トルケスタニカ【孔花幸福至上主義ver】

※既出の【トルケスタニカ】の幸せ師匠バージョンを描きたくて。
そのままでも読める内容ですが、トルケスタニカのほうも見ていただけるとわかりやすいかと思います。
とにかくこちらは甘々です。



トルケスタニカ 【貴方へ花束を】ver





「こ、…孔明さんっ…まだ、ですか」

街道から獣道を登り始めて2時間あまり。
途中で腰を置いて休む場所もなく、ぜえぜえと肩で息をしながら問いかけた。
「あと半分くらい、かな。ほらほら、若いんだから登って登って」
「おじさんくさいです…うう、汗が気持ち悪いぃ…」
制服のスカートの通気性が懐かしい。
こちらに残ることを決めてから、自室の荷物入れに大切に保管してきたそれを思い出してしまう。
何日もかけて向かう事になるからと、こちらの世界の中でも街中で浮かない平均的な衣服で来たはいいが、やはりどの服も女性物は丈が長く通気性が悪い。
初夏の昼間となれば、気温は高くなくともじっとりとした汗がふきでてくる。それも山登りともなれば余計にだ。
「益州の山はまだまだ整備されてない道が多いからね。まだこの辺まで街道をつなげる人員も予算も確保するには難しいからさ。…まぁ僕は群れるつもりもないし、作るつもりもないんだけど」
「うう…私、もしこれからいく場所で何かあっても、1人でこの獣道から戻ることも行くことも出来そうにないです…」
木々の覆い繁る山道は、太陽の光さえあれど水場が少なく方向性もわかりにくい。
道は所々で猪の爪痕があり、嫌な記憶が蘇ってくる。
「君がこの道を1人でどうにかなる事なんてないから大丈夫だよ。ほら、これで熱を冷ましてみな」
「…あ、ちょっと冷んやりします…」
「さっき川で手ぬぐいを浸しておいたんだ。首元にあてて…そう、それで少しはましでしょ」
さり気なく腰に添えられた手が押してくれる。
孔明の表情は変わらないが、首筋からは汗が流れているのに自分を押してくれている。
太ももはパンパンに痛いけど、それだけで足元が軽くなっていく気がした。
「もう少し行くとまた川が流れてるから、そこで休憩しよう」
「はい!」
こちらの世界の人物の言うもう少しの距離の事など知らない花は、元気よく歩き出した。


※※※


途中の川でようやく休憩を挟み、歩く事ーー体感時間にして1時間ほどだった頃だろうか。
背の高い竹林を抜けた先に、ようやく目的地が姿を見せた。さわさわと風に揺れて竹の葉が舞う姿はどこか日本の古い家屋にも似ている。
竹林の中に佇むその家は、かつて孔明が住み、花を見つけた益州の草庵。

「…すごい、綺麗ですね」
「思ったより、でしょ?勉強が出来て人里から離れていれば良かったから随分と質素に見えるだろうからさ。正直に言っていいよ」
まぁ、普段住んでいる場所が特殊なくらい豪華なんだけどね〜と軽く言いながらガタガタと古い木戸を開くと、木材のいい香りがした。
「お、お邪魔します」
「あはは、何言ってるの。もう君の家でもあるんだよ?」
そ、そうか…と改めて思うと、恥ずかしくなってきた。
パタパタと手で顔を仰ぐと、孔明が簾戸が引き上げてくれた。一気に家の中に風が通り、気持ちいい。
「…ここで、師匠は暮らしてたんですね」
長いこと手入れがされていない廃屋を想像していたけれど、御簾は綺麗に張り替えられているし、床の木材も拭きあげたばかりのように綺麗だ。
そういえば、花がこちらに来るまではここに住んでいたのだし、新居へ運ばれてくる手紙の数々もここから運び出されているわけだから、もしかしたら誰か人を雇っていたのかもしれない。

キョロキョロと物珍しげにあたりを見回すと、奥の方に立派な門が見えた。「あれも、入り口ですか?」と聞くと、「そうだよ、まぁ1人だけの時はこっちの裏口しか使わなくてさ」と言われて、違和感に全く気づく様子もなく素直な彼女はそのまま納得して頷いていた。

