短編 | ナノ
 イデアが監督生を避けていた理由





突然連れてこられた異世界。
身寄りがないので全寮制のNRCに身を置くことになった監督生はこの世界の人達の常人離れした美しさに戦いていた

美しさの権化とばかりのヴィル、美少年のエペルにリドル、男の中に煌びやかさを持つレオナ、入学してからずっと一緒に居てくれるエースもデュースも引くほど顔がいい
美の暴力に晒され続けている


そんな頃、もう授業は全て終わり放課後も過ぎオンボロ寮に帰ってきたので晩御飯を作ろうとしていたらグリムのツナ缶が切れていたのでお財布だけを持ってオンボロ寮を出るともう日暮れが早い時期になったのか外は暗がりだった

購買が開いてますように、とだけ願いつつ明かりが着いた廊下を歩いていると前から見た事が無い生徒がとぼとぼと携帯を弄りながら歩いてきた

まず目を惹かれたのは暗がりを照らしているのは壁のランプでは無く彼自身の髪が青々と緩く煌めき明かりを放っていた事

向こうは携帯を弄っている為こちらに気付いていないがお互いゆっくり歩き近づきすれ違いざまに彼の顔を見た時、思わず見惚れてしまった

白い陶器のような肌に濃い切れ長の目は青いまつ毛の下に蜂蜜色の瞳を隠している、高い鼻が顔に影を作りブルーの唇は不機嫌そうに下を向いているが品のいい顔立ちが何故か明かりを纏う長い髪によって神秘的な美、神々しいとさえ思わせた
1度見たら忘れられない美しさだ


通りすがりに見すぎたのだろう、彼はこちらに気付くと目を丸く開いて距離をとると何故か苦虫を噛み潰したような顔をして目を逸らし足早に去っていった


それがイデア・シュラウドとのファーストコンタクトである




「私イデア先輩に嫌われてるのかなぁ?」

「シュラウド先輩?監督生何かしたのか?」

「いんや、何も。...挨拶してもものすっごい嫌そうな顔して無視されるし、今日の錬金術の授業なんて話しかけたら「話しかけてこないで」って言われちゃった」

「イデア先輩あんま人と喋ってるイメージ無えっつーか、部屋から出てる事も珍しいからなぁ」


現在エースとデュース、グリムと共に食堂でご飯を食べている最中
あれから何度かイデアと出会う機会があったがイデアは監督生を見るなり有り得ないぐらい嫌な顔してそそくさ逃げ回る始末だ

監督生は何かしてしまったのかとも思ったが思い当たる事なんて無い、あんな綺麗な顔を顰めて拒否されると心が痛むもんだ


「でも錬金術の授業でエースとは普通に喋ってたじゃん」

「んー、まぁ喋ったっつってもほとんど授業内容だけど...」

「お、シュラウド先輩がいるぞ」

「え」


向かいに座るデュースが食堂の入口付近からビクついたイデアとイデアの手を引く弟のオルトを見つけて思わずそちらに目を向ける

イデアが監督生達のテーブルを横切ろうとした時、デュースは監督生のことを気にしてか「シュラウド先輩!こんにちは!」と何故か引き止め挨拶した


「ヒッ、あ、デュース氏...ども...」

「イデア先輩珍しいっすね、今日は食堂すか?」

「オルトに連れられてさ...」


デュースが話しかけたのでエースもイデアに話しかけた
少し戸惑ったがチャンスかと思い監督生はイデアの方を見た


「イデア先輩、こんにちは」

「......拙者はこれで...」


イデアはチラッとだけ監督生を見ると挨拶を返すどころか眉間に皺を寄せ嫌そうな顔をして無視し、オルトを連れてそそくさ去ってしまった

そのシーンを見てしまったエースとデュースは流石に気まずくなってしまう


「監督生、やっぱイデア先輩になんかしたんじゃね?」

「だから何もしてないってば...」


引き攣った笑みを浮かべてエースが茶化すも監督生は不貞腐れた様な顔をしてパックジュースを引っ掴んで飲んだ


食べ終わった食器を返却しようと返却口に行くとちょうど食べ終わった生徒が多かったのか5人ほど並んでいたので大人しく列に並ぶ

返却口の少し離れた横にはイデアがオルトと共にメニューを見てる最中だ
姿勢の悪い彼の横顔は少し不機嫌そうだがそれでも美しかった

ボーッと見とれているとイデアは視線に気づいたのか監督生と目が合った、瞬間、後ろから「危ない!!」と誰かの大きな声が聞こえた



監督生は気付かなかったが返却口のすぐ後ろぐらいにあるテーブル席でふざけていたオクタヴィネル生徒4人はある1つの大きめの瓶詰め薬を「お前がやれ!」「先にお前が!」と押し付け合い結果返却口に並んでいた監督生に瓶が当たり割れ


