霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  




5月。入学して1ヶ月経つこの時期は、クラスの中でもグループが大体決まってくる時期でもある。
そして黄瀬という現役モデルでありながら運動神経も抜群という逸材な人物を持つ
このクラス、特に女子にとって重要なのがこの月にある『体育祭』であった。
多くの女子が黄瀬と同じ競技に出るぞと意気込む中、
当の本人はろくに黒板も見ずに喜々とした顔で後ろの席の一人の女子に話しかけていた。 

「ねぇねぇ小夜ちゃん!俺体育祭、どの競技出たらいいスかね?」
 
話しかけられている女子はさして興味もなさそうに校庭を見ながら答える。
 
「弓道」
「ちょ、種目にないっスよ!真面目に答えて!」
 
あ、それともあれスか、俺の袴姿が見たいんスかと持ち前のポジティブさで乗り切ろうとした彼を
ほら、弓道ってとっても静かにやる競技でしょ。黄瀬くんも黙るかなと思ってと素晴らしい笑顔で返した。
 
「うぅ…酷いっス」
 
自分の部活の種目には出れないというルールから、結局黄瀬はバレーになった。
サッカーもあったのだが、理由は本人曰く、"日焼けしたくない"らしい。
ほら俺モデルっスから!とドヤ顔で言う彼に女子かと突っ込みたくなったのは
後ろの席の女の子と多数のクラスの男子であろう。
 
「あの、久遠さん…久遠さんは、バスケでいいかな」
 
クラス中が浮足立つ中、控え目にクラス委員長が聞いてきた。
小夜はちらっと黒板を見る。
女子のほとんどがバレーを希望していた。
なるほど、バレーは男子も女子も同時進行だからなぁと小夜はほんの少し委員長に同情の視線を送った。
少しでも黄瀬の活躍を間近で見たいのだろう。 
バレーとは反対に、バスケの下に並んでいる"正"の字は少なかった。
 
「いいよ」
「あ、ありがとう」
「いーえ」
「えっ小夜ちゃんバスケ!?俺が教えてあげるっスよ!」
 
キラキラした顔でこちらを見る黄瀬。
クラス中の女子の厳しい視線がこちらに集まる中、小夜は丁重にその申し出をお断りした。
 
「ありがとう、でも遠慮する」
「何で!?」
「だってほら、」
 
黄瀬くんに何か教わるなんて屈辱的じゃないと輝く笑顔で言う小夜に、
黄瀬は本日二度目の涙目タイムに入るのであった。
 
 
 
 
 
 

とは言ったものの、どうしようかな。
SHRの時間、小夜は担任の明日の連絡も聞かず一人ごちていた。
 
小夜は基本、スポーツが不得意なわけではない。むしろできる方だ。
だが残念なことに中学校時代にバスケをやったのは片手で数えられるほどで、
言うまでもなくルールなど覚えていない。
ぼんやりとなら形はあるが、クラスの連帯責任がかかっている真剣勝負となるとそれでは無理がある。
よく協調性のないと言われる小夜でも、クラスの足を引っ張るのだけはいけないと分かっていた。
というかプライドが許さなかった。
 
バスケ部の顧問の先生に体育館利用してもいい時間帯があるか聞いてみよう。
 
もちろんのこと、黄瀬の手を借りるなどという考えはハナから存在しなかった。
 
 
 
「体育館を利用したい?」
「はい、あの…ゴールとボール一個貸して頂けるだけでいいんですけど」
 
ふぅむと目の前の人物が悩む間、小夜はその姿を観察させてもらった。
一言でいうと、デブなおっさんだった。
好みではないなと内心酷いことを思いながらじっと相手の返答を待つ。
 
「朝練がない火曜日と金曜日の朝なら構わんが」
「えっ本当ですか?」
 
正直貸してもらえるとは思っていなかった小夜は、僅かに上ずった声を出す。
 
「ただし、使った後の掃除はすることが条件だがな」
「分かりました、ありがとうございます」
 
バッと頭を下げる。
デブなおっさんは見た目に反して意外と寛大な人だった。
ただ、小夜はそのデブなおっさんは美人には弱いことは知らなかった。
 
「バスケに興味があるのか?」
「え?えぇ…まぁ…」
 
しめたとばかりにデブなおっさん、もとい武内監督は続ける。
 
「バスケ部のマネージャーにならんか?」
「なりません、失礼します」
 
見事に一刀両断された武内は小夜が職員室を出ていくのをぽかんとした顔で見ていた。
 
 
「冗談じゃないわマネージャーとか」
職員室を出た小夜は鞄を取り舌打ちをする。
一瞬だけあのデブなおっさんを尊敬する気持ちはまるで砂のようにさらさらとどこかへ消えていった。
とにかく体育館を借りる許可は得た。
明日は丁度よく火曜日である。
 
 
 
決意通り、次の日小夜はジャージバックと共に朝早く家を出た。
バスケ専用の体育館があるこの海常高校の広さには我が高校ながら驚嘆する。
あれ、先に鍵借りに行かなきゃ駄目なんじゃねと気付いたのは
すでに体育館に着いてからだった。
ここから学校校舎の、しかも職員室はかなり遠い。
次からは学校に着いてすぐ借りに行こうと後悔し鞄を置いたその時、中から床に叩きつける音が聞こえた。
おそらくドリブルの音だろう。
あれ、朝練無いんじゃと焦った小夜は、そろりと体育館の扉を音を立てずスライドさせる。
 
そこにいたのは、一人の短髪黒髪男子。
 
「なにあれ、すご…」
 
小夜が驚いたのは彼のバスケ技術ではない。
いや、ゴールからかなり遠い位置からシュートを決めた瞬間を目撃したところからそれもあるのだが、
 
「…あったかそう」
 
彼がとても優しそうなオーラを放っていたことだった。
 

top