部屋の数は居住する部屋と、かつては書簡が置かれていた空の棚が並ぶ書室だけ。
「起きて、勉強して日が昇り切る前に庭先の庭を耕し、また勉強。それから採れた野菜を食べて、勉強。雨が降れば一日中この部屋にこもっている事も多かったかな」
「…おじいちゃん…」
ぽそっと心の声が出てしまった。
ビシッと額を小突かれ、思わず額を両手で覆う。
やれやれ、と言いながら孔明は途中の川で汲んでいた水を沸かし、茶器に注ぎ込むと孔明の手が誘導するように花の手を取った。
「疲れを取るには冷たいものより温かいものだよ。ほら、…こっちに来て」
「…う、…はい」
立ち上がり、歩幅を小さく歩いて、座っている師の膝の上へと座る。
(孔明さん、この体勢好きだな…休憩中の膝枕は誰かに見られてもいいのに、この体勢はダメって、何が違うんだろう…)
実を言うと孔明は花がこちらに残ると決めてから、2人きりになると以前のようなツンとした雰囲気で接してくることもあれば、このように花の事を後ろから抱きしめながら座って密着するのがお気に入りだ。
以前なら背中から軽い調子で抱きつかれたり、額にキスなどされた事もあるのに、空気が全く違う事に花は戸惑っていた。
「…花、飲んで」
「…自分で、飲めますから、その」
「駄目だよ。ほら、…飲ませてあげる」
口元に運ばれたそれを、孔明が傾ける。
こぼしてはいけないと口を寄せると、ゆっくりと水分が口の中を潤していった。
空になった器がゆっくりと置かれ、かわりに孔明の指が濡れた花の唇をなぞる。
(……恥ずかしいけど、気持ちいい)
後ろから抱きしめて貰っていると、顔が見えないのが寂しい時もあるが、孔明が甘やかしてくれるのが好きだ。特に、いつ人が来るかわからない執務室や花の自室などでは、孔明はここまで密着したりしない。
完全に2人きりの時を狙って、くつろぐ延長としてこんな風に花を甘やかしてくれる。
それが嬉しかった。
(あ……)
髪をすくったり、優しく頬を撫でていた孔明の指が、ゆっくりと花の顔を後ろにそらせる。
夕陽が室内を照らし、御簾の間から漏れる光の中。

一度目は頬に、それから、耳に。
そして、ーーー少し焦れるように、唇に。
孔明の口づけに、花は嬉しそうに目を閉じた。
体の芯から、幸せなせいだろうか。じわりと、涙がたまる。
「…そんなに幸せそうな顔されたら、僕もとまれなくなるよ…花」
後ろから抱きしめられて座っていた姿勢から、口づけしたまま、床の上に。
いつの間に押し倒されたかも、長い口づけの余韻でわからない。

頭が直接床につかないようにと回された孔明の左手が、耳にかすった事でハッと意識が覚醒した花は真っ赤になって孔明を困った顔で見つめた。
(私、たくさん汗かいたし…きっと髪も全部、ベタベタだし、結婚式が終わるまではって思うし…っ)
どうしたらいいですか、師匠!…という目線を察した孔明が、ぐっと右手で顔を隠すように覆った。
「あの、孔明、さん?」
「いや、うん、…解ってた。解ってたから口づけだけのつもりだったのに、君があんな顔で笑うからーー」
だから、ちょっと待ってて。と言った孔明の耳が赤い。何か口元だけで複雑な単語を声に出すことなく呟く孔明。
(…円周率、みたいな音に聞こえるけどそうじゃないんだろうな…)
押し倒されたままの体勢で、待てをくらった花は静かに待っていた。だが、この師匠がこのようになにかを我慢するように不思議な単語を唱え出すのはこれが初めてではない。
ごく短い時もあれば、お経のように長い時もある。
(あ、師匠の耳ーーちょっと、まだ赤い)
暇を持て余した花が、孔明の耳たぶにちょん、と触れた。
ビクッと体を震わせた孔明の反応に驚き、みるみる真っ赤に染まる耳を、花は(おおお…)と化学反応を見るように見ていた。
「孔明さん、可愛い…」
「ちょ、っと君…何してるの、人がせっかく我慢してるのに」
可愛い、という単語にムスッとした顔を隠しもせず、先程まで赤面していた顔のままで、孔明が再び顔を寄せてきた。唇が触れるか触れないかの距離で、孔明の息が唇にかかる。
「す、すみませーーぁっ」
言い終わるが早いか否か。
先ほどよりも強引に、唇は合わされた。
上唇を舌でなぞるように、全体を啄ばむように唇を味わられている。
息をするタイミングがわからない。肺にある酸素が無くなってしまうたびに苦しそうに唇を離すと、一瞬離れたその場所は僅かな酸素を吸い込むと、すぐに塞がれてしまう。
「…こう、めい、さ…」
角度を変えられて、奥深くまで口内を優しく舐められる度に、花の体は意識せずに揺れてしまう。
「す、き……」
息継ぎの度にぽろぽろと涙がこぼれるのを見て、ようやく孔明の舌がそれを舐めとった。
強引なくらいに、求められていると感じられて、嬉しい。両腕を孔明の背に回し、してくれた事と同じように、拙いなりに応えた。
(…孔明さん、大好き…)

※※※


どのくらいそうしていただろうか。
息継ぎをしながら、触れて、舐めて啄ばむだけの口づけを繰り返すうちに夕陽が陰って室内はだんだんと暗くなっている。
「ん…あの、孔明さん…もうそろそろ、ご飯の支度とか」
「…うん。…ごめん、花。もう少しだけ、こうさせて」
触れ合ったまま動かなくなった孔明の唇から息継ぎのために離れると、名残惜しそうに抱きしめられた。

(この人のものになりたいって、こんなに幸せな気持ちなんだ…)

