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6.出奔導師と駄軍人 [ 7/72 ]


 折角なのでエンゲーブを見て回ろうかと云うことになった。別に私は見て回らなくても良かったのだが、ルークは気になる事があったらしく町をうろつくことにした。
「……のどかな町よね」
「そんなこと全然思ってねぇだろう」
 田舎町独特ののどかな光景はいたるところに見えるのだが、そこに住む住人が皆ピリピリしている。
「じゃあ、廃れた町ね」
「ハッキリ物言いすぎだろう!」
 言い直せば突っ込まれた。ゲームとは異なり目の前のルークは、どうも突っ込み気質でいけない。
「そう言うと思ったからオブラートに包んで言ったのに」
「態度が、全然包んでねぇよ」
「はいはい、それより何でこんなにピリピリしているのかしら?」
 辺りを見渡すと人だかりができている。ルークは、徐にその人だかりへと向かっている。おいおい、そっちに行くと泥棒扱いされかねないぞ。
 慌ててルークの腕を取り引き寄せると、彼はキョトンとした顔をした。
「何だよ?」
「貴方、厄介事に突っ込もうとしてない?」
「気になるだろう」
 好奇心旺盛なのは良いことですと言いたい所だが、敵国で面倒事を起こされてはこっちが困る。
「私は気にならない。面倒なことに巻き込まれたら後々困ることになるのよ」
「大丈夫、俺強ぇから」
 いや、そういう事じゃないから。どこかズレているルークに脱力した。
「おっさん、何かあったのか?」
「ルーク!?」
 私の制止も聞いちゃいないのか、さっさと人だかりの中へと紛れ込んでいった。貴族らしからぬルークは、あっさりと周囲に溶け込んでいる。
「食料泥棒が現れたんだ! 今週に入り、これで二回目だ」
「何を盗られたんだ?」
「今日は、林檎さ」
 エンゲーブの刻印さ押された林檎が、地面にコロコロと転がっている。木箱の端が一部齧った痕が見える。
「動物の仕業かしら?」
「いや、人に決まってる! 動物が、これだけ沢山の作物を盗むわけがない。ん? お前ら見かけない顔だな」
 訝しむ視線が、ルークと私に集中する。なかなかに不味い状況になってきた。
「さっきこの村に着いたからな」
 ルークがそう返すと、
「何の用でここに来たんだ?」
と逆に問い返された。明らかに疑われている。失礼にもほどがある。
「私達がどういう経緯でこの地を訪れたかなんて貴方に関係ないと思うのだけど」
「怪しいな。お前らが、林檎を盗んだんじゃないのか」
「はぁ? 何でそうなるんだよっ!」
 ルークのキレのある突込みが炸裂した。でも、耳元で怒鳴らないで欲しい。難聴になったらどうしてくれるのだ。
「こんな辺境地に来る人間は知れている。犯人は、現場に戻るって言うしな」
「俗説ね。大体、犯人が現場に戻ってくるのは火事場が相場よ。大体、暴論も良いところだわ」
「泥棒の癖に屁理屈を言うな」
 男の『泥棒』発言に、私達は村人に取り囲まれる。物的証拠も動機もないのに、冤罪を仕立て上げようとする村人には恐れ入る。
 身動きが取れないように身体を押さえつけられてしまった。
「村長のところへ突き出してやれ」
 誰が言ったのか知らないが、私とルークはズリズリと村長の家へと連衡されたのだった。


