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21.百聞一見にしかず [ 22/72 ]


 頭の痛い現状にシンクは、ヴァンの計画から心底下りたいと思った。
 キムラスカで引き起こした彼の妹の罪は、ヴァンやティアを処刑しただけで収まりきらないくらいに重い。
 あれは、明らかに確実にダアトを巻き込むことを想定して犯行に及んだに違いない。
「髭の妹が、あれほど優秀なら早々に捕まえて仕事を押付ければ良かった!! トップがここぞとばかりに出歩くせいで、書類がこっちの回ってきて寝る間もないってのに」
 仕事を放り出してバチカルへ足しげく通うヴァンの書類を押し付ければ良かったと怨念が篭ってそうな恨み言を吐いていると、シャワーから戻ってきたルークが気の毒そうな顔でシンクを見ていた。
「あー……ごめんな。師匠にも仕事あるだろうから、無理に来なくて良いって言ったんだけどさ。何か伝わってないんだよなぁ」
「ルーク様、あれに遠まわしで言っても無駄です。直球で言っても理解しない謂わば宇宙人と同種です。それにあの男は、ルーク様に似た少年をどこからか連れてきて自分好みに育てていると専ら噂ですし。私の師とも愛人関係にあり、泥沼三角関係をダアトで展開してます。しかも、ファブレ家のガイという使用人といかがわしい関係を持っていたことです! まさか愚兄が男色に走り年下の童顔男に手を出し、更にルーク様にまで毒牙にかけようとしていたとは許せません」
 眉間に深い皺を刻みながら思い出すのも忌々しいと言わんばかりのティアの態度に、ルークは顔面蒼白になっている。どうやら思い当たることがあったらしい。
「じゃ、じゃあ……いつもガイと師匠が一緒にいて何かこそこそしているのは、そういう関係だからなのか?」
「世間一般で、しかも兄は地位のある主席総長。特殊な性趣を持っていると周囲にバレれば社会的に抹殺されます。ルーク様、悪いことは言いません。ヴァンに心を許さない方が良いと進言致します」
「う、うん」
 着々とルークを洗脳しているティアは、もしかしたらヴァンよりも厄介な相手かもしれない。
「ろくでもない噂ばかりしか聞かなかったのに、本当騙されたっ」
 キッとティアを睨みつけると、彼女はフッと鼻で哂った。それはもう、盛大に嘲笑ってくれた。
「私は、本名を捨てた時から愚兄をこの手で始末すると誓ったんです。使える者は、権力・肩書き・愚兄の七光り何だって使います。お陰で色々と面白いネタが出てきて楽しかったわ。でも、腐っても主席総長の肩書きは伊達じゃなくて困りました。一兵卒の訴えなんて握りつぶされてTHE ENDってやつですね」
「ティア、すげーっ!」
 ティアの演説にパチパチと拍手しているルークに、シンクは切れた。只でさえ沸点が低いのに、突っ込みどころの多い彼女の言動に堪忍袋の緒はこより並に脆かった。
「凄くない! 全然っ、凄くないからっ!!」
「シンク、ストレス溜めると禿げますよ。鮮血のアッシュみたく」
「禿げないよっ!!」
 禿予備軍と称したここには居ない同僚を引き合いに出され、怒鳴り返すも彼女は堪えた様子もなく平然としている。
「ティア、シンク苛めちゃダメ」
 不細工な人形をギュッと抱きしめながら、不名誉極まりないアリエッタのフォローに彼女は肩を竦めて至極真面目な顔をして言った。
「からかいが過ぎて胃痛持ちになって寝込まれるとダアトが立ち行かなくなっちゃうのも困りものですね。2歳児なお子様に仕事を押付ける教団もぶっちゃけ終わってる気がしなくもないですけど、私には関係ないことですし良いんじゃないですか?」
 満面の笑みを浮かべて非道なことを宣うティアに、ルークはそれもそうかと納得している辺り彼女の洗脳が進んでいる証拠である。
「物凄く聞き捨てならないことを聞いた気がしたんだけど」
「精神年齢2歳児が気に食わなかったですか? でも真実だと思いますけど」
 一体どこまで掴んでいるのだろう、この女は。薄く笑みを浮かべる姿は、得体の知れないものに見えて怖ろしかった。
「情報部を甘く見ないことです。邪魔するなら排除します」
 この言葉は、シンクだけに聞こえるように呟かれたものだった。何事もなかったかのようにルークと談笑しているティアに、シンクは恐れ戦いた。

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