君は生き、僕は帰るA


アンジェリークは、窓の外の雪を目で追いかけながら、編みかけの手袋を膝においた。
太目の毛糸で編まれたそれは、とても暖かそうで、側でくるくると視線を泳がせている少年が編み棒に手を伸ばす。

「こら、駄目よエド。これは貴方のじゃないんだから」
「え〜…」

不満そうな少年は、歳のわりに背が高く、十歳というより、十五歳程度の印象を受ける。
その少年が頬を膨らませるものだから、アンジェリークはくすくすと笑い声をもらした。

「大丈夫、ちゃんと貴方のも作ってるわ。…ほら、片手しか出来てないけれど」

網掛けのものより小さい手袋を籠から取り出して、アンジェリークは小さな手にそれをはめ込んだ。
暖かそうに目を細め、少年の顔が幸せそうに歪められた。

「ママぁ、これ、僕の?」
「ええ…とっても似合うわ」
「じゃあ、こっちのおっきいのは?」

大きいのは、内緒。そう小さく言うと、アンジェリークはまた窓の外の雪に目をやった。
下界に逃げるようにおりてきて、もう五年。当時十七だった自分は、何時の間にか彼と同じ歳にまでなっていた。
背だって少し伸びたし、化粧だって、腰の細いドレスだって少しは…。

「子供だったのよね…私は」

もしもと考えをはせる。遠い過去の事だと知りつつも、駄目になる。

「いつか…私がもっと大人になって会えたら」

思い出を雪に見るように、積もっていく雪から、アンジェリークは目が離せなかった。
ここに、未だ終わらない想いがあった。


※※※



楽しみなんて無かった。ただ、誘われるままに頷いた。
金の髪に碧の瞳で、自分よりも年上の女性だと聞いた。
どうでも良かった。ただ、一人になるのが嫌だったから。
オスカーはピアスを外すと、唯一捨てられなかった彼女の赤いリボンの上に伏せると、部屋を出た。

『見合い…ですか?』
『うむ。女王陛下からのたっての縁談だ』

上司からの縁談。どうやって断ろうか、問題なく断る方法を頭の隅で考えながらOKを出した。
元々、結婚する気などさらさらない。女王陛下も厄介事を持ち込んでくれたものだ。

「約束の場は下界で。地図は…これよ」

珍しくベールを脱いだ女王陛下は、女王試験の時よりやや大人びた感じに見える。
女王候補時代の少しきつめの眼差しは、ここ数年の激務とともに優しさを感じさせる様になっていた。
オスカーは地図を受け取ると、一礼した。そして、約束の場所であるホテルに部屋を取り、一夜を過ごした。

「たまには下界もいいものだな…少々うるさいが」

走行車の音が聞こえない高さのスウィート。だが、聖地の静かさに比べたら騒がしい以外の何者でもなかった。バスローブ姿になったオスカーは、少しばかり思い出を感じていた。

響く雷鳴。轟く雨雲。姿を消して下界へ女王候補の様子を見に行った時。
友人たちと雨宿りをしていた少女のあの潤んだ瞳を今でもはっきりと思い出せる。
しっかりと俺を見つめたあの瞳を、もっとまじかで見たくて仕方なかった。
息抜きという名の誘いに、彼女が答えてくれた時、どんなに胸が高鳴ったか。ふとした時に見せる俺の話に頬を染める彼女をどれだけ抱きしめたかったか。
側にいられればいいなど、思ったことなかった。身体を繋げることしか、知らなかった。

全て―――アンジェリーク、彼女が教えてくれたんだ。

森の湖。静かな時、急に息づかいの早くなった彼女を覗き込んだとき、息を飲んだ。
白い翼に、意思を持った瞳。思わず見惚れた。一瞬の恍惚。

「私…オスカー様が好きです」

眩暈。手が、胸が震えた。
抱きしめた彼女の細さに、自分の身体を押し付けるように温もりを与えた。
夜の生活。喉の奥から鳴らすような高い声。妖艶な色めいた姿態。
しなやかな四肢に溺れ、朝までお互いの熱を分け合った。
そうして、彼女との生活が半年を迎えた頃、彼女からの突然の別れ。
理由は、俺が彼女へ愛を囁いた事がなかったから。
確かにそうだった。確かに、そう…でも、彼女は知らないんだ。
俺が、どんな想いだったかなど。

『愛してる』

その言葉は、本気の恋には使えない。

『好きだよ』

そんな簡単にいえるようなものじゃない。

『結婚しよう』

…言えるはずもない。



幸せに、する自身ならあったさ。ただ、俺は彼女の側にいられさえすればよかった。
彼女の気持ちを考えなかった。側にいる事、つまり、彼女は結婚を望んでいたのかもしれない。
別れ、全てを失った後に気付く真実。だけどもう、全ては遅い。

「…オスカー様、どうかされましたか?」
「ん?…ああ、いや、失敬」

見合い相手の場所への案内人。何時の間にか、思い出を追いかけるあまりぼうっとしていたらしい。
軽く頭を振って意識を現実へと引き戻す。そして曲がり角へ差し掛かった時―――。

「いって!」
「うわっ」

目の前が一瞬暗くなり、おすかーはよろめいた。
どうやら、人とぶつかったらしい。慌てて手を引いて相手を起こそうとするが…。

「悪い、よそ見してて………あんたは…」

赤い髪に青緑の瞳の少年…青年は、オスカーを見るなり眉間に皺を寄せた。
自力で立ち上がると、オスカーとそう背も変わらない。ただ、幼い印象を受ける。

「俺、あんたに負けないからな」

それだけ言うと、少年はつんと顔をそむけて、その場を後にした。
訳が分からず、首を傾げるオスカーに、案内人は苦笑していた。
歳は、まだ若そうだった。けど、何かがひっかかる。考えるオスカーに声をかけ、案内人は
「こちらです」
と、部屋の扉を押し開いた。




続く
[ 12/17 ]
[*←] []
[bkm]
[#novel●_menu#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -