2.眠る君に秘密の愛を


 エクラからの任務も無事に終わり、就寝までの時間を持て余していた僕は、通い慣れた書庫から幾つかの書物を自分に充てがわれている部屋まで拝借した。

 先ずは一冊手に取り、ページを捲る。幸い自分の知る文字で書かれたそれは、中々興味深い内容が連なっていてすぐに意識が引き込まれる。

 本は好きだ。軍師としての知識を得るための戦術書を始め、魔道書や歴史書、娯楽の為の軽い読み物まで、種類を問わず読むのが楽しい。

 この時間を満喫している今の自分は、多分唇に淡く弧を描き、顔には笑みを浮かべているのだろう。視線と指を滑らせながら紙に書かれた文字を追う。

 静かに流れる時間の中で、不意に何かを軽く叩く音がする。

「ルフレ、いるか?」

 捕らわれていた意識を浮上し、辺りを見回すと扉の向こうから聞こえるのは、在室の確認の音と良く知る人物の声。

「待たせたね、クロム」

 部屋のドアを開け、招き入れる。 机の上の本の山を片付けてお茶でも入れようとしたら、やんわりと断られた。うん、解せない。お茶くらいなら入れられると思う。料理じゃないなら鋼の味もしないって……多分。まあ仕方ないから、本来の用件を聞く事にした。

「随分難しい顔をして、どうしたんだい?」

 今度はどんな相談事かと、気を引き締めて臨む。先日読んだばかりの戦術書が役に立てればいいなと考えながら。


「……つまり、それって」

 ーー結論から言うと、読んだ物は全く役に立たなかった。想定外の事で頭の中は真っ白になり、肝心の相手の名を聞きそびれてしまう。  クロムの口から語られた内容は、所謂恋の悩みの類い。僕自身が経験豊富ならともかく、人にアドバイス出来る程じゃない。

「耳にした限りの感想を言えば、君はその人の事を気に入っていて、何だか放っておけない。寧ろ好意を抱いているからこそ、その行動に苛立ちを感じている時も有ると。少なくとも僕にはそう聞こえたよ」
 
 うーむと、クロムは真剣な顔して考え込む。考え込みたいのは寧ろ僕の方だよと、心の中で一人愚痴る。そして、何故かクロムの気になる相手が彼で無ければと、そんな考えが頭をよぎった。

「取り敢えず、君がさり気なく様子を見ていたら? そうすれば、いざという時に対応可能だし」

 無難な意見しか言えなかったが、分かったとクロムが立ち上がり礼を述べると幾分すっきりとした表情になって帰っていたので、今回も役に立てて良かったと胸を撫で下ろす。

 慣れない相談事に疲れたのか、大きな欠伸を一つすると僕は早々にベッドに潜り込む。

「でも、クロムの気になる相手って誰だったんだろう……?」

 うつらうつらと微睡みながら考える。できれば、クロムの願いが相手に届けば良いと。

 そして同じく眠りの中にいるであろう彼が、今日も安らかにこの日を終われますようにと祈りながら、僕は夢と現実の狭間に揺蕩う意識を手放した。


 件の気になる相手が、召喚されてから一緒に行軍する機会の多いエフラム王子だったとあっさり判明する。その理由は、城内での鍛練と称して良く壁に穴を開けたり物を壊す様な何故か粗忽な振る舞いが有るクロムに、さり気なくという行動は不自然で無理があったから。

 恋愛事には不器用だけど、真っ直ぐで行動力と情熱のあるクロムにこれから翻弄されるであろう異世界の王子に合掌し、半身としては成就すればいいなと思いつつ、今日もエクラと言葉を交わす。

「いきなりなんだけど、オススメの恋愛小説とかって有る?」

 以外な僕の発言に驚いたのか、目を丸くするエクラ。降り積もる雪の様に淡く重ねていく、彼に対するこの気持ちをどこか心地良く感じながら、隣で同じ物を見て行けたらと思う。勿論、戦場でも常に誰より頼りにして欲しい。


 今はまだ、自身の胸に掲げた感情の名に気付かない振りをしてーーコイ、ネガウ。

17.05.20
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