トレゾア/マルリモ/シリアス



いつもこの丘で、彼が来るのを待っている。

ストールを巻き直し、金の髪を揺らしてアンジェリークは走っていた。
まだ、朝日は昇っていない。
暗い夜道で、彼女の走ったあとに、光がキラキラと残る。
銀色の光は妖精の粉の様に、ふわりと夜風に舞って、また何もなかったように暗闇に溶けていく。

「‥また、抜け出してきちゃったの?」

闇の中、ほの光る彼女の足元に落ちる月の光。
丘の上で、アンジェリークよりもさらに薄い金の髪を揺らし、マルセルが微笑んだ。

「そんなに急がなくても、僕はいつもここに来るよ?」

はじめて会った時、アンジェリークはマルセルの事を弟の様に思った。
まだ自分と変わらない背で、笑顔も、本当に可愛らしくてーーー‥。

でも、今はもう、その面影を残しつつ。
その丘に居るのは、見とれる様に美しい青年。
背を追い越し、涙を見せる事もなくなり、すらりと伸びた手足。
マルセルは、ゆっくりと、成長していた。

「‥でも、もうすぐ、だから‥少しでも長くいたいもの」

成長している、という事。
それは、ゆっくりと彼から流れ出るサクリアが、砂時計の様に落ちていくということ。
アンジェリークはマルセルの隣に並び、彼の肩に甘える様に体を寄せた。

触れると、体が冷えていた。
長いこと、待っていてくれたに違いない。
でも、それをおくびにも出さずに、マルセルはにっこりと、笑いかけてくる。

「‥私も、一緒に行きたいな」

「どこへ?」

何処って、知ってるくせに。
じわりと涙が滲みそうになるのを堪え、アンジェリークはつづけた。

「マルセル様の、行きたいところ」

デートの約束をするように、明るい声で言った。
きっと、これが正解だと思うから。

「僕が行きたいのは、うーん、そうだなぁ‥」

だからマルセルも、同じように返した。
行きたい場所より、本当はいたい場所の話をしたい。
永遠って何だっけ。時間の感覚なんて、忘れていた。まだまだ尽きることのない力は、この星に必要なものであり、代わりなんていない。
アンジェリークは、それがつらい。
マルセルの為だけの、女の子になれないことが、つらかった。

「‥でもね、アンジェ。僕、行きたい場所はたくさんあるけど、帰りたい場所はいつもひとつなんだ」

命に限りがあるのならば、それを精一杯生き抜こう。マルセルは失われつつあるサクリアを感じた時に、そう思った。

帰る場所。還る所は、決めている。

「だから、‥君も笑ってよ、アンジェ」

アンジェリークに額をあわせ、ゆっくりと唇をあわせる。
抱きしめようとした腕は、彼女の方からまわされていた。
それに応えるように呼吸の合間に唇を放して、もう一度触れた。

何度目かの夜を迎えてきたか解らない。
ひっそりと密会うのも、これが最後。

「‥マルセル様、私たち、‥ふふ、キスしたの、はじめて」

涙で目をいっぱいにして、アンジェリークは微笑む。マルセルもまた、微笑んでこたえた。

もうすぐ、夜が明ける。
新しい1日が、また始まる。

これまでも、明日からも、触れることのなかった熱をお互いに確認するように唇をあわせた。








聖堂の中に並んだ守護聖の中に、ヴェールをかけた女王が玉座から彼を見つめ、言葉にした。

もう声は震えない。
涙は、再会の時までとっておくって、決めたから。


「緑の守護聖、マルセル。ここに退任を許します。新しい土地、新しい命として、‥幸せに過ごせるよう、見守っています」







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