「それでね、てっちゃんとこの前お買いもの行ったんだけど、」
適当に相槌を打ち聞いている振りをしながらハムチーズトーストを大口で頬張る。
彼女の話をはたから聞いているとまるで惚気ているように見えるだろう。
実際には弟の話なのだが、いかんせん長い上につまらない。
どうして女の話はいつもこうなのだろうか。
かれこれ20分はマシンガントークをされている青峰の意識は過去へと飛んでいた。
そうでもしないと退屈で仕方が無い。いわゆる現実逃避というやつである。
これは、青峰と杏珠が初めて会った時の話。
正月も明け、もうそろそろ新学期が始まるという中学1年生最初の冬休み後半のことだった。
夏休み同様、宿題などしているわけもなく。
頭のいい幼馴染を頼ろうとしたのだが、「たまには自分でやらないと、本当に馬鹿になっちゃうよだいちゃん!」という
ありがたくない言葉と共に見捨てられた。非常に遺憾である。
そこで次に青峰が目をつけたのが、軍は違うと言えど同じ部活の黒子テツヤだった。
休みの日に青峰に呼び出された黒子は、自分の身を纏う寒気にぶるりと毛を逆立てながらも公園へ向かう。
そこで待っていた青峰に言われたのは云わば「自分を助けろ」という大変身勝手なものであった。
「え、宿題ですか」
「頼む!この通り!」
少し驚いた様子で顔を向ける彼は、宿題は終わっているのだろう。しめた、と青峰は思った。
「丸写しするんですか?」
怪訝な顔をしながら聞いてきた黒子にぎくりとしながらも必死に言葉を言い繕う。
「ちげぇよ!分かんねぇとこ教えてくれるだけでいんだよ!」
「…まぁ、それならいいですけど」
真面目な彼のことだ、丸写しなど間違ってもさせてくれないだろう。
少しばかり人選を間違えたかなと思った青峰だったが、まぁヤバくなったら妥協してくれるだろうなどと甘い考えでいた。
「じゃあ場所は…図書館とかどうでしょう?」
「駄目だ、あそこは緑間の住処だろ」
だろと言われましてもと眉をしかめる黒子。
実際あそこに緑間が通っているかどうかは定かではないが、見た目からして図書館が好きそうであり
万が一にでも宿題をやっている所を見つかったら、
「こんな時期に何をやっているのだよ、もっと早くできなかったのか。これだからお前は駄目なのだよ」
などと嫌味を連発することであろう。断固拒否である。
「青峰くんの家は…」
「汚い」
「ですよね」
失礼な奴だなとこめかみが動きそうになったが、ここで黒子の機嫌を損ねてしまったら元も子もない。
「あー、だからその、テツの家は…」
青峰は珍しく申し訳なさそうな声で言った。
今まで青峰はいくら黒子と部活後の練習を友にしようと、彼の家に訪れたことはなかった。
機会が無かったわけではないが、その手の話になりそうになると黒子が華麗にスルーするのである。
家に何か見られたくないことがあるのか、家庭事情が複雑なのかと色々考え今の今まで口にしなかったが、
いざ提案してみると黒子はやはり気が乗らない顔をした。
「僕の家、ですか…」
「無理にとは言わねぇけど、バスケ部の他の奴らに見つかりたくねぇんだよ」
部員が200人はいる帝光中学バスケ部である。
さらに不運なことに、エースと呼ばれる青峰はこの全員が彼の存在を知っていた。
街で見かけたらさぞ目立つことであろう。
宿題のことをキャプテンにチクられでもしたら、一巻の終わりだ、
そのことは黒子も分かっているのだろう、渋々ながらも「仕方ないですね」と頷いた。
「よっしゃ!じゃあさっそく行こうぜ!」
意気揚々と歩き出す青峰を見ながら、黒子はぽつりと呟いた。
「今日は大分遅いって言ってたから…大丈夫ですよね」
一応連絡はしておこうと思い、携帯を開く。
―――――――
to:姉さん
sub:無題
―――――――
突然のことで申し訳ないのですが、
今日友達が家に来ることになりました。
冬休みの宿題をするそうです。
お仕事頑張ってください
‐END‐
―――――――
後に黒子は青峰を家に上げたことを激しく後悔するようになるのだが、今は知る由も無かった。
「だーっおわんねー!」
青峰が家に来てかれこれ4時間。時計はもう3時を指していた。
やってもやっても終わりが見えない宿題の山に、黒子はため息をつく。
読書感想文は手伝えないので抜かすとしても、この量はあり得ない。まったく手をつけていないと言っていいだろう。
「何でこんなに溜めるんですか。これ、今日中に終わりそうにないです」
「だよなー」
「そんな悠長にしてないで、やってください。君の宿題なんですから」
ごろんと寝転がった青峰の頭をぺちんと叩く。
広い方がいいかと思い自室よりもリビングを選んだのだが、
家族団欒を目的として作られたはずのリビングは、今や紙が散在するだけの間と化していた。
黒子に叩かれたにも関わらず青峰は「だってよー」と言いわけをしようとする。
だが黒子がそれを許すはずが無かった。
「手伝いませんよ」
「…すいませんでした」
起き上がった青峰はゆるりとだるそうにペンを持ちながらも、明らかにペースが遅い。
1分も持たずテーブルに顔を突っ伏してしまった。
まぁ長時間ぶっ続けだしと思った黒子は一旦休憩にするためジュースでも持ってこようと思い、立ちあがった瞬間だった。
「たっだいまー!」
陽気な声と共にドアが開いたのは。
「え…」
思わず固まる。
幻聴であってほしいと黒子は普段あまり信じない神にこの一瞬だけ祈った。
が、叶うはずもなく。聞き間違えであるはずもなく。
「てっちゃんのお友達来てるんだって?お姉ちゃん会いたくって、仕事ダッシュで終わらせてきちゃった!」
誇らしげな顔をしながらブーツをぬぐ彼女はまごうことなく、我が姉であった。
手には有名お菓子屋さんのケーキの箱。
固まったまま動かない黒子を不審に思い突っ伏していた顔を上げた青峰もまた、同様にピシリと固まる。
目の前に見えるのは、幼馴染に散々「この人、凄い歌上手いんだよ!」と言われながら押し付けられた雑誌に載っていた顔であった。
女歌手に、ましてや体を武器にしているわけでもない歌手に興味を持っていなかった青峰も
あれだけ何度も見せられれば無意識に覚えてしまうというもの。
故に、青峰は信じられないという顔で目を見開きながら掠れた声で言った。
「夏川杏珠……」
「はい?」
きょとんとした顔で的外れな返事を返す杏珠の姿に黒子は思わず心の中で叫んだ。
ど う し て こ う な っ た !
雑誌の中からこんにちは。02(出てきたのはアリスでも花子さんでもない、相棒の姉(歌手)) ← top →