__監督生はその場から煙のように消えてしまった


その事に問題を起こしたオクタヴィネル生徒4人は青ざめて、冷や汗を掻きながら「ど、どうしよう」と言い合い「お前のせいだろ」と擦り付けあっている

周りは何があったかよく見てなかった生徒ばかりの中いの一番にオクタヴィネル生に詰め寄ったのはイデアだった


「今、監督生にかかった薬、あれ何」

「いや、俺ら本当悪気とか無くて...お前のせいだろ!」

「いやお前が俺の腕殴ったから瓶が飛んだんだろ!」

「何って聞いてるんだけど先に答えて」


イデアは180超えの身長で質問に答えないオクタヴィネル生を見下ろして無意識に出た低い声と蜂蜜色なんて可愛いもんじゃない獲物を見るような猛禽類の瞳にオクタヴィネル生は小さく縮こまり今から死刑台に行くような顔つきで答える



「時間旅行薬...って言われてる奴、で、す」


イデアは顔を有り得ないぐらい顰めて肺にある酸素を全て出し切るぐらい大きなため息を出した


「君らが入手出来ると思わないから、どうせ違法に入手したんだろ効果時間や安全性は?」

「そ、それが分からな、くて...だから先にやってみろって、押し付けあってたら...か、監督生に...」


イデアはもう言葉が出ずに目の前で縮こまる生徒をゴミを見る様に見た後、クルーウェルを筆頭とした教師とオクタヴィネル寮長のアズールに素早く連絡し、僅かに残っている床に散らばる瓶の破片や液体を踏まないように現場保存に徹していた

その光景を口を開けて見ていたのはエースとデュース
オクタヴィネル生への怒りより先に、先程監督生を無視していたイデアと今監督生がいなくなった後に見るイデアが別人の様に態度が違うので訳が分からなっていた


「おいデュース、イデア先輩って監督生の事嫌ってたんじゃ無かったのか?」

「確かにさっきと全然違うな...なんて言うか今は...」

「めちゃくちゃ監督生の事心配してるって感じだな」

「おう...」







監督生は瞬きを何度も繰り返して自分の頬っぺたを抓った、痛い。では夢では無い


「...へ?」


やっとでた素っ頓狂な声も仕方ない
先程まで学園の食堂に居たはずなのに、一瞬目の前が真っ暗になり明るくなったと思ったら見た事の無い広い部屋に居たからだ

広い部屋にはダブルベッド以上に大きいベッド、ベッドシーツは交換したてなのかホテルのベッド並にシワひとつ無く張られている

部屋には他に大きなクローゼット、横長の机がありそれ以外の壁には全て床から天井まで高さがある本棚が並んでおり本棚の中はぎっしり大量の本が詰まっており圧巻だ


学園の誰かの部屋に飛ばされたのか?と疑問に思っていると後ろの扉が開く音がして振り返った


「だっ、だれ...!」


扉に目をやると扉を開けた本人が驚いて声をあげたがそれ以上に監督生が驚き声を失った



「へ、え...い、イデア、先輩...?」

「そう、だけど、どど泥棒!?」

「えっあっ、ちが!違います!」



数秒黙った後にやっと声を出した監督生は目の前の現状が理解出来なかった

扉を開けて顔を出したのは見間違える事の無い、1度見たら忘れない青く揺らめく炎の髪を持った、少年だった
色白で蜂蜜色の瞳は大きくてくりくりに開かれ
ているが目の下にはほんのりクマがある
ブルーの唇も全て、イデア・シュラウドの特徴と合致して思わず名前を言えば本人は肯定した

