこからは10秒前まで抱いていた『これは良い姉』という印象は影もないようなマシンガントークが放たれた。
肺活量どんだけだよと突っ込みを入れたくなるほどである。
 
「ちょ、早い」
「最初から順番に答えて」
 
覚えられるかぁあぁ!
真剣な顔で迫ってくる目の前の人物にそんなこと言えるはずもなく、青峰は心の中で叫んだ。
いつの間にか青峰の方にじりじり寄っていた杏珠に恐怖すら感じながらも、必死に最初の質問はなんだっけと考える。
だが悲しいことに帝光中学バスケ部エース頭は、今の質問を最初から覚えられる能力を兼ね備えてはいなかった。
 
 
「えっと…」
「早く、てっちゃんが戻ってきちゃう」
「そんなの本人に聞きゃぁいいだろ!」
「だって…煩い姉だって思われちゃう…」
 
 
俺ならいいのかよ!しかも近い!近いって!
やはりその突っ込みが青峰の口から出ることは無かった。
「誰か助けてくれ…」青峰が切実な思いを発した時、
 
 
「ちょっと、何でそんな近いんですか離れてください」
 
 
救世主、メシアが現れた。
 
台所から戻ってきた黒子はガチャンと乱暴に皿をテーブルに置くと杏珠の肩を抱いて自分の方へ引き寄せる。
確かに今の距離は下手すれば接吻すらできそうな位置だった。
それでも、相手に対して感じた動悸は恋などという可愛いものではなく。
青峰の杏珠に対する印象は完全に『良い姉』から『怖い人』へと変化を遂げていた。
 
「ちょっとお話してただけだよ、ねぇ青峰くん?」
 
その笑顔が恐ろしい。
ここで青峰はあることに気付いた。
 
「お話って…それにしても近すぎでしょう、今のは」
 
普段滅多に表情を変えない黒子が今は不機嫌オーラを全開にしていたのだ。
試合中何があったって、紫原と意見が合わず衝突した時だって、ここまで拗ねない。
そこで青峰はある結論に達した。
 
「テツ、お前…」
「何ですか」
 
ぎっと自分を睨む黒子に、珍しく青峰は怯んで言おうと思った言葉を呑みこんだ。
 
 
 
 
 
 
時刻はもう6時を回っており、流石に今日は帰るという青峰に黒子が駅まで送ると申し出た。
 
「別にそんなんいらねーよ」
 
女子じゃねぇんだからと断る青峰だったが、「いえ送ります」ときかない黒子に結局折れ二人で外を出た。
杏珠も同行したいと言い出したが、「姉さんはやることがあるでしょう」という黒子の一言に
非常に残念そうな顔で「青峰くん、また遊びに来てね」と告げた。
 
できることなら、もうこの姉と二人きりの空間にいることは勘弁願いたい。怖い。
青峰は人生初かもしれない曖昧な愛想笑いをしてその場をやり過ごした。
ちなみに女性に対して恐怖を感じたのも今日が初めてである。
 
 

 
「お前の姉ちゃん、すげぇな…」
 
開口一番に、青峰は色々な思いを総称しそう告げた。
冬の夜は早く訪れるもので、空には星がもう煌めいていた。
さきほどの家の暖かさとは打って変わった寒さに思わず身震いをしてしまう。
白い息を吐き出しながら黒子が答える。
 
「まぁ、歌手ですから」
「いやそういう意味じゃなく」
 
苦笑する青峰を見て、黒子は不思議そうに首を斜めに傾けた。
 
「あの、青峰くん。お願いがあるんですけど」
「あ?」 
「他の人には絶対言わないでくださいね、姉のこと」
「お前の姉ちゃんが歌手ってことをか?」
「いえ、姉がいること自体をです」
 
特に部活の皆には秘密にしてくださいと言う黒子に、今度は青峰が不思議そうな顔をする。
 
「何で?」
 
そんな人に見せて恥ずかしい姉ではないだろうに。
むしろ自慢にしてもいいくらいだ。表面上のことなら。
 
「何でも、です」
「はぁ…」
 
納得のいかない青峰に、黒子は普段のはっきりとした口調とは違いぼそぼそと小さな声で呟いた。
 
 
「だって、姉のこと知ったら…皆絶対会いたいって言いだします。僕は姉を皆と共有したくありません」
「……ぶはっ」
 
我慢できなくなった青峰は思わず噴き出す。そんな青峰を怪訝そうに見る黒子。
 
「何で笑うんですか」
「いや、別に」
 
この兄弟おもしれぇ…
ニヤニヤする青峰を無視することに決めた黒子は言う。
 
「言ったらお腹にイグナイトですから」
「はいはい…くくっ」
 
 

結局は両想い。03
(なんだこいつら面白すぎる)
 
 

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