霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  




気が付いたら体が動いてた。
気が付いたら手が出ていた。
 
「やめて、来ないで!」
 
女がナイフを振り回す。
 
ざしゅっ
 
鋭い刃物は私の手を掠めた。人差し指程度に傷つけられた腕は、たらりと血を出す。
女はそれを見て「ひっ…」と小さく息を呑んだ。
黄瀬くんが何か言ったようだが、何を言っているのかは分からない。
私は構わず彼女に近づいていく。特に痛みは感じなかった。
 
彼女は私の腕から垂れる血を見てがたがたと震えていた。
こんなに大量の血を見るのは初めてなのだろう。ましてや、それが他人の血だなんて。
自分のせいで、流れた血だなんて。
 
 
「ねぇ、何で震えてるの?」
 
 
普通の声で言ったつもりだったが、普段よりワントーン下がってしまった声で言う。
真っ直ぐ彼女を見据えながら。
 
「だ、だって血が…」
「貴女がやったんじゃない」
「わ、私はそんなつ、つもりは…」
 
顔面を蒼白にして、それでも私の腕に流れる血から目を逸らさない彼女を見て初めて人間らしい表情を見たなと、やけに冷静な頭が思った。
 
目の前に来て腕を突き出す。
彼女はもう泣きだしそうだった。
 
「死ぬってことは、これ以上に血が流れる」
「っ…」
「もっともっと、血が流れる。それにすごく痛いんだよ?」
 
 
―それでも、いいの?
 
 
囁くようにして問うた。
彼女の手からからんとナイフが落ちる。
それと同時に彼女が崩れ落ちた。
 
「だって…だって私…」
 
白い頬からはらりと涙を流し、瞬きを何度もし声を震わせながら、それでも彼女は口を開く。
 
「涼太のことが本当に好きだったんだものっ…告白してOK貰った時、すごく嬉しかった…あんまり彼女らしいことできなくても、隣にいれるだけで良かったの」
 
 
―例え涼太が、私のこと何とも思ってなくても
 
 
小さく、本当に小さく彼女は呟く。
それはきっと近くに居た私にしか聞こえなかっただろう。
 
「私本当は知ってたのよ…知ってたけど…っ」
 
涼太が私といるとつまらなそうにしてるの、その目を近くで見ながら分かってた。
こっそり部活を見に行った時、すごく楽しそうにしてるのを見てあぁやっぱり、なんて思った。
 
 
 
私じゃ駄目だってこと、分かってた。
  

 
「それでも、」


小夜はしゃがんで彼女に目線を合わせながら言う。
まるで思っていること全て見通すような、透き通った綺麗な淡い琥珀色の目で。 

 
「貴女は愛したんでしょう?」 
 
 
その言葉を聞いたとたん、彼女の目から涙があふれ出した。
嗚咽を漏らしながら、それでも小さく言葉を紡ぐ。 



分かってた。分かってたけど、
愛することを、やめられなかったの。
だって、好きだから。
 
 

そんな彼女を抱きしめ、血が流れていない方の手で彼女の背中をぽんぽんと叩きながら小夜は言った。
 

「愛さない人より愛する人の方が大変だけど、誰かを一途に想えるって、」
 
私は、誰かを想ったことはないけれど。
たとえ誰かを愛する気持ちが、過ちを犯してしまったとしても、
 
きっとそれは、
 

「凄いことじゃない」
 
 
私にはできないことだから。
 
 
「だから、簡単に死のうとしないで」
 

貴女はきっとまた、誰かを愛せるから。
 

 
 
「ごめ…ん、なさ…」
 
何度も何度も繰り返し謝る。
小夜は彼女の背中を優しくさすった。
 
そして黄瀬は、そんな二人をただ黙って見ていた。
 
今までの自分は、何をしていたのだろう。
自分はここまで深く誰かを愛したことがあるだろうか、いやない。
 
いつか自分にもそんな日が来るのだろうか?分からない。
 
 
 
聞こえるのは、彼女と雨が泣く音。
 
 
 
 



 
 
ぺたりと、俺は小夜ちゃんの腕に絆創膏を貼った。
彼女はされるがままに大人しくしている。
普段だったら自分でするからいいとか言ってこんなことさせてはくれないだろうが、今日は疲れているのだろう。顔がげんなりしている。
 
あの後泣きやんだ杉本あすかに家まで送ると申し出たのだが、一人で帰ると断られた。
自分も一人で帰るという小夜ちゃんに、「駄目っス」と無理やりにでも同伴させて貰い、帰る途中のコンビニで手当てグッツを買い今に至る。
 
「あのさ、小夜ちゃん…ごめんね」
「何が」
「巻きこんじゃって」
「あぁ…」
 
返される言葉にも覇気がない。
絆創膏を貼られた彼女の腕を見るたび、罪悪感に苛まれる。
 
「でも、無理はしないでほしいっス」
「してないけど」
「何もあそこで小夜ちゃんが出ることなかったじゃないスか!怪我までして!」
 
思わず声を荒げた。
確かに小夜ちゃんがあの子の心を救ったのは分かってる。
けど、こんな怪我までしてすることだったのだろうか。
俺にはできなかったのだろうか。
 
小夜ちゃんはいつでもそうだ。
この前だって一人怪我を負って、それでも誰かを頼ろうとはしなかった。
今回も大丈夫だって言いながら結局怪我をした。

何で?何でもっと、
 
 
「俺を頼ってくれないの」
 
 
勢い任せに彼女を抱きしめる。
存外彼女の肩は華奢で髪の毛からはシャンプーのいい匂いがして、それに気づいた俺は今更ながらどくんと自分の心臓が音をたてるのを聞いた。
 
が、肝心の彼女から聞こえてきたのは
 
「……まさか、寝てる?」
 
すーすーという規則正しい寝息だった。
はーっとため息をつきながら彼女の頭を優しく撫でる。きっと普段これをしたら怒るんだろうけど。今は寝てるし。
 
てか男の俺の前で寝るってどうなの。
男として意識されてないんじゃ、という考えがふっと頭をよぎり無性に腹が立った。
 
 
 
「寝てる小夜ちゃんが悪いんスよ」
 
 
 
さらりと彼女の前髪をよけ、そのおでこにそっと口付けをした。
 

その事実を知っているのは、自分と、優しく降る雨だけ。 

 
特殊な能力を持っている分、きっと彼女はこれからも沢山苦労するのだろう。
今回みたいに自分は悪くなくとも、沢山危険な目に遭うのだろう。
 
 
―俺が守れたらいいのに
 
 
彼女があの子を救ったように、俺が君を救えればいいのに
 

 
 
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