では目の前の眉を八の字に曲げて怯える少年、小学生ぐらいだろうか、彼はイデア・シュラウドだ、意味がわからない



「あ、えっと、私はユウって言います。泥棒じゃないです」

「どうやって入ったの...」

「それが分からなくて...気付いたらここに」


監督生は両手を上げて無害です。とアピールしながら未だに警戒心丸出しで警報を押そうとしているイデアと目線を合わせるようにしゃがみ込むとイデアは「ヒッ、」と小さく悲鳴をあげた


「えっと、悪い人じゃないです。寧ろ困ってます」

「信じろと...?」

「そうですよね...あ、魔力が無いので傷付けたりもしないですし、出来ないです。勿論危ない物も持ってません」


幼いイデアはじとっと監督生を睨むと「ほんとだ、」と小さく声を漏らした
どうやったかは分からないが監督生の体内に魔力が無いことを確認したのだろう


「質問してもいいでしょうか?」

「エッ、僕がしたいんだけど...」

「イデアさんは今いくつでしょうか?」

「...8歳」

「ハッ...!?.......ここはどこでしょうか?」

「??僕の家...なんで僕が答えてるの?」


監督生は頭を抱えた
つまりここは10年前の嘆きの島にあるイデアの家
何故か分からないがタイムスリップという奴だろうか、相変わらずの巻き込まれ体質に胃が痛い

が、監督生は目の前で少しだけ落ち着いたのか変な生物を見るような目で見てくる8歳のイデアが可愛らしく、普段では怪訝そうな顔で無視され逃げ回られている事も相まって何とも言えない好奇心というか少し興奮、いやこれ以上考えると犯罪者予備軍になりそうなので考えないでおこう


「イデアさん、お父さんかお母さんは居ますか?」

「...明日帰ってくる、はず」


困った、この状況を説明して大人に助けて貰おうと思ったが明日にならないと帰ってこないらしい
監督生はしょぼんと眉を下げて狼狽えるとイデアは少しだけ警戒心が薄れたのか部屋の扉は開けたまま少しだけ近づく


「ど、どうしたの...?」

「私ね、帰る所が無いの...」

「家が無いの?」

「家、かぁ...うーん、家も無いって感じかな」

「...?」

「あぁ、難しいですよね、ごめんね」


監督生はごめんね、と笑っていたがその笑顔は自虐的ななんだか悲しみを帯びた顔で笑うのでイデアはなんだか自分が悲しませてしまったかの様に思った


「明日、僕の親が帰ってきたら解決する?」

「お話できたら何とかなるかも、ですね」

「......じゃあ今日だけ泊めてあげる」

「えっ」


今のイデアを知っている監督生は目の前の小さなイデアが別人のように感じた
監督生が知っているイデアは引きこもりでコミュ障で監督生を見ると嫌な顔する人だ
だが目の前のイデアは何故か見知らぬ監督生を助けようとしてくれているのが分かる

監督生は知らないのだ、幼少期のイデアは外に出る事に夢を持っていたしヒーローに憧れている頭のいい少年である事を


「じゃあ、助けて貰おう、かな」

「!う、うん」


少し考えたが今監督生が頼れるのは目の前の幼きイデアだけだし、イデアの親だけなのだ
小さな子に助けられるのに少し照れて笑うとイデアは興奮気味に返事してくれた

イデアは扉を閉めて警報機に蓋をして閉じると監督生に「この部屋から出ないで」と言った
その事に疑問符を浮かべる


「知らない人がこの家に居るの見つかっちゃったら多分ユウは追い出されちゃうから」

「確かに...あ、そうだ。イデアさん、私だから良かったですけど、知らない人にお母さんかお父さんが居るか聞かれたら嘘でも居るって答えるんですよ」

「?どうして?」

「悪い人がいるからです!なので他の人に聞かれたら「居るけど今手が離せない」って答えるんですよ」

「わ、わかった」


幼いイデアは今より1億倍順応で可愛らしい
丸い顔の輪郭に少し頬に赤みをさして時折目を見て話してくれる
なんだか嬉しくなって監督生はイデアとベッドに腰掛けて幼いイデアを可愛がった


「ユウはどこから来たの?」

「そうですねぇ、うんと遠くから来ました」

「どうして僕の名前知ってるの?」

「あー、...えっと...えーっと...イデアさんって賢そうな名前かなぁ......って...」


苦しい言い訳だが変に未来から来た!なんて言ってしまえば現在を変えてしまうと何かの本で見た事がある
だから現在関わっている人達や世界を変えてしまわないようにイデアには秘密にしておこうと思ったのだ