「ローズさん! 聞いてくれよ」
 村人Aが、アポもなくずかずかと村長宅に押し入り私とルークを突き飛ばした。床に身体がぶつかり地味に痛い。
「ちょっと、急になんだい。今は、軍のお偉いさんが来てるんだ。静かにおしよ」
 恰幅の良い女性が、声を荒げて村人を怒鳴りつけた。しかし、それに怯むような繊細な神経を持ち合わせているわけもなく、村人の勘違いは続行している。
「それどころじゃないんだよ!! 食料泥棒を捕まえたんだ。こいつら、漆黒の翼かもしれねぇ。このところ頻繁に続いている食料泥棒もこいつらのせいだ」
「俺は盗んでぬぇぇって何度言えば分かるんだ! 食いもんに困る生活なんざぁしたことねーからな」
 若干切れ気味のルークが文句を零すと、ローズが双方を宥めるように言葉を掛けた。
「威勢のいい坊やだ。みんな落ち着きな、話がさっぱり見えないよ」
「そうですよ、皆さん」
 口調は柔らかいが、視線がどうも値踏みしているように見えるのは何故だろう。
「なんだよ、あんた」
「私は、マルクト帝国第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。貴方がたは?」
「……ルークだ」
 ジェイド相手にファーストネームを名乗らなかったのは賢明と言えるだろう。非常識を地でいく駄軍人に、ルークの名前が利用されかねない。
「ティアです。首都へ行く道すがら近くを通ったので世界の食料庫と謂われるエンゲーブの農業技術を一目見ようと思って立ち寄ったのですが、まさか証拠もなしに余所者ってだけで泥棒扱いされるとは思ってもみませんでした」
「貴方も漆黒の翼と間違われている彼の仲間でしたか」
「私達は漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、貴方が乗り回していたタルタロスでローテルロー橋の向こうへ追い詰めていたじゃありませんか。結局、大事な橋を落とされ逃亡されてしまったようですが」
 ジェイドに対し、ニッコリと笑みを浮かべて宣うと彼はカチャリと眼鏡を上げ押し黙った。
「どういう事ですか、大佐」
「いえ、彼女が仰った通り漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ方面へ逃走しました。彼らは、漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」
「そうですか。ローテルロー橋が落ちたというのも本当なんですか?」
「ええ、まあ」
 漆黒の翼よりも橋が落ちたことが気になるのか、ローズは縋るような目でジェイドを見ている。ジェイドはというと、歯切れ悪い返答を返しながらずり落ちてもいないのにお得意の眼鏡を押し上げるポーズをしていた。
「ただの食料泥棒でもなさそうですね」
 突如入口に現れた緑髪の美少女……ではなく美少年が、ニコリと笑みを浮かべて中に入ってきた。
「イオン様」
「少し気になったので食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」
 彼の手のひらに乗っていたのは、明らかに動物の毛だった。イオンは、ローズに手渡すとそれが何なのか分かったように声を上げた。
「こいつは、聖獣チーグルの抜け毛だね」
 聖獣ではなく、害獣の間違いだろう。導師自ら事件を調査しているのか不思議だ。いくら教団が指定している聖獣とはいえ、マルクト領で起こった事件を勝手に調べていいわけがない。明らかな越権行為だという事にジェイドは気付いているのだろうか。
「ええ、恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」
 イオンの言葉に、ルークが忌々しげに村人を見て吐き捨てた。
「ほら見ろ。だから泥棒じゃねーっつてんだよ」
「物的証拠も動機もない私達を泥棒扱いしたんだから、言うことがあるんじゃないの?」
 ぐるりと周囲を見渡して言うと、項垂れた村人たちから謝罪の言葉を貰った。
「……すまない。ここ最近、盗難騒ぎが続いていて皆気が立っていたんだ」
「疑って悪かった」
「騒ぎを大きくして悪かったな」
「坊や達もそれで許してくれるかい?」
 ローズの言葉にカチンときた私は、ちらりと男達を見て言った。
「彼らの謝罪は勿論お受けしますが、何より貴女も謝罪するべきではありませんか?」
「は?」
「貴女は、この村を取仕切る言わば一番偉い方なのでしょう? 村民の不始末に対し、村長である貴女が責を負い謝罪の言葉を述べるのが筋ではないかと申し上げているのです」
 私の言い分にぽかんとしたローズに、実に分かりやすく説明してやるも周りは理解すら出来なかったようだ。
「貴女がたを泥棒扱いしたのは、彼らであってローズさんではありませんよ」
 イオンが、困ったような表情でローズを庇おうとする。何だこの不愉快な生き物は。ゲームしていた時にも感じたが、私はずれた正義感を滾らせるイオンが生理的に受付けないみたいだ。
「それが通用するのは、エンゲーブだけ……いえエンゲーブとダアトくらいでしょうね。キムラスカやケセドニアでは通用しませんよ。訴えたら100%勝ちます。歴代の皇帝だって部下が取返しの付かない失態をしたら自分の首を差し出すくらいのことはしてきたのに、一市民は出来ないなんておかしな話ですよね」
「話が大きすぎやしませんか?」
「皇帝をローズさん、部下を彼らに置き換えて考えれば自ずと分かると思いませんか?」
 うふふふと笑みを浮かべていると、ルークの顔色がなにやら悪い。人の顔を見て怯えるのは止めてくれ。私が、虐めているように見えるではないか。
「! 村人たちが、失礼な真似をした。本当にすまないねぇ」
 ローズは分かったのか、深々と頭を下げたことに溜飲を下した私はよしと一つ頷いた。
「まあ、良いでしょう。ルークもいいわよね?」
「あ、嗚呼……」
「ありがたい。この話はこれで終りだね。これから、大佐と大事な話があるんだ。チーグルのことは何らかの防衛手段を講じるよ。今日のところは皆帰っとくれ」
 ローズの一言で私達は、その場を追い出された。家を出る際に、イオンが眉間に皺を寄せ私を睨んでいたのは気のせいだと思いたい。

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