君は生き、僕は帰るB【完】



今さら、だと言った。
もう、彼も私に執着などないと。実際、彼の女遊びは聞いているし、私だって、もう若くは無い。
彼よりも、歳がいってしまったくらいだ。

『でもねアンジェリーク、一度だけ。もう一度だけ、貴方の名を隠して会うだけでも』

ロザリアの突然の申し出には驚いたが、十年ぶりに見る親友と話せて嬉しかった。
けれど、内容が、オスカーとの見合いだなんて。私は必死にかぶりを振った。

「駄目よ、もう、私だっておばさんになっちゃったし」
『あら、全然変わってないわよ。逆に大人っぽくなってるわよ』
「それに…エドがいるし」
『まだ十五歳でしょう?外見は見えなくても…父親は必要よ』

それが本当の父親なら尚更。ロザリアはこうも付け加えた。
確かに、そうかもしれない。けれど、一度彼を忘れた私。実際は、忘れるなんて出来なかったけれど。
彼は、私の事を忘れているはず。なのに、今さら…。
しぶるアンジェリークに、ロザリアは続けた。今度は、少しばかり…大きな声で。

『あ〜も〜アンジェリーク!!あんたったらいつまでもグチグチいう暇があったら準備しなさい!!私まで遅れ…はしないけれど』

昔の癖で怒鳴ってしまったロザリアを、モニター画面に映る後ろの侍女達が口を開けて見ている。
くすくすとアンジェリークは懐かしさに笑い、
「分かったわ、ロザリア…私、もう一度オスカーに会いたい」
『それでこそ、アンジェリークね』


そうして、現在に至る訳だが。
がちがちと震えは止まらない。あと数分もすれば、部屋の扉を開けて彼が入ってくるのだから。
何故か朝から期限の悪いエド。そして、もじもじと動く私。
アンジェリークは染まる頬をきゅっと両手で覆うと、ふうっと息をついた。

「なぁアンジェ、水でも貰って来ようか?」
「う、うん…て、こら。私はお母さんだってば」
「だって全然お母さんって気がしないからな〜…アンジェで十分」
「ん、んもう〜」

十歳の時はあんなに可愛らしかったエドは、今では思春期のせいか生意気になった。
オスカーとそっくりの外見で言われただけで、これから本当に訪れるオスカーの事を思い返してしまってどきどきする。
席をたって部屋を出て行ったエドの様子を見ながら、アンジェリークは息を吸い込み、その時を、待った。



コンコン。
部屋の扉をノックして扉を開けると、微かに香るロマンスの香り。
一瞬のフラッシュバック。太陽を背にした女性が、ヴェルサイユ調の部屋の真ん中に、テーブルを挟んで座っていた。
(まさか…そんな)
ああだけれど、胸が高鳴る。まさか、そんな。
オスカーは震える足を何とか動かし、女性の前の席まで歩いた。
流れる腰までの金の髪に、華奢な身体。
ふくよかな胸と、大人びた顔。
けれど、見まごうはずがない。
碧の―――碧玉の瞳。
今、しっかりと意志をもったあの瞳が、オスカーを映し出していた。

「…アンジェリーク…?」

声が震えた。けれど、確かに、彼女は頷いた。
歳を取って憂いを帯びた瞳が、穏やかに歪められ、そして、頬を染めた。
ああ、変わっていない…。

「どうして」
「あの、私…その、会いたくて。勝手な事を言ってるって分かってます。でも…どうしても、オスカー様が」
「駄目だ、それ以上言うなアンジェリーク…俺は、君を裏切った。女を抱き、君を忘れようとさえした」

びくん、とアンジェリークの身体が震える。
そして沈黙―――二人だけになった部屋に、お互いの息づかいだけが響く。
と、その時だった。


「こんの馬鹿親父!!」
「だっ!」

扉が開き、急に後ろから蹴り倒されたオスカーが机に突っ伏す。
驚いて振り返ると、そこには先ほどの生意気そうな青年が、いた。

「ば、馬鹿…親父?」
「馬鹿親父で駄目なら放蕩腐れ親父!!やっぱりあんたにアンジェを任せておけない」

そういってアンジェリークを抱きかかえ、部屋から出て行こうとする青年の肩を掴み、オスカーは壁に押し付けた。

「いって!何すん…」
「黙れ」

じっと、青年を見つめる。赤い髪、そして、彼女と俺の瞳を合わせたかのような青緑の瞳。
まさか。そんな訳が…オスカーはさきほどから固まっているアンジェリーク、そっと問い掛けた。