対するイデアはその言葉をそのまま受け取り照れて無意識に量を増して燃える自身の髪の毛をギュッと握った


「ユウはどうして僕のことイデアさんって呼ぶの?」

「ダメでしたか?」

「ユウは僕より年上でしょ?」

「そうですね、じゃあイデアくん、かな?」


夜も深け眠そうなイデアは睡魔に負けるギリギリまで監督生を質問攻めにした
イデアくん、と呼ばれたことに満足したのかイデアは少し笑うと遂に睡魔に負けて監督生の腕にもたれかかって眠ってしまう

監督生は小さなイデアが可愛くて小さな体を横抱きにしベッドの中に入れて布団をかけるとスヤスヤ眠るイデアを愛おしそうに頭を軽く撫でるとニヤニヤ頬が緩んでいくのが分かる
懐いてくれているのが、沢山話してくれるのが嬉しくて
それと同時にこんなに可愛いイデアがあと10年経ったら監督生に対する視線は180度変わってしまうのか、と悲しくもなった



「起きて、起きて、ユウ」

「ん...」


いつの間にか眠っていた、寝て起きたら元の世界に、なんてことも無く監督生は昨日眠るイデアを見つめていたら自身も眠ってしまったのだろう
ベッドの際に上半身だけ寝かしたままの姿勢で目を開けると8歳の幼く可愛らしいイデアが監督生の顔を覗き込むようにして肩を揺らし起こしていた

ようやっと覚醒した頭で10年前の世界に飛ばされた昨日を思い出して姿勢を戻してベッドに腰掛ける
変な体勢で寝たせいか少し腰や肩がが痛い、下半身も変な感じだ


「お父さんとお母さんが帰ってきたと思う。ユウは話したいんでしょ?」

「あ、うん。ありがとう、イデアくん」


眠い目を擦って監督生より先に起きていたイデアに手を引かれて初めてこの部屋から出るとどこかヨーロッパの貴族家を思わせる屋敷の作りと広さに驚いた

「こっち」とイデアに手を引かれて屋敷の廊下ではなく隠し通路みたいな変な道を案内され両開きの大きな扉の前に案内された
イデア曰く両親は今この中に居るという


「案内してくれてありがとう。...あ、イデアくん、おはよう」

「ピッ...お、おはよ、う」


可愛らしい小さなイデアの頭を屈んで撫でて朝の挨拶がまだだった事に気付いて伝えるとイデアは顔を真っ赤にして俯いて答えてくれた
これもまた可愛い
監督生は自分の中の変な扉を開けないように必死だ

少し緊張しながら大きな扉をノックすると扉は待ってました、と言わんばかりに何故か独りでに開いた

中には絵画でしか見た事ないような食卓用長机があり席にイデアの両親が笑みを浮かべてこちらを見ている


「あ、あの、怪しい者ではありません。ユウと申します。訳あって助けて欲しいのですが...」

「話を聞こう、そこに座って」

「失礼します...」


何故か屋敷に不審者が居るにも関わらず悠々とした態度で出迎えてくれたイデアの両親はイデアを席から外した後に話を聞いてくれた

「イデアさんには言わないで欲しいのですが」と前置きを置いて自分が10年後のNRCから来た事を伝えるとイデアの両親は疑うこと無く頷いて「昨今話題になっている研究中の時間旅行薬が進化した形かもしれない」とすぐに答えを導き出してくれた
流石天才家族だと思わせるほど

しかし時間旅行薬が所謂タイムスリップとされているが今監督生がいる10年前ではまだ研究が進んでおらず、学生が手に入れるにしては10年先でも有り得ないぐらいの価値がある物だと言われ落胆した

つまり監督生が巻き込まれた薬の持続時間が分からないという事だ
幸い五体満足でタイムスリップに成功している点では安全性はあると言われた
こちらに居る間も元の時間軸に帰る瞬間も四肢が弾け飛んだりはしないと言うことだ


