小説 | ナノ

少女、図太く生きる [ 3/41 ]


 一条大通りの外れに佇む元貴族屋敷にちゃっかり住み着いた藍です。
 芸は身を助けると云うが、身を持って体験するなんて誰が思うだろうか。
 食べ物を求めて町に出ただけなのに、途中で通った川で子供を助けてからは、町を歩けば、神子様と崇められる始末。
 死者蘇生が出来ると信じて貰っても困る。医療行為だと言っても全然聞きやしない。
 そもそも、その神子ってのは一体何処から来たんですかね。疑問をぶつけたいのは山々なのだが、チキンハートな私は何もいう事が出来なかった。
「それで、今日はどうなさったのですか?」
 申し訳程度に誂えた部屋に人生相談をしにきた爺さんに尋ねると、仕事の愚痴を聞かされた。
「最近、胃が締め付けられるように痛むのだ。ワシは、何か悪い物の怪に取り憑かれておるんじゃなかろうか」
 単なるストレス性胃炎だろうが、と内心毒吐きながら少し考える振りをして切り出す。
「胃が痛むのは、誰かに会ったり話したりする時ではありませんか? 嗚呼、夢にも魘されているようですね」
 目袋が腫れぼったくなっているのを指摘すると、涙交じりにそうなんですと食いついてきた。
「そうなんです! 私の上司なんですが、これがまた嫌みったらしくて!! 文句の一つも言いたいのですが、言ったが最後一家離散になってしまいます。神子様、どうしたら良いでしょう」
 そんな仕事止めちまえ。などと腹の中では言いつつも、顔に仮面をつけながら正反対のことをツラツラと喋る。
「そうですね。良い上司に育て上げるのも部下の役目ですわ。貴方様には、人を育てる才がおありのようです。胃痛と不眠は、心に巣食う病から来るもの。妖が取り憑いているわけではありませんのでご安心を。朝晩、牛の乳をお飲みなさい。症状が和らぐでしょう」
「神子様……ありがとう御座います! これは、ほんのお礼で御座います」
 差し出されたのは、米俵と反物が数本。結構良い柄をしている。私、これだけで飯食えるんじゃね?なんて思っていなくもない。
「ありがとう御座います。また何かありましたらお越し下さい」
 顔が引きつるんじゃないかと思ったくらい作り笑いを浮かべ爺さんを追い返した私は、ゴロンと床に寝そべり力を抜いた。
 こんな姿を他人に見られたら、それこそ神子様像がガラガラと音を立てて崩れていくだろう。
「藍、お疲れー」
「あー……本当にね。疲れたわ」
 グッと腕を伸ばし身体を起こす。チョコチョコと柱から降りてきた雑鬼をガシッと鷲掴み胸に抱える。
「癒されるぅぅう」
 今日の犠牲者は、丸いピンクの球体をした一つ鬼である。腕の中でジタバタ暴れているのはこの際気にしない。
「そういや、晴明の孫が藍のこと探してたぞ」
「晴明の孫?」
 クワッと大きな欠伸を一つ噛み殺し、後ろ足で首をガリガリ掻きながら不穏なことを喋る狐に私は首を傾げた。
「安部晴明の後継だ。お前、何かしたのか?」
「何もしてないし。京に来てから人とまともに喋る前に、あんたらと出遭ったのが先よ」
 まあ、その前にウサギみたいな生き物を連れた男の子と遭遇しているが、会話らしい会話をした覚えはない。
「じゃあ、人違いって奴か」
 フンフンと一人勝手に納得している狐に、私は嫌な予感がし聞き返した。
「まさか、この場所を教えたなんてことはないよね?」
「教えたぞ」
「余計なことをするな馬鹿ーっ!!」
 ブンッと腕に抱えていた一つ鬼を狐目掛けてぶん投げる。ベシャッと良い音がした。
 逃亡も一瞬考えたが、今の生活を捨てればまた一から生活基盤を作り直さなくてはならない。
「クッ……腹を括るしかないのね」
 私は、そうと決まればと自室へ直行したのだった。

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