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キャクタスの涙


――今日も来ない。

ため息混じりに苦笑して鳴らない携帯をじっと見詰める。
僕の恋人…一応、恋人という間柄の彼は酷く冷めた人。連絡は僕からしないと滅多に来ない。

「寂しいなぁ。つれなさすぎだよ、木手くん…」

つん、と携帯を突いてみても鳴ることも光ることも無い。

大体、僕思うんだけどさ。
遠距離恋愛って連絡が基本じゃないのかな?東京と沖縄だよ?会えないんだよ?
それに、電話なんてボタン一つ押せばいいだけじゃないか。

(どうしたら彼から連絡をくれるのかな?)

いつも僕からじゃ何となく嫌だよ。僕の方が気持ちが大きくても一応恋人ならイーブンでいたいんだ。

こういう時は周りに相談したいものだけど、僕の周りで恋人がいる奴はいないし…姉さんには何となく言い難いし…どうしようかなぁ。

うんともすんとも言わない携帯の指紋を拭き取りながら、何となく窓際に置いてある新顔のサボテンを見やる。

あの子が唯一木手くんの気持ちを感じられるもの。
木手くんの住む地域にしか無いらしい、僕に送ってくれたサボテン。

「…あ、蕾」

見間違いかもしれないから窓際まで近付いてじっと見てみたら、やっぱり見間違いなんかじゃなく、小さいけど一つだけちゃんと蕾があった。

「朝は無かったのに…ふふ、嬉しいなぁ。咲くかな?」

指を傷つけないように蕾の周りにある棘に触れてみた。
つるつるしてるそれを上から下へ何度か辿っていたら、何だかこの子が贈り主みたいに思えてきちゃって…

(棘だらけだし焦らすし…本当にそっくりだよ)

小さな霧吹きで渇いた土とほんの少しだけ蕾に一吹きしてから、また机に戻り携帯を開く。
今の待受はあのサボテンが届いた時の写真。
さすがに恋人を待受にするなんて痛々しいことは出来ないからね。せめてもの抵抗だよ。

アドレス帳を呼び出してか行を開く。
丁度英二のすぐ下にある名前と暫く睨み合ってから、観念してメールアドレスを一押しした。

(蕾ができたよ、送信。)

手紙が飛んでいく画面はすぐに消えて元のアドレス帳画面に戻った。
今日は返って来ないんだろうな…電話なら渋々取ってくれるけど、メールは当日に返って来た試しがない。

明日も朝練だし寝ちゃおうかな。待っていても虚しさが倍増しするだけだよねきっと…

零れそうになったため息をぐっと堪えて、部屋の明かりを消した。
潜り込んだベッドが冷たくて少しだけ身体を丸める。
枕元に置いた携帯はこの際電源を切っちゃいたいくらいだけど、アラームが鳴らないと僕は起きれないから…なんて、言い訳だけどね。

(朝には来てたらいいな…)

少しだけ期待をして目を閉じる。乾がいたら来ない確率を言われそうだけど、それは考えないふり。

おやすみ木手くん。
期待してるからよろしくね。

心の中で呟いて寝ることに集中しようとした時、いきなり鳴ったバイブ音に柄にもなく肩が跳ねてしまった。

「ビックリした…誰だろう、英二かな…?」

振り向いた時には振動もライトも止まっていたから送信者のグループはわからない。
とりあえず手繰り寄せて開いたら、暗い部屋で光る待受の光が眩しすぎて目に痛かった。

片目を閉じたまま目を凝らして開いたメールの送信者を見た瞬間、ビックリしすぎて思わず凝視してしまった。

「…どうして?何があったの…?」

前代未聞だよ…こんなに早く返信が来るなんて。

光の中に見えるのは、何度見ても“木手永四郎”って名前。
ビックリしすぎて内容なんて読まずに名前を凝視し続けてたら、また突然携帯が震えだして。

「嘘…今度は電話?…本当に何があったの…」

呆然としながら点滅するRECEIVINGの文字を無意識に消して耳に当てる。

《出るのが遅すぎですよ。何をもたもたしているんですか。どうせ起きてたんでしょう》

「あ…うん、ごめんね?こんばんは」

右耳から聞こえてきたのは紛れもなく彼の少し訛った低い声。
挨拶もなしに咎められちゃったけど、木手くんらしすぎて笑ってしまった。

《何を呑気に笑ってるんですか。メールは読みましたか?》

「ごめんね。ビックリしてまだ読んでないんだ。ほら…君いつも返信遅いだろ?夢じゃないかって…」

《あなたは目を開けながら夢が見れるんですか。さすが天才は違いますね》

「もう…そんな事出来ないよ。君の日頃の行いの所為じゃないか」

《なすり付けは感心しませんね。…読んでないならいいです。また》

「あ…ちょっと待っ…切れちゃった」

いくらなんでも早すぎるよ木手くん…結局何だったの?
スピーカーから流れる通話終了の電子音に首を傾げつつ、とりあえず切れちゃったからオフ。

切り替わった画面はさっきの受信画面。
今度は名前じゃなくて真っ先に内容に目を通したんだけど――…

(…やっぱり夢かもしれない)

メールが来た時より、電話が掛かって来た時よりずっとビックリな内容が書かれていて、いつの間にか無意識のうちに指が勝手にリダイヤルをしてた。

《何ですか》

「ねえ、これ本当かい?」

《嘘はつかない主義です》

「それすら嘘臭い…ごめんね冗談だから切らないで。…どうしよう嬉しいなぁ…」

《これぐらいで何を感動してるんですか。易すぎて天才の名が泣きますよ》

「僕には易いことじゃないから…ねえ木手くん、そっちは冬でも暖かい?」

《それぐらい自分で調べてください。届いたら連絡を。切ります》

「あ、待って。好きだとか言ってもいいかい」

《言ってるじゃないですか。一々わざと臭いですね。……わんもしちゅっさーよ》

何か呟いたと思ったらブチッと切れた通話。
すぐに最近ブックマークした翻訳サイトを開いて、聞いた言葉を打ち込んでみた。

「あはは、どうしよう…っ」

ついでにここから羽田までの時間も調べちゃったら、もう飛行機なんて飛んでないのは百も承知だけど、余計に会いたくなった。

早く会いたいな…
会えない日数分したいことが沢山あるんだ。
話したいことも山ほどある。

冷たかった筈のベッドはいつの間にか暖かくなってた。
寝ようとしてから経過した時間は僅か十五分。
何度読んでも変わらないメール内容と着信履歴。

嬉しすぎて霞んでしまった視界で見上げた窓際は、吹き込む風で揺れるカーテンと微かに漏れる月明かりに照らされたあのサボテンが見えるだけだった。

ブレる視界じゃ蕾の姿は見えないけど、幸せを運んでくれたあのサボテンはさっき吹いた水で泣いてるみたいに見えた。

嬉し泣きに見えたのはきっと僕の願いが籠もった勘違いだけど。
そうだといいな、なんて思っちゃったんだ。




(チケットを送ります)
(あのサボテンはこっち以外で育てるのが難しいんですよ)
(枯らさず蕾が出来たらと決めてました)
(言っておきますがエコノミーですからね)


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