「今から10年しか経っていない技術では永遠にこちらに居ることも無いだろう。調べはするが明日や1週間、それぐらいには元の世界軸に帰っているだろう」


と結論付けられた
元より世界を超えてこのツイステッドワンダーランドに来た身、今更タイムスリップも驚くべき事ではあるが絶望はしない
なんなら普段嫌われているイデア先輩が自分を可愛がってくれていると楽観的な監督生はイデアの両親にだけ10年後にイデア先輩がNRCに入学してるんですよ、寮長もやっててカッコイイんです。なんて笑って世間話をしていた

するとシュラウド家は何を思ったのか「帰れるまでの間イデアの面倒を頼みます」なんて言ってきたのだ

流石に監督生は首を横に振ろうとした、が、普段あの美しい顔を顰めて無視を決め込むイデアに少しは一矢報いたいなんて好奇心が出てきてしまったのだろう
昨日の夜から目を輝かせる幼きイデアが可愛いという欲望に負けて監督生は恐る恐る首を縦に振った






「イデアくん、オルトくん、そろそろお昼の時間ですよー」

「ユウ!」

「ユウさん!」


気付いたらタイムスリップしてイデアのお屋敷に厄介になって1週間が経っていた

いつ帰れるか分からない中シュラウド家が出した結論は「帰れるまで面倒を見よう、その代わり2人と遊んでやってくれ」と微笑むだけだった

監督生は最初の3日までは目を開けたら元の世界に戻っていますように、と願って不安の中眠りについたが4日、5日と経つ内に監督生に心を許したイデアとオルトが懐いてくれるのが嬉しくて可愛くて仕方がなく甘やかして手懐けていた
流石猛獣使いと言われる訳だ、図太い精神の持ち主だ

イデアは幼く丸い輪郭に頬っぺたを少し赤く染めて外から来た監督生に興味津々だし、オルトはイデアよりふにゃふにゃの頬っぺたを下げて“兄と自分だけ”の世界に監督生を招き入れた


タイムスリップしてからこの幼き兄弟の知識の豊かさと柔軟さに驚かされてばかりで全く着いていけなかった。説明されても何を言ってるのか理解出来ない程
そんな中監督生は唯一研究や勉強ばかりの兄弟に勝つ事が出来たのはゲームだった

まだ10歳にも満たいない子供2人なのだ、そりゃコントローラーを握る手の稼働範囲やゲームの理解度には差が着く



きっかけは些細な事だった
イデアの頭脳の天才的閃きにオルトは凄いと食いつき、この兄弟は放っておくと研究や勉学に励むばかりで食事や睡眠をろくに取らない

ハウスキーパー達はシュラウド家に意義を申し立てることも許されないので白羽の矢が立ったのが監督生だった

初めは研究に勤しむイデアとオルトに声をかけるも2人は「後で!」と無邪気な子供の声を出す、そりゃそうだ子供なんだから

でも「後で」は1時間後かもしれないし2日後かも知れない
監督生が頑張って捻り出した解決策は「このゲームで勝ったら好きにしていい」と2人が食いつくような家庭用ゲーム機を持ち出したのだ

研究や勉強ばかりの子供に突然オンライン対戦ゲームを高校生の監督生が申し込んだら勝ち負けなんて決まっている

いつの間にかイデアとオルトの面倒を見る様に言われた監督生はこの兄弟に時間通りの食事と決まった睡眠時間を与えることに成功していたのだ



「こら、イデアくん。もう寝る時間でしょ」

「ん、このステージをクリアしたらユウに勝てるんだ」

「だーめ、ズルはいけませんよ。オルトくんはもう寝てるんだから」



負けず嫌いのイデアは監督生が見てないと思ったのか研究や勉強が終わった後にも夜中にゲームを楽しむようになった

イデアの小さい手からコントローラーを奪うとイデアは口をへの字に曲げて不貞腐れた顔で監督生を見る
可愛らしい反抗だ


「まだ眠くない?」

「ユウにこのゲームで勝つまで寝ない」

「強情ねぇ...じゃあ少しだけ私の横で話を聞いてくれる?」

「ユウの話?...聞く!」

「こっちにおいで」


可愛らしいふわふわのイデアは監督生に催されるまま大きなベッドに入り込む
監督生は小さなイデアの頭を慈しむ様に撫でながら語り口調で寝かしつける為に適当な話を聞かせる


