霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  



 
黄瀬が教室を出て美術室に向かうのを確認してから
さぁ帰ろうと思い足を踏み出した瞬間、
 
「うわ」
  
貧血のような眩暈に襲われ思わずしゃがみ込む。
目の前の風景が一瞬だけ色を失う。
 
「最悪…」
 
少しでも何かした時はこうだ。今回は軽かったからこの程度で済んだのかもしれない。
すぐに帰るのは無理だ、ちょっと教室で休んでからにしようと思い近くのイスを引き突っ伏す。
ああ、気持ち悪い。
胃の中がムカムカして、吐きそうだ。
そのまま何分たったのだろうか、うつらうつら寝そうになった時、控え目に教室のドアが開いた。
黄瀬くんだ。すっかり表情を失っている。
長いまつ毛が影を落とし夕日に照らされた彼は一種の彫刻のようだ。 

「久遠さん…まだ居たんだ」
「あー、まぁね」
 
具合が悪いとは言わず曖昧に言葉を濁した。
そのまま部活に行くのだろうと思ったが、予想に反して私の隣の机のイスを引いて座った。
そしてポツリと呟く。
 
「俺、すっごく嫌な奴だった」
 
何だこいつ。いつもの自信何処飛んでった。
そんな言葉は、彼の顔を見て引っ込んだ。
 
「ほんと、俺…最低っ…」
 
マジかよ。モデルが泣いてんぞ。
お世辞にも綺麗とは言えない涙を鼻水を垂らした顔を見て、心の中で静かに突っ込んだ。
そのままにしておくわけにもいかず、私はポケットからティッシュを取り出すと机の上に投げた。
 
「ティッシュとか…持ってるキャラなんスね」
「何お前、私の女子力馬鹿にしてんの」
 
まぁそれ、今日の朝道で配ってるやつ貰ったやつだけど。
店の宣伝が堂々と書いてるやつだけど。
あえて言わなかった。
黄瀬くんはそうじゃないスけどぉと2、3枚ティッシュを取り出し盛大に鼻をかむ。
 
 
「あの、俺に何が…憑いてたんスか。亡霊?」
 
すっきりしたところで黄瀬がこちらをチラッと視線をよこした。
まぁそうだよね、聞きたくなるよね。
説明めんどくさいなと気が乗らない中重い口を開く。
 
「いやそんな大層なもんじゃないよ」
「じゃあ何スか?久遠さんが俺の背中叩いた後、凄い頭軽くなったんスけど」
「そりゃ元々脳みそ入ってなかったんじゃないの」
「ひどい!ってそうじゃなくて!」
 
2度目の涙を流しそうな彼を見てため息をつきながら答える。
だって表現しにくいんだもん。 
 
「…黄瀬くんを悩ませてたのは、なんていうか…人の嫉妬の塊みたいなもん」
「嫉妬?」
「そ。人ってのは恐ろしいもんで、嫉妬とか悪い感情がある人に集中的に集まるとよくないことを起こしちゃうんだ」
「…よくないこと」
「うん。これは不可抗力だから…まぁ黄瀬くんがイライラしちゃったのも仕方ないんじゃない」
「…そうだったんスか」
「まぁだからといって君が言った酷いことが消えるわけじゃないんだけど」
 
んな落ち込むな。
そう言うと、黄瀬くんはついにその整った切れ目がちな瞳から2度目の涙を流した。
 
「うぅっ…久遠っち優しい」
「…何その呼び方、キモ」
「ひどい!俺、認めた人には"〜っち"ってつけるんスよ」
「やめてくんない。あんたに認められても嬉しくないんだけど。
 残酷な振り方する奴に認められても嬉しくないんだけど」
「そ、そんな風に言われたの初めてっス…」
 
黄瀬くんは鼻を真っ赤にしながらもほんの少し嬉しそうにえへへと笑った。
そうかこいつ、Мか。
 
 
さきほどまで夕日で紅く染まっていた空は、もう星が輝き始めていた。
 
 
 

 
 
「小夜ちゃん!おはよーっス!」

あれからというものの、黄瀬くんはよく話しかけてくるようになった。
もちろん私がいわゆる、視える人だということは口止めして貰った。
気持ち悪いあの呼び方はしてこないが、
非常に馴れ馴れしい彼に思わず何度目か分からないため息をつく。

 
「…おーっす」
「テンション低い!あ、英語のプリント見せてほしいっス!」
 
お前が高すぎなんだよ。
クラスメイトの視線が痛い。特に女子が。
何黄瀬君と喋ってんだよ空気がムンムンである。
別にこっちは好きでやっているわけじゃないっつーの。
 
 
「自分でやれ」
「今日当たるんスよ!あの教師怖いから間違えられないし!」
「間違えて怒られればいいよ」
「ひどい!」
「…」
「無視しないでぇ!」

 
俺と小夜ちゃんの仲じゃないスかぁあぁあと嘆く黄瀬くんを見て思う。 
うん。全然喋らなかった前の方がよかった。
遠い目をする私に気付くことなく黄瀬くんは目の前の机でマシンガントークを続ける。
のちに私は今以上に彼と出会ったことを後悔するのだが、今それを知る由は無かった。 
 
 
さよなら日常、こんにちは非的日常。
 



top