夜鷹の星 | ナノ


 



さきほどの自分の行為を僅かに後悔する。
あの時素知らぬ顔をして通り過ぎていれば
今ごろ俺は先日発売した週刊バスケの最新号とスポドリを買い、
家でのんびりごろごろテレビでも見ながら滅多にない休日を満喫している予定だったのだ。

―俺、何やってんだろ
 
細い体のどこにそんな力があるのか理解できない目の前の淡い水色に、
彼女とは対照的な健康的な褐色の肌を持った青峰大輝はため息をつく。
 
 
 

 
 
事の発端は街中のナンパを見かけたところから始まった。
 
「ねぇねぇ俺たちとお茶しようよ」
「遠慮します、手を離してください」
「そんな釣れないこと言わないでさ〜」
 
東京じゃ頻繁に見られる王道の台詞を使ったナンパだが、これで引っかかる女は非常に少ない。
むしろこれでナンパが成功すると思っている方がおかしいのだが。
案の定ナンパされている方の女の子はかなり嫌がっているようで、冷たい言葉を発していた。
それでも沢山の指輪をし、髪をなんとも言えない色に染めている三人組みは
諦めることなくトライし続けていた。
周りの通行人は我関せず顔で無視を決め込み通り過ぎていく。
 
「ちょっと本気で嫌だって言ってるんですけど」
「またまたぁ〜」
 
ここで自分も他の通行人のように通り過ぎてしまえばよかったのだ。
しかし何を思ったのか青峰はさながらヒロインを助けるヒーロのように、とまではいかないが
大変気だるそうにしながらもその集団に向かって行った。
 
滅多にない休日に何処かかしら浮かれていたのかもしれない。
目に馴染んだミルキーブルーの色を視界の端にでも捉えたからかもしれない。
 
突然現れた浅黒で自分たちよりかなり身長が高い巨体に、
アホ面ナンパ男(青峰命名)たちは一瞬ひるんだ顔を見せたが、
 
「な、なんだお前!」
 
去勢を張って見せた。
もちろん青峰がそんな奴らにどうこうされることもなく、ナンパされていた女の子の肩を引き寄せると
 
「わり、こいつ俺のツレだから」
 
と普段より低めの声で言った。
ナンパ男たちは尚も何か反論しようと口を開いたが、青峰が軽く睨むと
ちくしょうがぁ覚えてろとテレビの戦隊ものの悪役よろしく悪態をついて去っていった。
 
彼らが角を曲がり完全に見えなくなったのを確認すると、青峰は肩にかけていた手をほどき
じゃあな、と言いさすらいの旅人のように、奴らが逃げて行ったのと反対方向に去ろうとした。
ここで姿を消せれば格好つけれたのかもしれない。
が、それは自分の服の裾を掴む白い手によって叶わなかった。
 
「んだよ」
 
ここで初めて青峰は女の子の顔をちゃんと見る。
そして、絶句した。
キラキラした目と共にこちらを見上げているその顔は、以前からよく知っている顔だったのだ。
 
「青峰くん…?」
「げっ…」
「やっぱり青峰くんだ!」
 
彼女は、影の薄い自分の相棒の姉であり、
 
 
「…ブラコン女」
「何その言い方!まぁそうなんだけど!ところで青峰くん今暇?暇だよね?
 てっちゃんが今日は練習お休みだって言ってたもん、暇だよね?」
 

大学生が"だもん"とか使うんじゃねーよ。
相棒と同じ髪色の女は自分の言葉にろくに耳を貸さず、強引に青峰の手を掴んで歩きだした。

 
そうして話は冒頭に戻る。
 
 
 
 
 
「何処行くんだよ」
「助けてもらったお礼になんか奢ります!」
「いやいいです」
「遠慮しないで〜」
「マジ、マジでいいから」
 
青峰は女の話は彼女といい幼馴染といい、非常に長いことを知っていた。
頭の中で警報が鳴り響く。
せっかくの休日を半分彼女に潰されかねないと判断した青峰は、
適当なことを言ってこの場を去ろうと思ったのだがそれは叶わぬ夢で。

「スタバでいいかな?あそこの夏限定のやつ、凄く美味しそうだったんだよね」
「あー…もう何処でも」
「ついでに部活でのてっちゃんの話でも聞かせてほしいなぁ、ふふ」
「あー…もう何でも」

お礼というより、お前絶対そっちが本命だろ。

諦めた青峰はまるでリードをつけられた犬のように彼女の行く方向に従い着いて行った。
ていうかこいつ腐っても歌手だったんじゃねこんな街中普通に歩いて大丈夫なのかと思ったが、
通り過ぎる自分たちを誰も気に留める者はいなかった。
 
どうやら彼女の顔の知名度はさほどではないらしい。

 
相棒の姉は変人のようです。01
(黙っていればなんちゃらの典型的な例)

 
 
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