「今から少し先の事、見目麗しい男の子が居ました。男の子は頭が良くて見た目も相まって1つのヒエラルキーの頂点に立ちました。でも彼は頭が良すぎた為に余計な事も考えてしまうのです」

「余計な事?」

「そうだなぁ、相手を思いやる心が強すぎて臆病になっちゃったんです」

「でも1番上なんでしょ?」

「うん。彼は周りが認めざる負えない天才だったから。周りは彼以外を王様として認めなかったの。でもね、賢くて、周りも見ていて彼は充分に王様なの。本人だけが王様を嫌がるのよ」

「王様を嫌がるの?」

「彼は天才だから王様になる責任感や面倒事が全て分かってしまっているの。だから嫌だったんだろうねぇ...でもね、私はその王様が好きなの」

「ユウはその王様が好きなんだ」

「だってカッコイイでしょ?自分より下の者を考えながらも新たな切り口で自国を良くする王様。いくら嫌だって言っても周りが認めてしまうほどの天才なんてそう居ないわ...あ、ここに居たわね、可愛い王様が」

「ンギ、」


監督生は適当な話を語りながらイデアの眉間を人差し指でグリグリと押してやるとイデアは何とも言えない声を出してギザギザの歯をグッと食いしばり顔や頭を触ってくる監督生を受け入れる
他に触ってくる人なんて居ないからイデアにとって監督生が特別なのだ



「ほら、可愛い王様、もうお眠の時間よ」



監督生は他の誰も触りたがらないイデアの燃える髪を緩く何度も撫で付けてイデアが眠るまでベッドの横に居た


そんな監督生にイデアはすっかり心を許してしまっているのだ

監督生は自身の部屋が用意されているにも関わらず強情なイデアに付き合って同じベッドで眠る事が多くなった

いつの間にかイデアとオルトを可愛がっている内に10年前の世界に来て1ヶ月が過ぎてしまったが何とも言えない平穏さが未だに帰れない監督生の心を保っていたのだろう

今から10年も後の薬なのだ、それも違法に入手したもの
そんな物の効果持続時間が正確に分からないのだろう
1週間を過ぎた頃にきちんと調べてくれているシュラウド家は「すまないね」と言ってくれたが謝るべきはオクタヴィネル生だし厄介になっている監督生は寧ろ頭を下げて感謝した



そんなある日、研究を終えた兄弟のうちオルトが先に自室に帰り眠ったと思えば夜中に監督生の部屋の扉を少し開けて自分の枕を握りしめ下を向いたイデアが気まづそうに訪ねてきたのだ


「どうしたの?イデアくん」

「...」

「嫌な夢でも見たのかな?」

「...見てない」

「眠れないのかな?」

「...ん」

「奇遇ね、私も眠れないの。イデアくんが良かったら一緒に寝てくれないかな?私のベッドはイデアくんのより少し狭いけど」

「ん!」



なんて可愛らしいのだろう、いつの間にか一緒に寝る事が多くなったから1人寝が少しだけ寂しくなってしまったイデアが監督生の部屋を訪ねて来たのだ
小さな男の子はどれ程の勇気を持って来てくれたのだろう

監督生は嬉々としてイデアを招き入れイデアのベッドよりも随分小さな自室のベッドでくっつく様にして身を寄せ合った

小さなイデアは暖かい、何よりも褒めたり撫でたりすると髪の毛が桃色に染まり熱を持つ
本人は酷く気にしているが感情が髪に出るなんて可愛らしい事この上ない、と監督生はひたすらにイデアを甘やかした


