霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  



起きたら、もう朝だった。
ベッドの中でごろごろしながら、ぼんやり昨日のことを考える。
あれからどうしたんだっけ?黄瀬くんが何か言ってたような…
残念ながら記憶がよみがえることは無かった。
 
重たい頭を持ち上げ、ベッドから出てカーテンを開ける。
そして外を見て、思わず「あ」と声を出した。
 
 
 
久々に、お日様がきらきらと輝いている。梅雨は終わったようだ。
 
 
学校へ行くと「昨日どうしたの?学校休むなんて珍しいね、風邪?」と聞かれたので「まぁそんな感じ」とだけ答えておいた。
 
「おはようっス」
 
散々聞いた声がする。
「はよー」とやる気のない声と顔ながらも返事をして黄瀬くんを見たら、目が合った瞬間ばっと逸らされてしまった。
いつもと違う反応を疑問に思いながらも、静かだからいいやと思い席についた。
 
 
 
 
あれ、何で目を逸らしたんだろう俺。しかもあんなに分かりやすく。
 
自分の行動を謎に思いながらも、何も言わず席につく彼女を見て「今の行動について何か突っ込んでよ!」などと理不尽なことを思った。
その後小夜ちゃんと話すことなくHRが始まる。
そこで俺は自分の携帯に新着メールが届いていることに気づいた。
仕事のメールだろうか。先生に気づかれないようにそっと盗み見る。
 
『杉本あすか』
 
その名前を見た時、特に嫌悪感を感じず「ああ、あの子か」と思った自分に少しだけ驚いた。
 
 
『昨日はごめんなさい。今日、ちょっと会えますか?話したいことがあります』
 
頭の中で今日の予定を思い出す。部活の後は撮影が入ってるけど、その間に2時間程度猶予があったはずだ。
『大丈夫、この前の喫茶店に7時でいい?』と返すと数分もたたず大丈夫と返ってきた。
 
  
 
 


 
 
店内に入ると彼女の姿がすぐに見つかり、片手をあげながら挨拶をする。
席につきコーヒーだけ注文した。どうやら彼女は俺よりも早く来て相変わらずアイスココアを注文していたようだ。

「ごめん、待った?」
「本読んでたからいいの。涼太、来てくれてありがとう」
 
そう言ってほほ笑む彼女の目は腫れていたが、以前のような影は無くいっそどこか清々しい笑顔だった。
 
「昨日はごめんね、その…色々と」
「いいんスよ。俺も…ごめん」
 
中学時代の自分の行動がどれほど彼女を傷付けてきたのだろうと考えると、ちくりと胸が痛む。
今回悪いのは、確実に俺だった。
そんな俺を見て、静かに彼女は首を降る。
 
「あの子にも悪いことしちゃった。私、もしかして…その、生霊になっちゃってたの?」 
 
あの子とは小夜ちゃんのことだろう。
杉本は最後の方をとても言いづらそうにしながら聞いた。
そりゃそうだろう、自分が生霊になってたかなんて聞きづらいことこの上ない。
俺は苦笑しながら答えた。
 
「小夜ちゃん、視える人だから」
「え、そうなんだ」 
 
どこか雰囲気違うと思ったーと同じく苦笑する彼女を見て、小夜ちゃんの言葉を思い出した。
やっぱり杉本も無意識のうちに飛ばしてしまっていたのだろう。
 
 
「涼太さー、あの子のこと好きでしょ」 
 
唐突に言われた言葉に、俺は思わず「えっ」と声を裏返してしまった。
彼女が目を丸くしながら言う。
 
「まさか気づいて無かったの?」
「え、だってそんな、俺が小夜ちゃんを好きなんて、そんなこと、」
「違うの?」
 
俺はすぐには答えられなかった。
 
 
好き?誰が誰を?俺が、小夜ちゃんを、好き?
好き―?
 
 
そう考えれば自分の朝の謎な行動や、今までのモヤモヤした気持ち、それに昨日の行動にも合点がいった。
笠松先輩と小夜ちゃんが話してる時のあれ、嫉妬だったんだ。
 
 
―守りたいって、これ、恋なんだ 

 
今まで気づかないとは、なんてガキくさいんだ、自分。今更ながら恥ずかしくなってきた。
だんだんと顔が赤くなる俺を見て、杉本はふふとココアを飲みながら愉快そうに笑った。
 
「やっぱり、好きなんだ」
「そう、みたい…っスね」
 
自分で自分が信じられなかった。
俺が誰かを、好きになるなんて。こんな純情な気持ちになるなんて。

 
「私ね、涼太のこと、凄く好きだった」
「…うん」
 
ふっと暗い顔をする彼女を見て、さきほどの気持ちは何処かへ飛んで行き俺も同じように暗くなる。
そんな俺を見て、杉本は顔を緩めるふっと言った。 
 
 
 
「だからこの気持ち、大切にしながら生きて、また新しい恋見つけようと思うんだ」

 
だから涼太も頑張ってね、きっとあの子、手強いから
 
 
そう笑う杉本の顔は今まで見た彼女の中で一番綺麗で、一緒に仕事してきたどのモデル仲間の女よりも輝いていると思った。
小夜ちゃんは、俺が思っている以上に彼女を救ったのかもしれない。
彼女の笑顔を見ながら、そんなことを思った。
 
 
 
 
 


杉本と別れ、時計をチェックする。撮影まで時間があった、
何処で時間を潰そうかと悩み、ぴこんとあることを考えついた。ここからあの店は近い。
 
3分ほど歩き、路地を曲がり寂れた本屋にちりんちりんと音を立てて入る。
「いらしゃいませー」と特にそんなこと思ってなさそうな声の持ち主は俺の顔を見ると、げんなりしたように「また?」という顔をした。
 
「来ちゃったっス」
「営業妨害です、お帰りください」
「ひどっ!」

小夜ちゃんはため息をつくと俺を気にせず10冊ほどの本を持ち上げた。
俺はそこから7冊ほどとりあげると、笑って「何処に並べるんスか?」と聞いた。
 
斜め下で揺れている彼女の頭を見るたび、鼓動がどくんどくんと波を打つ。
あぁやっぱり俺は君に恋してるんだ、と改めて自覚する。
初めてだ、こんなふわふわした、誰かを愛しいと感じる気持ち。
自然と緩む頬を必死で引きしめながら、思った。

 
この迷惑そうな顔を、いつか笑顔に変えたい。
もっともっと近くで、君の声を聞きたい。
いつでも俺の手が君に届く位置にいてほしい。
 
 
俺がこんなことを考えるなんて、と自分で自分がおかしかった。
 
「ねね小夜ちゃん、小夜ちゃんは俺のことどう思ってる?」
 
突然の質問に彼女は顔をしかめる。
 
「うるさくてヘタレな、なんか犬っぽいイケメン」
「えっ、最後褒めてくれてる!」
「黄瀬くんの取り柄はそこだけじゃないですか」
「やっぱりひどい!」
 
苦笑しながら、「これは長期戦っスねー」と呟く。
首を傾ける彼女を見て、何でもないと首を振っておいた。
「相変わらず意味分かんない頭してるね」と言う彼女に『手強いから』というあの子の言葉を思い出す。
 
 
 
どんなに長かろうと難しかろうと、望むところっスよ。
絶対に君を落としてみせる。
 
 
 
―俺を本気にさせたんだから、覚悟しといてね?
 
 
 
 
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