「…俺たちの、子供、か?」

震えていたアンジェリークが、静かに、静かに…頷いた。
そしてもう一度青年を見つめると、青年は嫌そうに顔を背ける。

…俺の、子供?あの、少女だったアンジェリーク、俺に内緒で、生み育てた、子供。

オスカーは嬉しさで一杯になった。
そして…ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
いや、ただの嫉妬といった方が早いかもしれない。


「お前!!俺のアンジェリークを十五年も独り占めしてただと〜〜〜!!??俺の子供であっても、許さん!!」
「んだと!?元はといえば親父がアンジェをほったらかしてたのが悪かったんじゃねーか!!今さら、はいそうですかとアンジェを渡せるもんか!!」

すでにそこに親子の感動のご対面はなかった。
アンジェリークは二人の男の腕の間で、それを聞きながら、ぽかんと口を開けた。

「…アンジェ、俺たちの家に帰ろう」
「アンジェリーク、俺は嫌と言ってもこの馬鹿息子と君を家に連れ帰るからな」

あまりの勢いに押されぎみのアンジェリーク。
歳を取って三十二歳になったが、どこからどうみても少女と見えるアンジェリークに、ホテルの全室に響き渡る声で群がってきた人々の視線が突き刺さる。

「も、もう!!二人とも、や〜め〜て〜〜〜!!」

「「は、はい」」

まるで犬である。
二人とも、急にしゅんとしてホテルのロビーに座り込んだ。
その様子を半分泣きかけのアンジェリークが、じっと見下ろし、携帯電話でロザリアに電話をかける。
コール音が二回ほどなったあと、すぐにロザリアは出た。勿論、全てお見通しといった感じの声で。

『主護聖全員、あんた達の引越しの手伝いを任命したから、好きに使ってやってよ、補佐官』
「ありがとうロザリア。…と、陛下、補佐官の任務、しっかりと勤めさせて頂きます」

話が急展開過ぎるとか、オスカーはもうどうでもよかった。
彼女は、俺のもの。よっしゃ!!の気持ちの方が大きいのである。
皆さん、こんな男に嫁ぐと幸せも絶えませんが苦労も絶えません。




「オスカー様〜これ、こっちでいいんですか〜」
「おいオスカー、ここの壁紙は少しばかり色が華美ではないか」
「…静かな場所へいきたい…」
「ああクラヴィス様、あの、オスカー、お茶はまだでしょうか」
「あ〜ん、これはそっち!ちょっとオスカー、あんたアンジェに鏡の一つも用意しない気じゃないでしょうね!!」

日の曜日、オスカー宅に響く九つ+一の煩い声。
寝室でまだ眠っている妻を起こさないようにそっと起きると、オスカーはシャツに袖を通し、少し違う日常へと出かける。

「おい親父!!俺の部屋がなんでアンジェと一緒じゃねーんだよ!」
「煩い馬鹿息子!アンジェリークは俺のだ!」

どんどんレベルが下がるオスカー、男22歳。
急に年上になって貫禄がついた妻と自分とそう年も変わらない息子に囲まれて、日常を送り出す。


「…愛してるよ、奥さん」

ちゅっと頬にキスして、部屋を出る。満足そうな寝顔にもう一度キスしたくてたまらないが、外野が騒がしい。

「あ〜〜〜倒れる倒れる〜〜〜!!」
「あ〜〜〜!!俺の愛車が!」

真っ赤なポルシェと引き換えに、手に入れた妻のほっぺのちゅ〜。
幸せ、なのだろう、きっと。

きっと、これからも、きっと…。

つーか、絶対に。



終わり




すごい懐かしすぎる。
過去のパソコンって、恐ろしい兵器を生み出せますね。
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