「イデアくんは綺麗な髪ねぇ」

「...、皆、気味悪がる」

「そう?私は好き。ふわふわしてて、周りを照らす光だもの。それにたまに暖かいのがもっと好き」



ゆるゆる髪を撫でているとイデアは返事はしなかったが真っ赤な顔を監督生の腕の中に沈めて隠している



「ユウ、どこにも行かないで...」



聞こえないぐらい小さく呟くイデアの声は静かな部屋では反響して聞こえた



「うん、そばにいるね」



監督生は可愛いイデアの頭を撫でながら先にイデアが寝たのを確認してから眠りについた








目が覚めると1ヶ月間見ていたシュラウド家の天井では無かった

NRCの保健室で目が覚めたのだ
ゆっくり瞬きをしてからこの景色が夢なのか、さっきまでのが夢だったのか分からなくなる

ゆっくり身を捩って周りを見ると見慣れた青い炎がそこに居て監督生は夢現の中ほっとしてその炎を撫でた



「おはよ、イデアくん」

「...ッ!」


寝ぼけたままの目がだんだん覚醒して来て撫でている頭が昨日の夜よりもなんだか大きく感じた所で監督生はようやっと現実に引き戻された

頭を撫でていた相手は18歳のイデアであり、撫でられてたにも関わらずイデアは全ての歯車が噛み合ったみたいな顔をして唇をかみ締めている

そして18歳のイデアが居るということは元の世界軸に戻って来たのだと自覚した



「あ、え?あ、...ごめんなさい!えっと、その、」

「ご、ごめっ、ユウ」

「え!?なんでイデアく、...さん泣いてるんですか!え!?」



正気に戻った監督生が手を引っ込めて嫌われているイデアに無礼をしたと思い謝ると何故かそれ以上に悲しい顔をして目に涙を貯めたイデアが謝ってきた

そりゃ初対面から嫌な顔され無視を決め込まれ「話しかけるな」なんて言われたが18歳の男の子が泣きながら謝る内容でも無いだろう、と

狼狽える監督生と今にも雫を落とす勢いのイデア、先陣を切ったのがイデアだった



「ぼ、僕、幼い頃に...好きな子、が居たんだ、」

「えっ、は、はい。」

「...その子とずっと一緒に居たし、そ、その子は「そばに居る」って約束してくれたんだ」


婚約者の話でも聞かされているのかと思うと同時に先程まで一緒に居た幼いイデアがチラつくのは何故だろう、きっと勘違いではない、はず

保健室のベッドで横になる監督生の手を控えめにギュッと握ったイデアはついに涙を零した
本当は今すぐ袖で拭いたいが全て理解してしまったイデアはそれ以上に目の前の監督生に謝罪と気持ちを伝えるので精一杯になってしまっている


「その子、約束してくれた日に...目を覚ますと居なくなってたんだ。まるで初めから居なかったみたいに」


ズビッと鼻水を啜るイデア
綺麗な顔がグシャッと悲しみと後悔で満ち溢れている
監督生はろくな返事も出来ずに話を聞くしか出来なかった
心臓が少し早く音を立てて鳴っている


「う、裏切られた、と思って、っす、捨てられたと思って...僕、人が怖くなった、...だから初めて会った時、ユウが、僕の記憶のユウと似てたからこ、怖くて...避けて、無視して、酷い事言った...」


イデアは監督生の手を握って自分の目から零れる涙も垂れ流す鼻水も無視して悔しそうにして必死に言葉を紡ぐばかり

そこで監督生はやっと理解した


初めて会った時、何故苦虫を噛み潰したような顔をして避けたのか、何故いつも嫌な顔して挨拶も返してくれないのか、「話しかけてこないで」なんて拒否されたのか


きっと酷く懐いてくれていた8歳のイデアはあの日、「どこにも行かないで」と約束して眠って起きたら監督生は居なくなっていたのだろう

それからどんな絶望に見舞われただろう、家族は「未来に帰った」なんて現在を揺るがしかねない真実を伝えられずに、どれ程裏切られたと惨めな少年時代を過ごしたんだろう

10年という月日を彼はどんな思いで監督生を思っていたのだろう



「おはよう、イデアくん。...そばに来ましたよ、お待たせして、ごめんなさい」



監督生は握られていた手を握り返して今も昔も変わらない青く煌めく炎を愛おしそうに見つめて言葉を振り絞った、今は目の前で泣くイデアが18歳だろうと子供に優しく言い聞かすように優しい声で囁いた

イデアはそれが決定打になりベッドで横になる監督生を思わず抱きしめてしまった
普段は人に触れることさえしないイデアだが、10年の月日と後悔と懺悔と愛おしさで衝動に駆られてしまったのだ




その後、原因となった時間旅行薬はオクタヴィネル生が違法に入手した完成薬では無い為、監督生は10年前の時間に1ヶ月間滞在していたがこちらの世界ではたったの1日だった

効果についても正規の時間旅行薬と違い“今気になっている人の10年前に遡れる”といった少し変わった薬である事はこの後知らされる





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