夜鷹の星 | ナノ


 



 
僕と姉さんは血が繋がっていない。
 
 
僕が4歳、姉さんが8歳の時にお互い一人身で子供を育てていた
僕の母と姉さんの父が再婚することになった。
旅行会社の仕事をしていた僕の母と外国の貿易関係の仕事をしていた姉さんの父は
互いに一目ぼれしたらしい。
幸いまだ幼かった僕らは、家族が増えることに抵抗は無かった。
 
が、流石にいきなり「お姉ちゃんができるから」と母から聞いた時は子供心にも驚いたものだ。
小さい頃から影が薄く人と交流が少なかったせいか、僕は人見知りが激しかった。
確か向こうの家で食事でも、と招待された時が初めての対面だった気がする。
チャイムを鳴らす母の後ろに隠れて二人を観察した。
 
 
扉を開けた先に居たのは、優しそうな人。背が高い。
ごつごつした手は僕の何倍も大きい。
あの手に撫でられる日は来るのだろうか。
 
そしてその隣で興味深々でこちらを見ている少女が一人。
ふわふわな水色の髪の毛、桜色の唇。 
くりっとしていてきらきら輝いている瞳。
その目は何かを探しているようで、何処かせわしなかった。
 
 
「お邪魔します」
「今更何だ、上がってくれ。ほら杏珠、二人に挨拶…」
 
だだだだという音と共に小さな突風が起こったのは、その時。
気がつくと僕の視界は優しい水色一色で、苦しいと感じるほど誰かに強く抱きしめられていた。
 

「こんにちは、杏珠のおとうとくん!」
 
 
一瞬何が起こったのか分からなかった。
 
目を白黒して焦る僕をよそに、大人たちは何処か安堵した暖かい目でこちらを見ている。
 
 
「あ、その…ぼく…」
「杏珠におとうとできるの、ずっと楽しみにしてたの!てつやくんのこと、てっちゃんって呼んでいい?わたしのことはお姉ちゃんって呼んでね!
 てっちゃんと私、同じ髪の毛なんだね!あとね、あとね!」
 
いきなりのマシンガントーク。
困っている僕を見かねた父さんが僕らの頭を撫でながら目線に合わせしゃがむと、助け舟を出してくれた。
 
「こら杏珠、テツヤ君が困っているだろう。そろそろ離してあげなさい」
「はぁい…」
 
少ししょんぼりした様子で僕から離れる。それでも、手はしっかり繋がれていた。
 
「今日からいっしょに寝よう!よろしくね、てっちゃん!」
「その…」
 
おそるおそる口を開いた僕に、姉さんはこてんと首を傾げた。
 
 
 
「よ、よろしくおねがい、します……お、お姉ちゃん…」
 
 
姉さんは一瞬大きく目を開くと、すぐに細めてふにゃりと笑った。
まるでそれは、天使の頬笑みのようで。
僕も釣られて少し笑った。
視界の端で、母もあらあらとこちらを見ながら笑っていた。
 
 
 
  

 
 
 
「ただいま〜…あれ、てっちゃん寝てたの?」
 
リビングの部屋のドアを開ける音にうっすらと目を開ける。
どうやらソファーで寝転がりながら音楽を聞いているうちに寝てしまっていたらしい。
懐かしい夢を見たのは、彼女の歌声を聞きながら眠りに入ったからだろうか。
未だぼんやりする頭を持ち上げながら問う。 
 
「何で分かったんですか?」
「ふふ、寝癖ついてるよ」
「…なるほど」
 

てっちゃんの髪は柔らかいから、少し横になっただけでも癖がついちゃうよねと
鞄をソファーの上に置きながら姉が言った。
そんなに柔らかいだろうかと髪を触ってみるが、自分ではよく分からなかった。
多分姉の方が柔らかいのではと思う。
 
血が繋がっていない僕らが唯一偶然にも同じだったのはこの髪の色で。
学校でいくらこの髪について同級生から揶揄されようと、平気だった
それはまるで僕らが本当の兄弟のように思わせてくれるから。
  
 
「ご飯食べてないの?」
 
炊飯ジャーを開けながら驚いた声で言う。
本当は彼女と一緒に食べたくて待っていたのだけど、それを口にするのは恥ずかしくて、
 
「部活がハードだったんで、帰ってきたとたん寝てしまったんです」
 
ともっともらしいことを答えた。
時計を見ると針が指しているのは8時。
夕飯にはちょっと遅いけど、まぁ許容範囲だろう。
 
「じゃ、一緒に食べよっか!私も夜ごはんまだなんだよね〜」
 
言うや否や、さっそく冷凍庫からハンバーグを探し出しレンジにかける。
その間にサラダでも作る予定なのか、
トマトときゅうりとレタスを冷蔵庫の一番下から取り出した。
ふんふんと得意の鼻歌と共に、葉をむしられたレタスが小さくなっていく。
 
あ、新曲。 
 
さっきまでヘッドフォンで聞いていた曲が、目の前でアカペラ再生される。
たとえ鼻歌でも、やっぱり機械越しより本人の口から聞く方がずっといい。 
 
 
「何かいいことあったんですか?」
「えっ?どうして?」
「いえ…別に」
 
 
姉さんが自分の歌を歌うときは特に機嫌がいい時だって知ってるから。
 
 
そんなことが言えるわけもなく、口ごもった。
 
「うーん、何かこう言うと恥ずかしいんだけど、てっちゃんと一緒にご飯食べれるのが嬉しいんだよね」
 
いっつも一緒に食べてるのに変だよね、と少しはにかむ。
いてもたっても居られなくなって、先ほどまで自分が寝床としていたソファーから腰を上げると台所へ向かった。
 
「僕も、何か手伝います」
「てっちゃん疲れてるでしょ、気にしなくていいよ?」
「…今ので疲れが一気に吹っ飛びました」
「今の?」
 
無自覚なのか、こてんと首をかしげる癖は昔からのようだ。
分からなくていいですと手に取ったきゅうりを見ながら言った。
 
「てっちゃん…大丈夫?」
「切るくらいなら僕にもできます」
「そうね…」
 
そう言葉にしながらも、目線は心配そうに僕の手元の包丁を見ていた。
過保護にもほどがある。
 
姉さんに気付かれないように、小さく笑いながらきゅうりの端を落とした。
 
 
幸せはいつだって夢の延長上に。 05
(夢喰いバグだって甘すぎて溶けちゃうほど)
 
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