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水槽で窒息



「この公式は次の中間に出すからしっかり覚えておけよー」

カツカツとチョークを黒板に当てる数学教師から左隣へ目をやると、さっきと変わらずぐっすり夢の中な英二の姿が。

「英二、英二起きなよ。テスト出来なくなっちゃうよ?」

「んにゃ…オム…レツ…」

「昼はまだだから。ほら頑張って、起きないと大石に怒られるよ?」

「ふ、わ…ふわ…」

「はぁ…三秒以内に起きないとキスするよ」

「にゃっ!?お、起きた起きた起きたっ!」

「ふふ、残念。」

ガバリと飛び起きて僕から距離を取った英二の額には、くっきりと制服の皺がついていて、警戒する英二をよそにクスクス笑ってしまった。

口を押さえながら笑う僕を真っ赤な顔でじっと見てくる猫。
手を伸ばして赤茶の髪よりもっと赤い頬に触れたら、ビクッと肩を揺らした後へなへなと机に沈み込んじゃって。

「不二ぃ、その顔反則ー…」

「どの顔?」

「めっちゃキレー。ずっるいにゃぁ…怒れないじゃん」

「あれ、怒るポイントなんてあった?僕起こしてあげただけだよね?」

「ち、ちゅーする、って言った…っ」

赤かった顔を、ぷしゅーっと煙でも出ちゃいそうなくらい、もっと赤く染めながらボソッと落とされた主張。
可愛いなぁ…どこまで可愛さを追求するんだろう。本当に僕や手塚達と同い年なのか疑いたくなるよね。

皆がいる所では言うなとか、恥ずかしいとか、そんな小声の主張を繰り返す英二から黒板へチラッと目を向けると、当たり前だけどさっきより進んでいて。

(けど後で誰かに見せてもらえば大丈夫そうだよね)

周りを見れば真面目にノートを取っているクラスメート達。
この分なら大丈夫。きっとね。
よし、と一人で納得してから挙手を。

「すいません。少し頭が痛いので保健室に行ってもいいですか?」

「お。大丈夫か?早く行ってこい」

「はい。…英二、付き添い頼んでもいい?」

「まっかせとけ!大丈夫?」

心配そうに眉を下げた英二へ曖昧に微笑んで、席を立ち後ろの扉から教室を出る。
後から出た英二が扉を閉めたのを横目で確認して、ポケットに入れられそうになった手を掴み静かな廊下を進んだ。

「ふ、不二、手…っ」

「駄目?」

「ダメじゃ、ないけど…っ」

「じゃあいいよね。静かだなぁ…英二、しー、だよ?」

「んにゃ?」

不思議そうに首を傾げた英二に笑いかけ、グッと手を引き階段の影に引き込んだ。
ビックリしてる英二を階段下の狭い空間の壁に押し当てて、纏めた両手を頭の上で固定。

何か文句を紡ぐ前に、開きかけたその口を僕ので塞いだ。

「〜〜っ!」

音にならない抗議が流れ込んでくるけど、知らないふり気付かないふり。
逃げる舌を絡め取って薄目を開けたら、さっきよりずっと赤い頬と固く瞑られた目蓋が見えた。

「、は…英二、まだ慣れないの?」

「い、いきなり何す…っ」

「しー。駄目だよ大声出したら。人が来ちゃうよ?」

少し艶めいた唇に人差し指を当てると、わたわたしながら目を泳がせて。

「ふ、不二頭痛いって、」

しっかりボリュームを落とした当然の咎めにクスッと笑う。

「至って健康だよ。嘘も方便って言うだろ?」

「! 嘘つきは泥棒のはじまりなんだぞっ」

「仕方無いよ英二が可愛かったのが悪い」

「かっ可愛くな…っ」

大きな目を更に大きく見開いて、心底恥ずかしそうに否定されたけど…

(それが可愛いって分からないのかなぁ?)

普段猫みたいににゃーにゃー言ってるくせに、照れると途端に語尾を忘れちゃうところとか、
真っ赤な顔してどもるところとか、
何だかんだ言いながら抱きしめてる腕の中から動かないところ、とか。

「やっぱり英二が一番可愛いよ」

「だからっ!俺は可愛くな…」

「しー。静かにってさっきも言ったよね?見られてもいいなら構わないけど」

「〜〜っ、不二のばか…っ」

じわじわと潤んでいく目元にキスをして、短く息を詰めた唇にもまた。
今度は抵抗も文句も何も無かったから、纏めていた手首を離し、ちゃんと抱きしめて歯列をなぞる。

英二とこういうことをするようになって暫く。
クラスメートや部員には秘密。僕と英二だけの秘め事。
だから、こんなに必死でこんなに赤面する英二を見るのは僕だけの特権なんだ。

熱くなり始めた頬を包んだ。
親指の腹でゆっくり撫でながら、絡めていた舌を逃がして口を離すと、細くて弛んだ一本の糸が僕達を繋ぐ。
肩で息をする英二に気付かれないようそれを噛み切って、僕より少しだけ上背のある脱力した身体をぎゅっと強く抱いた。

「ふじ、くるし…」

「キスとどっちが苦しい?」

「両方…両方ギュッてする、」

「へぇ。でもキスの時はそんなに強く抱いてないよ?」

英二の答えなんて分かり切ってるけど、英二の口から聞きたくて。
案の定、か細い声で「心臓が」と呟いたから嬉しくてもっと強く抱きしめた。

「ふふ、英二なんて僕に窒息しちゃえばいいんだ」

「やだよ、苦しいじゃんかぁ」

「嫌?」

「…やじゃない、かも…」

「あはは、意志弱いなぁ」

回された腕がぎゅっと締まった。
それだけの事が嬉しさと愛しさに拍車をかけて、耳元で何度も何度も繰り返し好きを紡いだ。

僕と英二の秘め事。

誰にも教えてあげない。
普段も可愛いけど、それよりもっとこんなに可愛い一面があること。
僕にしか見せない顔があること。
微かに震えながら僕と同じ言葉を紡ぐこと。

全部、内緒だよ?




(このまま授業サボっちゃおうか)
(賛成賛成っ!数学とかホントむりぃ)
(解ってないなぁ。終わるまでこのままって事だよ?)
(へぁ?)
(時間はたっぷりあるから。覚悟してね?)


fin.


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