この先に進むのが、嬉しいのに、勿体ないような。
結婚式の日までは、とお互いに解っていても、その約束がもどかしい。
「…はやく、結婚式挙げたいです」
「…そうだね。と、そうだ、それを取りに来たんだった」
「あっ」
ふと当初の目的を思い出した2人は、くすくすと笑いながら身を起こした。
ちょっと取ってくるから、と空の書室(花への書簡は新居に移動済)へ向かった孔明を見送り、花は部屋の明かりを灯した。


※※※

「よいしょっと、ごめん、その場所あけてくれるかな、花」
「あ、はいっ」
決して広いわけではない部屋は、思った以上に手狭だ。否、書室だけがやけに広いため、こちらの居住空間が極端に狭いのもある。
「はー、重かった。ちゃんとここを離れる前にも手入れしてるから、大丈夫だと思うけど…」
そう言いながら竹で編まれた頑丈そうな籠を開く。
中に入っているのは、白い絹の羽織。
一見すればただの白地に見える生地だが、灯りで照らされた部分には陽の下でしか見えない花々の刺繍が、同じく白の絹糸で施されている。
この時代には皇族が使用するような、とても高価であるということは花にも明らかにわかる品だった。
「うわぁ…綺麗!孔明さんの言ってた、休みを取ってでも自分で取りに行かないといけない大切な物って、これなんですね」
似合いそうです!とニコニコ笑いかける花の鼻を指でつまむと、あきれたように孔明がため息をついた。
「んー、君さ。なんでこれを僕が着るって思うのかなぁ。一応、その時の全財産に限りなく近い代物だよ?これ」
よく見て、と言われて花はまじまじとその仕立てられた衣装にもう一度目をやった。
染めのない、真っ白な羽織かと思っていたが、よく見ると布地が三重になっていて襟の部分などもしっかり織られている。まるで、日本の着物のようなーーとそこまで考えて、はじけるように顔をあげた。
「こ、孔明、さん!これって、もしかして…」
「うん。花嫁衣装。…昔、君に聞いたものを仕立ててあったんだ。…まさか本当に渡せる日が来るなんて、思わなかったけどね」
コホン、と恥ずかしそうに咳払いして孔明が打掛を広げて花の袖に通した。
「……綺麗だ」
しゅるりと衣擦れの音が、静かな部屋に響く。
こちらにきて随分とたつが、基本屋内にいることの多い花の肌は白く、袖を通した姿はとても彼女をひきたてる様に似合っていた。

きっと、ずっと丁寧に手入れされてきたのだろう。絹は虫食いどころか、光沢が失われることなく美しい質感を保っていた。
「…本当に、ありがとうございます、孔明さん」
(亮くん。…本当にありがとう)
衣装を汚さないように我慢してるのに、目の前が涙で滲み出す。
それを指で拭う孔明も、幸せそうに微笑んだ。
「…僕こそ、ありがとう。この世界に残ってくれて、僕のそばにいてくれて。…本当に、お礼を言うのは僕の方こそなんだよ、花」
(…幸せにしてくれて、ありがとう)
じわりと、孔明の目にも涙が滲む。
その涙は、今まで流したどれよりも幸福で、言葉にできない。

「ねぇ、花。僕はもう君に、さよならを言わなくていいんだよね?」

自然と溢れた言葉に応えるように、花が真っ直ぐに瞳を見て微笑んだ。
「…どこにも、行きません。もし、この先なにかで離れることがあっても…孔明さんのそばが、私の居場所って、もう解りましたから」
お互いに、自然に手を伸ばして指を絡める。
触れ合っている部分が溶けていくように、同じ熱さで。
それが心から幸せで、どちらからともなく口づける。
「孔明、さん…」
抱きしめあった時の花の香りが、幸せ過ぎてどうしようもない。抱き合って、口づけの合間に、紡ぎ合う。
「…ちゃんと言ってなかったから、ここで言うよ」
顔が幸せに酔って、ゆるゆるの笑顔で。
それでいて花の目を見る熱はそのままに。



「…結婚、してください」





ーーー僕だけの、花。








貴方は気付いただろうか…これが私の書く孔花の初キスシーンであることを、、、!笑


ちなみに、この後帰る時にしれっと裏口じゃなくて、しっかり道のある表口にちゃっかり迎えを呼んでいて、なんで最初からこっちの道を教えてくれなかったんだと怒られながら2人で馬で帰ります笑

…さてさて、はい、トルケスタニカを書いた時にこれも書こうと思ってました…!!
そして思ったのは、亮くんが花の世界の花嫁さんの服を聞いて、会えないかもしれないのにお金貯めて花嫁衣装作って、手紙書いてる書室とかに飾って毎日手入れしてそう…とかまで想像できてしまい。
ラストの辺は、トルケスタニカの方で出てきた(さよならを言わなくて、いいんだよね?)を幸せバージョンにしてあげたくなったんですよね…
でもラストが何となくまだ気に入っていないので、後日手直しするやもしれません。
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